第19話 聖女の巡礼

 そうしてようやく訪れた、次の機会に。


巡礼じゅんれい、ですか?」

「はい。急遽、予定を変更することになりまして」


 本来ならば、この次の治療予定になっていた日を含め、大幅に日程の変更が必要になったことを。本日の治療開始前に、聖女から聞かされたのだ。

 どうやら忘れないように、先に伝えておきたかったらしい。


「日程の変更については、また後日すり合わせが可能なので、こちらとしては問題ないですよ」

「ありがとうございます。先に決まっていたにもかかわらず、ご迷惑をおかけする形になってしまい、申し訳ありません」

「いいえ、お気になさらず。それよりも、急な変更でお忙しいのではありませんか?」

「実は、忙しいのは教会内部だけの話で、わたくしにはあまり影響がないのです」


 日程変更の関係で忙しそうならば、今日の予定も先送りしてもいいと考えたデューキだったのだが。どうやら聖女自身は、そこまで忙しいわけではないようだ。

 とはいえ、今後の予定が大幅変更になったことに変わりはないのだろうし。それに伴って、方々ほうぼうに連絡を入れなければならなくなったのは、事実だろう。


(あぁ、だからか)


 教会内部が忙しいというのは、そういった連絡をしなければならないという、事務的な要因も含めてのことなのだと。ようやく合点がいった。

 となれば、確かにそういった業務は聖女本人が行うわけではないので、影響がないというのも頷ける。


「あまりお忙しいようであれば、本日分の治療も後回しにと考えたのですが」

「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが今のところ、わたくし自身は通常通りの日々を送っておりますし。なにより公爵様の治療については、比較的優先順位が高い事柄だと、教会内でも認識しておりますから」

「そう、なのですか?」

「はい」


 笑顔で言いきられてしまえば、それ以上はなにも言えなくなってしまう。

 そもそも、国王が特に気にしている関係上。下手につつけば、知りたくない情報まで出てきてしまうような気がして、聞くに聞けないところもあったりするのだ。

 というわけで、この話題からは早々に離れることにして。唐突にならない程度に、話題の転換を図っておくことにする。


「それにしても、本当に急な変更ですが。なにか、問題があったのでしょうか?」


 実際、そちらも気になるというのが本音だ。

 そもそもにして、聖女の予定というのは本来、かなり先まで決まっているはずだ。特に今年は、正式に聖女として発表され任命された年。忙しくないはずがないのだが。

 それがどうして、こんなにも急に予定が変わることになってしまったのか。聖女の巡礼が必要なほどの、重大ななにかが起こっていると考えるのは、自然な流れだろう。

 そして実際。


「実は先日、専門家でも原因が特定できないような病が、狭い範囲で一斉に確認されるという事例があったのです」

「な……!?」


 その内容はまさに、ちょうど前回の報告の際に兄から聞いた話と、完全に一致していた。

 よくよく聞いてみれば、どうやら病原体びょうげんたいうんぬんというよりは、呪術に近いものだったということが判明して。そのため急遽、聖女が現場へと急行した、ということらしい。

 タチが悪いことに、まるで病のように見せかけていたそれは、あまりにも早く体をむしばんでいく性質を持っていたらしく。判断が遅れていたら、大勢が犠牲になっていた可能性も大いにあり得たのだそうだ。


「そういった事情もありまして、本来もう少しあとに予定していた結界の強化のための巡礼を、でき得る限り早く行うという決断が、教会と国の総意で下されました」

「なるほど……そういった理由だったのですね」


 それは確かに、急を要する事態ではある。

 だが聖女の巡礼ともなると、用意するべき人も物も多い。だからこその、日程調整なのだろう。

 いったい誰が、どういった理由で、呪術などという物騒な方法を取ったのかは。はたして聞いてもいいのかどうか、迷うところではあるが。

 ただデューキには、ひとつだけ思い当たる節があるのだ。

 そう。呪いに関連する人物といえば、自らの胸に『黒薔薇の呪い』を残していった、あの魔女。


「ちなみに、まさかとは思うのですが……」


 もし今回の病が、自分が行っている治療に対する、なんらかの抗議であったとするならば。関係のない人々を、個人的な理由で巻き込んでしまっていることになる。

 それならばいっそ、治療そのものをやめてしまってもいいとすら、考えてしまうくらいには。自分のためだけに誰かを犠牲にすることは、本意ではなかった。

 だが。


「詳細に関しては、現在調査中ですので。どこの誰による蛮行ばんこうなのかは、まだ確定できる状態ではないのです」

「そう、でしたか」


 申し訳なさそうに聖女にそう言われてしまえば、素直に引き下がるしかない。

 だが、可能性が消えたわけではない。むしろここから、魔女の仕業だったと明らかになるかもしれないのだから。

 そう思うと、このまま治療を続けるのは、どうしても抵抗がある。


「公爵様」


 そんな風に考えていたことを、聖女には見透かされてしまったのだろう。淡いアメシスト色の瞳が、真っ直ぐこちらを見上げてきて。


「たとえ今回のことが魔女の仕業だったとしても、公爵様に非はありません。公爵様は、あくまで被害者なのです。呪いを解こうとする行為は、決して悪いことではないはずです」


 そうしてそっと、両手ですくい上げるように。いつの間にか、強く握り込んでいたことにすら気づいていなかったデューキの手を包んで、持ち上げる。

 その視線は、ただひたすらに慈愛に満ちていて。


「仮に、本当に魔女の計画であったとすれば。その全てを阻止することが、最大にして強力な意趣いしゅ返しになるとは思いませんか?」


 それなのに、その言葉はどこか挑戦的な。ともすれば、聖女らしくないとすら思えてしまうような、単語の選び方をしていた。

 彼女が聖女という存在である以上、特別な力を持つ者が他者を苦しめたり傷つけたりすることを、許容きょようできなかったのかもしれない。

 それにきっと、その真意は。


(私に、立ち止まるなと。魔女の思い通りになどなるなと、そういうことなのだろう)


 であれば、答えはひとつ。


「えぇ、そうですね。そもそもにして呪いなど、受けていること自体が普通ではありませんでした」

「そうなのです。ですから、もう少し一緒に頑張りましょう」

「はい」


 笑い合う二人の姿に、ブッセアー公爵家に仕える面々も、ホッと胸をなでおろす。

 だからこそ、だろう。誰もが安心しきってしまっていたからこそ、聖女がいまだにデューキの手を掴んでいることに、気づく者はいないまま。誰一人、それを指摘することもなかった。





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