第22話 二度あることは

 煌びやかなダンスホール。優雅な音楽。

 本心を隠しつつも、人々が笑顔で腹の内を探り合う、そんな場所に。なぜか今日、デューキは再び立つことになってしまった。


(なぜだ……)


 本来であれば聖女からの忠告もあったので、屋敷から出るような予定をしばらく入れないことにしようと思っていた、はずなのに。

 結界の件について報告と相談をするのと同時に、まだ女性をエスコートすることすら不可能な状態なので、夜会には当分不参加でと伝えに行くつもりが。


「エスコートもダンスも必要ない。お前の場合は、まず言葉を交わして、気の合いそうな娘を探すのが目的なのだからな」


 などと言い含められた上に、もう予定は組んでいると告げられてしまって。なにがあっても女性には触れないことを条件に、参加を承諾しょうだくするしかなかったのだ。

 兄であると同時に、この国の王なのだ。国王が予定を組んでいると口にした以上、それは公務として扱われる。そして安易に変更することは、できない。


(何事もなければいいが)


 前回倒れたのも、夜会だった。なんなら実は、その前も夜会だったのだ。そう思うと中心部よりも、自然と壁に近い場所に落ち着いてしまう。

 すでに二度、夜会に参加したことで呪いが発動している以上、必要以上に警戒したくなってしまうのは当然だろう。

 しかも今回は結果的に、聖女が巡礼に出ている期間と被ってしまった。

 予定では、今日には戻ってきているはずだったのだが。途中悪天候が続いたせいで、戻りが数日分遅くなってしまっているのだ。


(今倒れたら、今度こそ確実に寝込むことになるな)


 嫌な予想に、デューキは手に持っていた軽めの酒を、ほんのわずかに口に含む。

 緊張から、喉が渇きやすくなっているのだろう。そのため飲み物もしっかりと選ばなければ、違う意味で倒れてしまう危険性もあった。

 色々と制約が多いことを考えると、やはり参加すべきではなかったなと思うのだが。玉座に座る兄兼国王陛下が、時折こちらを確認している様子を見てしまうと、帰るに帰れず。

 結果、男なのに壁の花と化しているのだから、どうしようもない。


「公爵閣下」


 そして女性を警戒していることに気づいているのか、周りもあまり積極的に近づいてこようとはしないので、なおさら参加している意味が見いだせないのだが。

 そんな中。時折こうして、男性陣が気を遣って話しかけてきてくれる。


「実は、以前の大会を一緒に観戦していた息子が、閣下に大変憧れておりまして」

「それは、ありがたいお話ですね」

「まだ成人前なので、こういった場には連れ出せないのですが……。いずれ成人したあかつきには、一度ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです! ご子息に、お会いできる日を楽しみにしていますとお伝えください」


 しかもなぜか、こんな風にほっこりするような話が多いのは。彼らの中でなにか取り決めがあったのか、それとも偶然なのか。


(もしくは、兄上の差し金か?)


 今夜は子供の話ばかりを聞かされていることを考えると、案外それが一番有力かもしれない。

 今日だけで、自分の子供のことを話してくる貴族が、これで三人目なのだ。普段は全く聞かない話題なのに、立て続けにこうだと、さすがに疑いたくもなる。


「ありがとうございます! きっと息子も喜びます!」


 だがどうやら、彼らの話そのものは偽りではないようで。誰もかれもが、楽しそうに幸せそうに、自分の子供のことについて話しては去っていく。


(子を持つ憧れを抱かせようと、そういう魂胆こんたんですね、兄上)


 確かに話を聞いているだけならば、幸せそうだとは思うが。憧れるかどうかと問われると、それはまた別問題だ。

 そもそも子供だけならば、養子を取ることも可能だというのに。


(……まさか、それでもいいとお考えなのか?)


 いや、まさか。さすがに、そんなことはないだろう。

 あくまで、血の繋がった甥や姪が欲しいのであって。色々と、継承権やら相続やらで面倒になりそうな人物を増やしたいとは、微塵みじんも考えていないはずだ。


(となると、やはり早く相手を見つけて子を成せと。そういう無言の催促さいそくなのだろうな)


 などと、ぼんやり考えていたからだろう。先ほどまではしっかりと警戒していたはずなのに、完全にデューキの気が周囲から逸れてしまっていた。

 それを見計らっていたのかどうかは、分からないが。後ろから、そっと近づいてきた存在に。


「公爵、閣下……」


 気がつくのが遅れてしまったのは、事実だった。


「逃げて、くださいっ……」


 か細い声で紡がれる令嬢の声は、どこかつらそうで。それなのに頬は紅潮しており、虚ろな目でこちらを見ているその視線は、まるでうっとりしているようにも感じられる。

 明らかに異常な状態にあることだけは、ひと目見て誰もが見抜けただろう。にもかかわらず、ここまでそれを指摘されることがなかったのは、なぜなのか。

 などと、近づいてきた令嬢を観察してしまっていて、言葉に素直に従わなかった結果。


「なっ……!?」


 本来令嬢が出すはずがない、驚くほどの速度で。彼女はデューキへと詰め寄ると、その体に抱き着いた。

 途端。


「あぁッ……!」


 左胸。心臓の上あたりが、熱を帯びて。なにかが弾け飛ぶような音と同時に、全身に走った感覚は、悪寒おかんにも似ていた。

 そして次の瞬間、左手の指先から左顔面までに感じた、刺すような痛みと熱は。


「ぐッ……!」


 呪いの発動を、意味していた。


「……捕まえた」


 最後にデューキが聞いた声は、直前まで話していた令嬢のものではなく。昔に一度だけ聞いた、あの魔女の声にそっくりなものだった。

 このまま倒れてしまうであろうことを予測したデューキは、夜会で倒れるのがこれで三度目になってしまうということよりも。その声に、恐怖心を抱く。

 魔女の声を聞いたのは、これで二度目だが。夜会で倒れた回数は、それよりも多い。

 つまり、二度あることは三度目がある可能性が高いということを。この時、気がついてしまったのだ。


「閣下!!」


 令嬢と二人、気を失ってその場に倒れ込んでしまったデューキには。すでに自分を呼ぶその声は、一切届いていない。

 会場中の悲鳴と、急いで指示を出す国王の声と、走り寄る人々の足音。一瞬で騒然となった、その場の全てをデューキが知るのは。それから、数日後のことだった。





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