第10話 名実ともに聖女

 だが、聖女が決して触れ合わないことと、あくまで呪いが発動しないことを確認したいのだと強調してきたので。


(これは、気を遣わせてしまっているな)


 明らかにデューキの緊張を悟っての言葉だと、彼には分かってしまったからこそ。成人したばかりの女性にそこまでさせるなど、申し訳なくなってしまう。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「サヴィター」

「はい」

「誰でもいい。連れてきてくれ」

「かしこまりました」


 部屋の隅に控えていた、最も信頼している従者に人選を託して。彼が部屋を出ていく後ろ姿を、なんとはなしに眺めたあと。


「さすが聖女様ですね。癒しの力のおかげで、呪いの後遺症が全くありません」


 今度は自ら、聖女へと話を振ることにした。

 この時にはすでに両手も離している状態だったので、今はもう、体の中に癒しの力が流れてきているわけではないが。それでも、あの力の余韻はまだ残っている。


「普段は、なにか後遺症があったのですか?」

「痛みと熱で、数日間は寝込むことになるのが常でした」


 呪いに関しては、あまり詳細を話したいとは思っていないので、つい苦笑しながらになってしまったのだが。このために、聖女にわざわざ足を運んでもらっているのだと思えば。すんなりと口をついて言葉が出てくるのだから、不思議だった。


「それは……今まで、おつらかったのではありませんか?」


 心配そうな声と視線を向けてきた聖女が、そっと手の甲に触れてきて。思わず、飛び上がりそうになってしまったが。


(あぁ、違う。これは……)


 先ほどの癒しとは違うけれど、触れられた部分から伝わってくるのは、少しだけ高い聖女の体温だけではなく。彼女が纏っているのであろう、聖なる力の一端なのだろう。

 優しくあたたかく、それでいて清らかな力はきっと、神に仕える者の証。

 少しでも気持ちを落ち着かせようとしてくれているのかもしれないが、今のデューキにとってはその行為以上に、気持ちがありがたかった。


「むしろ最近は、滅多に女性と関わらなくなっていたので。呪いの痛みや苦しみを、正確には思い出せなくなっていました」


 それは、事実。

 もちろん苦しむことはしっかりと覚えていたので、気をつけていたし警戒もしていたけれど。

 それ以前に倒れたのが、はるか昔のことすぎて。ここまで痛く苦しいものだと、久々に実感したくらいなのだから。

 できれば忘れていたかったというのが、紛れもない本心ではあるが。


「他者を所有物のように扱う魔女のやり方を、わたくしは許せそうにありません。特に、相手の同意がないのであれば、なおさら」

「聖女様……」

「必ず、解呪する方法を見つけましょう。魔女の思い通りになど、わたくしがさせませんから」

「はい」


 親身になってくれる彼女は、名実ともに聖女だと。この時デューキは確信した。

 ターコイズブルーの瞳と、淡いアメシスト色の瞳が、同じ意思を持って視線を交わす。そこにあるのは、強い思いだ。


「デューキ様、連れて参りました」


 と、ここで。女性の使用人を呼びに行かせていたサヴィターが、タイミングよく戻ってきた。それと同時に、そっと離れていく聖女の指先。

 だが、デューキはそれを気にすることなく。


「ご苦労だった。聖女様、彼女で問題ありませんか?」

「はい、ありがとうございます。では公爵様、こちらに来ていただけますか?」


 同じく聖女も、特に気にした素振りは一切見せず。むしろ立ち上がって、椅子の置いていない壁際へと移動を促す。

 それはデューキに対してだけではなく、連れて来られた使用人に対しても同じだった。


「あなたは、公爵様のお隣に立っていただけますか? そうですね……まずは、間に人が立てるほどの距離で」

「はい」


 それに頷いて、言われた通りにデューキの隣に並ぶ使用人。

 余談だが、後にこの使用人は仲間内でこの時のことを「大変緊張した」と語ったらしい。

 それもそのはずだろう。目の前には、滅多に会うことのない屋敷の主人と、それ以上にお目にかかれる可能性が低い、聖女がいたのだから。緊張するなと言うほうが、どだい無理な話だ。


「公爵様、もしも異変がありましたら、すぐにその場から離れてしまって構いませんので。決して、ご無理はなさらないように、お願いいたします」

「はい」


 最初にそう前置きされてから、聖女の指示で少しずつ二人の距離を詰めていく。

 最終的に、肩が触れ合わないギリギリ、程度の距離まできたところで。


「……なるほど、分かりました。ご協力、ありがとうございました」


 どうやら、聖女の最後の検証が終わったらしい。女性の使用人に対して、礼を述べて頭を下げる。

 ここで慌てたのは、それをされた使用人本人だ。まさか、聖女から頭を下げられるとは思っていなかったのだから、それはそうだろう。


「い、いえっ……! お役に立てたのでしたら、光栄ですっ……!」


 その場にいた誰もが、それが彼女の本心だと分かるほど、焦った様子で。けれど同時に、どこか高揚しているように、頬を紅潮こうちょうさせて。

 その素直さに、ほんの少しだけこの場が和んだことを。本人だけが、きっと気づいていなかったのだろう。





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