第21話 絶好の機会 ~魔女視点~
「なるほどねぇ?」
結界に関する二人のやり取りを、盗み聞きしている存在がいた。
水鏡を覗き込みながら、悪い顔で笑うのは。不可侵の森に棲む魔女、ソーシエだ。
ワインレッドの瞳は、変わらず二人に向けられているというのに。真っ赤な唇の端は、不気味なほどに吊り上がっていた。
「そうか、そうか。なるほど、そういうことだったのね」
これまで各国には強力な結界が張られていて、いくら魔女といえど、たった一人ではなかなか突破できず、侵入することは困難だったのだが。どうやらそれにも、ちゃんと弱点があったようだ。
こんなにも分かりやすい絶好の機会を、逃がすわけにはいかない。
「どうせなら、日程も教えてくれてよかったのよ?」
水鏡の中に映っている聖女に向かって、馬鹿にするような視線を向けながら。そんなことに口にするソーシエだったが。
「とはいえ、入ったところで出られなくなるのは困るのよねぇ。出てきた人間に病の
そう、あの原因不明の病は、結界を色々と探っている時に。たまたまエテルネル王国から出てきた人物を見つけて、ソーシエが仕掛けたものだったのだ。
そういう意味では、デューキの予想は当たっていたとも言える。
ただし念入りに用意していたわけではなく、単なる思いつきによる行動だったという部分は、さすがに予想できなかったようだが。
「んもぉ~。さすが、アタシのお気に入り。よく分かってるわ~」
ソーシエにとって、それは喜ぶべきことだ。たったそれだけのことで、自分と結びつけてくれたのだから。思い出すきっかけになってくれたと、好意的に捉えている。
そもそもあの病の種だって、一時的にでもデューキから聖女を引き離せるのではないかと
ただあれだけでは、やはり一時的なものにすぎないし。なにより偶然に頼りすぎていて、何度も使える手でもない。
「けど、聖女と
真っ赤な爪先で、水面を軽く
ソーシエにはそれが、不安定な二人の関係を表しているように見えて。少しの刺激で不鮮明になってしまう様子が、とてつもなくお似合いのような気がした。
「そもそも、どさくさに紛れて手を握るような? そーんな軽い女を信用するなんて。アタシからすればナシよ、ナシ」
聖女のあの行動は、優しさからでもなければ、思わずやってしまったというものでもないと。ソーシエは誰よりも理解していた。
それは、女の勘というものなのか。はたまた完全なる第三者として、
少なくとも。
「あの女は、全部計算してる。間違いない」
デューキに触れるタイミングも、声をかけるタイミングも。目線の向け方さえ、全てが計算され尽くされている。
同じ女として、それが分かるからこそ。なおさら、あざとく感じるのだ。
「あぁっ……! アタシのデューキが、
正確には、デューキは誰のものでもないのだが。ソーシエの中では所有の印をつけた時点で、自分のものだという認識になっていた。
ここに関しては、人との接触があまりにも少ないから、などという理由ではなく。単純に、彼女の性格と考え方の問題だろう。
そもそもにして、ソーシエは魔女なのだ。普通の人物であれば魔女になろうとも、なりたいとも思わないはずなのだが。実際には自他ともに認める魔女となっているのだから、普通であるはずがない。
「アタシが守ってあげないと!」
そして、その大いにねじ曲がった考え方のまま、自分に都合よく解釈するものだから。出てきた答えも、斜め上どころではない内容になる。
ソーシエの中では、どうにかしてデューキをこの家に連れてくることが、彼にとって一番の幸せだということになっているし。それが真実だと心から思っていて、疑うことすらない。
だからこそ、単純に迷惑なだけなのだが。どうにも魔女という存在は、他人と違う思考をしている人物が多いようで。それゆえに、基本的に魔女には手出しをしないようにという、国家間の暗黙の了解があるくらいなのだ。
ただし、向こうから迷惑を押しつけてくる場合には、致し方ない防衛だったということで、反撃が許可されているのだが。
「そのためにも。まずはどうにかして、結界がなくなる瞬間に潜り込む方法と、入ったあとに出てくる方法を考えないと」
強い力も、大多数にとって間違った方向に使われると、悪とされ。逆にためになるような使われ方をすると、善とされる。
その境界は、時に曖昧だったりもするが。少なくともデューキにとっては、ソーシエの行動は全て悪としか思えないだろう。まさか、こんなにも好意的な感情を抱いた上での結果なのだと、彼は露ほども感じていないのだから。
ここに関しては、デューキを責めることはできない。彼が鈍いだとか、そういうことではなく。単純に、ソーシエの言動が悪いとしかいいようがないのだから。
「待っててね。」
もし、デューキがソーシエの意図を、理解していたら。あるいは別の結末も、あったのかもしれない。その想いに答えるかどうかというよりは、様々な問題は起きずに済んだかもしれないという意味で。
だが、現実はそうではなかった。そして、すでに
ここからどんな結末を迎えるのかは、地上に生きている者たちには知ることができない。それはきっと、創造神のみに許された領域なのだろうから。
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