第12話 死守したい

「はぁ~~」


 聖女を見送ったあと、ソファーに腰を下ろして大きなため息を零すのは、屋敷の主であるデューキ。

 結局あのやり取りは一応、どうしても譲らなかったデューキの粘り勝ちとなったのだが。去り際、聖女から「次回こそは、しっかりと治療させてくださいませね」と言われてしまったのだ。

 つまり、ただの一時的な勝利。次回も勝たなければ、今度こそ半裸にさせられてしまう。

 どうやら、まだまだ納得はしてくれていなかったようだと悟って、一瞬で遠い目になってしまったのが、つい先ほどの話。


「お疲れ様でございました」


 そっとテーブルに差し出されたカップを手に取って、喉を潤すために紅茶を口に含む。

 サヴィターの、このさり気ない気遣いが、今は心からありがたい。


「……なぜ、聖女はあそこまで固執するのだろうな」


 直接、呪いに触れることに。

 そもそも今回の治療の内容は、まず最初に出来得る限りの呪いの解読。それによって解呪が可能かどうか、そしてどんな方法でならば解呪できるのかの模索。それが第一目的だ。

 つまりは直接呪いに触れなくても、できることのはずなのだが。


「一刻も早く、デューキ様を魔女の呪いから解き放って差し上げたいのでしょう。そのために、少しでも呪いの力を弱めておきたいのだと、聖女様もおっしゃっていたではありませんか」


 そうなのだ。彼女は、ただ解呪の方法を探すだけではなく。同時に、聖なる力をデューキに定期的に流すことで、魔女の呪いの力そのものを弱めてしまおうと考えているようだった。

 触れても問題がないと分かったので、両手を繋いだ状態で。片方の手からは、聖なる力を流しながら。もう片方の手で、呪いの解読をするという。それはもう、大変器用なことをやってのけてみせて。


「だが、いくら聖女とはいえ未婚の、しかもうら若き乙女に……」


 すごいことだと感心したし、気持ちは大変ありがたいのだが。デューキ本人としては、どうしてもそこは譲れないのだ。


「ブッセアー公爵家に仕える者の中に、それを言いふらすような不届き者は存在していませんよ」

「それでも、だ。他人に知られるかどうかではなく、壮年の男の半裸を見せるという行為そのものが、あまりよろしくないという話だ」


 実際、普通の男女の関係でそんな状況になるなど、あり得ない。あるとすれば、ただれた関係の場合のみだろう。

 いくら今回は治療行為だとはいえ、それでもやはりけられるのであれば、極力避けて通りたいと思うのは致し方のないことだ。少なくともデューキ自身は、そう考えている。


「ですが、聖女様は諦めていらっしゃらないご様子でしたが?」

「そこだ!」


 そう、問題はそこなのだ。

 こちらは、あまりよろしくないからやめようと伝えているのに。なぜか聖女は、半裸になることを勧めてくる。


「確かに、多少効果に差はあるかもしれない。だが、一度で終わらせることができないのであれば、直接でなくともよいだろう」


 効率はいいのだと、聖女は力説していたのだが。それでも、デューキは決して首を縦に振らなかった。

 忙しい彼女に、わざわざ屋敷に足を運んでもらう回数を減らせるのであれば、それもまた手なのかもしれないが。それが断言できない以上、必要だとは思えなかったのだ。


「それにいくら聖女相手とはいえ、呪いを誰かに見せるというのは、どうしても抵抗がある」

「デューキ様……」


 呪いのせいで後ろ指を指されたりだとか、誰かにあからさまに避けられたりだとか、そういったことは一切なかったが。だが同時に、見て気分のいいものでもない。

 魔女の呪いなのだ。『黒薔薇の呪い』などと呼んではいるが、それでも漏れ出る禍々まがまがしさは隠しきれない。


「私自身、見るたびに嫌な気分になる」


 場所が場所だ。特に入浴や着替えの際など、どうしても目に入ってしまう。

 そのため、呪いを他者の目に触れさせないために。そういったこと全てを早いうちに、なるべく一人でできるようにしたという経緯がある。

 けれど、だからこそ。そのたびに、一瞬手が止まってしまうのだ。まるで所有の証のような、その真っ黒な一輪の薔薇に、不快感を覚えて。


「でしたら、いっそ見えないように隠してしまえるのかどうか、一度聖女様にお伺いしてみてはいかがですか?」

「……それこそ、見せる必要があるのではないか?」

「……かも、しれません」


 言われた瞬間は、いい案だと思ったのだが。結局、聖女に半裸状態を見せなければいけないのであれば同じことなのだと、瞬時に気づく。


「却下、だな」


 むしろ聖女の主張を通しやすくするようなことは、残念ながら採用できない。

 そもそも、必要なのは隠すことではなく。呪いそのものを、なかったことにする方法だ。


「今さら結婚願望など、微塵みじんもないが。せめて、兄上に安心していただけるような状態にまで持っていければ、私としては問題はないのだがな」

「陛下はデューキ様が奥方様をお迎えすることを、大変望んでおられると思いますが」

「奇遇だな、私もそう思う」


 分かっているのだ。だからこそ、まずは女性に触れることができるようにならなければ、どうしようもない。

 呪いである以上、それさえどうにかできれば、まだ相手を探す機会はあるはずなのだが。如何いかんせん、それが一番の難題であるわけで。


「……だがまずは、どうやって聖女を納得させるか、だな」

「どうあっても、直接お見せにはならないおつもりなのですね」

「当然だ」


 それだけは、どうあっても死守したい。

 そう思うデューキは、さて次回からどうしたものかと、本気で頭を悩ませるのであった。





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