第11話 公爵と聖女の攻防

 使用人の女性だけが退出したあとは、再びソファーへと座り直す。

 が、今度は先ほどとは違って、デューキと聖女サーンは同じソファーへと腰かけていた。


「やはり女性との接触のみが、呪いの発動条件になっているのですね」

「どちらかが意思を持って触れた場合も、意図せず触れてしまった場合も、区別なくという印象です」


 逆に言えば、どんなに近づいていても、触れてさえいなければ問題がない。今回の検証で、それが立証された。

 今までは下手に倒れてしまっては困るからと、あまりそういったことはできないままだったので。それが分かっただけでも、かなりの収穫ではある。


「他に、なにか呪いに関してお気づきの点などはございますか?」

「そう、ですねぇ……」


 実は、呪いの強さが毎回少しずつ違うのだが。こればっかりは原因が分からないので、説明しづらい。

 だが同時に、気になる点であるのは事実なので。


「不確定要素が多すぎて、あまり詳細にお話しすることはできないのですが……」

「構いませんよ。むしろそういった点こそ、なにかしらの手掛かりになる可能性が高いので」


 慈しむような視線に、自分のほうが年上だというのに安心感を覚えてしまって。さすが聖女だと感心しつつ、デューキは少しずつ、分かっている範囲のことだけでも伝えていくことにした。

 というのも、魔女から受けたこの呪いは毎回、体を這う枝の長さがバラバラなのだ。

 短い時は服の下だけで納まってくれるので、他人の目に触れさせないで済むのだが。長い時は本当に、顔から肩から腕から、なんなら指の先までびっしりと、枝が這っていたこともある。

 だが、共通点だけが分からない。それが自分の体調に左右されていたのか、それとも相手の女性側の問題だったのか。それともその瞬間での、魔女の力の及び具合だったのか。


「そうだったのですね」

「相手の女性の年齢や家柄なども、特に共通しているわけではないようなのです」

「ただ、毎回その影響力に差が出るということだけが、判明している全てなのですよね?」

「そうです」


 デューキの言葉に、聖女は少し考えるようなそぶりを見せる。その様子に、邪魔立てしてはいけないと、そっと口を閉じた。

 もしかしたら、なにか思い当たることがあるのかもしれない。もしくは、その理由を色々と絞り込んでいるのかもしれないのだから。今は、黙っているのが正解だろう。

 だが、やはりそうなると、少々目のやり場に困る。


(そもそもこの格好は、本当に露出が少ないと言っていいのだろうか?)


 これが聖女の正装なのだと言われてしまえば、納得せざるを得ないのだが。

 それでも、うら若き乙女が身に着けるものだというのに、これだけ肌が透けて見えるのはいかがなものなのかと。そう思わずには、いられないのだ。


「公爵様、ひとつ提案があるのですが」

「なんでしょうか?」


 教会に対して、全く別の角度から不信感を抱きそうになっていたところで。顔をあげた聖女から、声がかけられる。

 それに、なんの疑問も抱かずに問いかけた、次の瞬間。


「魔女から受けたという呪いを、直接見せていただくことは可能でしょうか?」


 その可憐な唇から放たれた言葉に、一瞬思考が止まった。

 そもそも直接ということは、この場で服を脱ぐ必要があるということで。それ以上に、うら若き乙女の目にそんなものをさらすなど、申し訳なさすぎて。

 なにより、ここ十年以上、女性とあまり関わりを持たないようにしていたせいで。信頼よりも羞恥のほうが、何倍も上回ってしまったのだ。


「い、いえっ! さすがに、そこまでは……!」

「ですが呪いであるのならば、直接れることが一番効果的なのです」

「触れる!? 呪いに触れるのですか!?」

「はい」


 聖女は当然のように言い放っているが。それはつまり、結婚すらしていない若い女性が、未婚の壮年の男の胸に触れるということで。

 それはどう考えても、問題にしかならなそうな絵しか思い浮かばなかった。


「そのっ……! 私の呪いは、胸元にあるものでして……!」

「そうなのですね。では、服を脱いでいただかなければいけませんね」

「いやっ、あのっ……!」

「どうかされましたか?」


 心底不思議そうに首をかしげる聖女と、今までにないほど焦った様子の屋敷の主。

 状況的に考えれば、どう考えても立場が逆だとは思うのだが。あいにく、それを指摘できる人間は、この場には存在していなかった。

 後に、この状況を目撃していた人物たちはこう語った。公爵と聖女の攻防だった、と。


「うら若き乙女に、こんなに年の離れた男の半裸など、見せられません……!」

「ですが、それが最も効率的なのです」

「聖女様は、未婚の女性なのですよ!?」

「はい。ですが、聖女としての治療行為とそれは、関係ありませんから」

「関係あります!!」


 笑顔のまま落ち着いて話す聖女と、冷や汗を垂らしながら焦った様子のデューキ。これでは、どちらが人生経験豊富なのか、分かったものではない。

 そしてここから、聖女がブッセアー公爵邸を訪問するたびに繰り返される、見せる見せないの二人の攻防が始まるのだが。

 そんな未来が待っていることも、それが公爵邸内でひそかな名物になることも。この時はまだ、誰も知らなかったのである。





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