第20話 聖女の忠告
「それから、公爵様にもう一つ。とても大切なことを、お話ししておかなければならないのです」
そうして、そのまま続けられる会話は。これまた、重要な内容だった。
「巡礼の日程の詳細をお伝えすることはできないのですが、その期間中に一度だけ、結界の張り直しを予定しているのです」
「結界を、ですか?」
「はい」
基本的に、各国にいる教会の人間たちが協力し合って、国中を覆えるような結界を展開している。そうしなければ、それこそ魔女のような存在に国を荒らされる可能性があるからだ。
だが、聖女がいる国だけは、話が変わってくる。
聖女というのは、神に選ばれし奇跡の存在だ。彼女たちは、たった一人で結界を維持できるほどの力を有している。となると、教会側もその国に、必要以上の人員を割く必要がなくなるのだ。
それは逆に言えば、聖女が張り直さない限り、結界は強化も修復もされないということ。
「ですが結界を張り直す際、ほんの短時間とはいえ、どうしても結界そのものが消えてしまうことになるのです」
「ということは、つまり」
「その間に、魔女が入り込んでくる可能性も否定できません」
魔女のことが頭をよぎったデューキの考えは、どうやら間違っていなかったらしい。
真剣な表情のまま、聖女はこちらの手を包み込んだままの両手に、少しだけ力を込めて。
「ですからどうか、わたくしが巡礼に出ている間は、普段以上に警戒をしていただきたいのです」
そう、告げてきたのだ。
確かに、魔女が国内に侵入してきた場合、なにをされるか分かったものではない。
きっと本来であれば、そういった弱点になるようなことは、あまり知られてはいけないはず。事実、デューキも今まで一度も、そんなことは耳にしたことがなかったのだから。
つまり、それだけしっかりと警戒するべきだという、聖女からの忠告であるのと同時に。デューキの身を、それだけ本気で心配しているということなのだろう。
「分かりました。その期間は、特に護衛の数を増やすなどして、しっかりと対策したいと思います」
「ぜひ、よろしくお願いいたします」
これはあとで、サヴィターとしっかり打ち合わせをしておくべきことだなと、ちょうどこの場にいる彼と目を合わせて、二人同時に頷く。どうやら向こうも、その必要性を感じていたらしい。
こんな話を聞いてしまったら、危機感を覚えるなというほうが無理な話だろう。ある意味、当然の結果だった。
「ちなみに、その事実を知っているのは、どなたまでになるのでしょうか?」
「陛下には、事前にお伝えしてあります。ですが他の方々には、基本的にお伝えしないことになっているのです」
「それは……私は知ってしまって、よろしかったのですか?」
「今回に限っては、公爵様が最も危険と判断いたしました。これはわたくしだけでなく、教会の内部でも同じ意見ですので、ご安心ください」
それははたして、本当に安心していいのだろうか?
疑問が口をついて出そうになるが、言葉にする前にそれを飲み込んで。危機の可能性を知らせてくれたことを、素直に感謝しておくことにする。
そもそも魔女に呪われている時点で、安全とはほど遠い位置にいるようなものなのだから。それは今さらだろうと、思い直したのだ。
「ありがとうございます。では念のため陛下とも、その期間中についてのすり合わせをさせていただきますね」
「はい。そうしていただけると、わたくしとしても安心です」
ホッとしたような聖女の表情に、本当に彼女は中身も聖人なのだと感心する。他人をここまで本気で心配するなど、なかなかできることではない。
と、ここで。聖女に確認しておくべき事柄があったのだと、デューキはふと思い出した。
「陛下といえば、先日の報告の際に、疑問に思ったことがあったのですが」
「はい、なんでしょうか?」
ここでようやく、まだ手を握られたままなことを、一瞬不思議に思ったのだが。こちらから質問している手前、それを指摘するわけにもいかず。
もしかしたら、こちらが続けて質問してしまったせいで、タイミングを失ってしまったのかもしれない可能性も考え。とりあえず、疑問を先に解消してしまうことにした。
「聖なる力で抑えていただいている、呪いですが。現状で私は、どこまでならば女性と接触しても問題ないのでしょうか?」
「どこまで、とは?」
不思議そうに首をかしげる姿に、聖女は夜会に参加したことなどなかったのだと、今さらながらに思い出す。
具体例を出さずに、いきなりどこまでならば大丈夫なのかと聞かれても、確かにそれは困ってしまうだろう。これは、こちらの聞き方が悪かった。
すぐにそう反省したデューキは、改めて詳細を付け加えて質問する。
「偶然ぶつかってしまった程度であれば、問題ないと考えているのですが。そういった場面で、たとえば相手の女性を
これは、正直一番ありそうな状況だった。特に
だが。
「それは……まだ少し、難しいかもしれません。接触する範囲が広いので、呪いが発動してしまう可能性がないとは言い切れないのです」
「つまり、女性をエスコートするようなことも、まだ避けたほうがいい、と」
「そうですね。そういったことは、完全に解呪が完了してからでないと、呪いが発動しないという保証ができませんので。可能であれば、避けていただきたいところではあります」
やはり、と。そう思うデューキは。これで最悪、兄に強制的に夜会に引っ張り出されても、断る口実ができたと。少しだけ、心が軽くなった。
しかし聖女は逆に、どこか疑うような視線を向けてきて。
「……まさかとは思いますが、公爵様」
「はい、どうされました?」
普段よりも少し険しい声と表情で、こう問いかけてきたのだ。
「どなたかとご婚約されるおつもりで、密かに会われているお相手がいらっしゃるのですか?」
それは、あまりにも
人間、想像すらしていなかった言葉を聞かされると、咄嗟には言葉が出てこなくて焦るものだと。この時デューキは、初めて知ったのだが。
「まさか! たとえそんな方がいたとしても、いつ婚約できるかも分からない男を待たせるなど、女性に失礼ですから! お声がけいただいたとしても、私のほうからお断りしています!」
同時に、思わず本音を口にしてしまうのだということも、初めて知った。
場所が自分の屋敷だったことも、災いしたのかもしれない。気が抜けていたともいう。
「……なるほど。ひとまずは、公爵様のお言葉を信じましょう」
「はい、そうしてください」
この時、これまでにもそういった声かけがあったのだということが、聖女に知られてしまっていたのだが。それに関してはあまり問題がないだろうと、深く考えることはなかった。
ただ、それよりも前の、聖女の忠告は。しっかりと頭に叩き込んだ上で、兄やサヴィターとも綿密に話し合ったのだが。
この時はまだ、夜会に出るつもりなどさらさらなかったデューキは。その出席の有無を、聖女に確認することはなかった。
それが
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