第13話 魔女の思惑 ~聖女視点~
ソレにサーンが気づいたのは、偶然ではなかった。
聖女としてブッセアー公爵邸を訪れ、いくつかの検証をした
魔女の思惑と、呪いの詳細。
今すぐ解呪が不可能というのは、決して嘘ではない。
むしろ、どうして魔女がそのような呪いを、公爵に施したのか。その理由が分かってしまったからこそ、余計に難しいと気づいてしまった。
だからこそ、直接その呪いに触れて、少しでも早く効力を弱めておこうと考えたのだが。
「拒否されてしまいました……」
帰りの馬車の中で、一人呟く。
それは少なからず、聖女と呼ばれているサーンの自尊心に、傷をつけた。信用されていないのかと。
治療行為である以上、直接患部に触れるのが一番治りが早いのと一緒で、魔女の力もより早く抑えられるはずだったのに。まさか拒否されるとは、思ってもみなかった。
「……少し、焦りすぎたのでしょうか?」
早く解放して差し上げたいと思ったのは、事実だ。魔女による『黒薔薇の呪い』で、ブッセアー公爵が苦しんでいるという話は、昔からよく聞いていたから。
そもそもにして、なんとも身勝手な行為だと、魔女に対して憤っていたのも本当で。可能ならば、すぐにでも解呪できるようになっていたかった。
残念ながら、それに相当する資料が見つけられなかったので、断念するほかなかったのだが。
「それとも、真実をお伝えしていれば、また違った反応をいただけ……るわけ、ないですよね」
あの言い方では、どちらにしろ結果は同じだっただろうと、サーンは冷静に判断する。
ちなみに教会が用意してくれた馬車は、完全なる一人用だ。護衛たちは外で、馬に乗りながら並走してくれている。
それをいいことに、なおも独り言は止まる様子を見せないが。誰にも聞かれていないのだし、今のうちに考えをまとめておきたいのでいいだろうと、いっそ開き直って。
「そもそもわたくし、魔女の思い通りになどさせるつもりはありませんから」
知りもしないし見えてもいない相手に、宣戦布告のような言葉を呟く。
サーンはたった一回の訪問で、全てを見抜いたのだ。魔女がどうして、デューキに呪いをかけたのか。どうして、あんな呪いの形なのか。
「呪いの形の執着なんて、醜いにもほどがあります」
そう、執着。まさしく、その言葉通りなのだ。
アレは、ただの呪いではない。魔女が「気に入った」と告げた通り、デューキを他の女に取られないようにと、マーキングしたようなもの。つまり、勝手にデューキを所有物として扱っているのと同義。
「相当ご自分に、自信がなかったのかしら? それとも、人間社会をご存じなかった?」
段々と
「お相手の女性が公爵様に好意を抱いているほど、強力な呪いが発動するなんて。悪趣味もいいところです」
そう。デューキが疑問に思っていた、枝の伸びる長さの違い。あれは至極単純に、デューキに触れた女性が彼に抱く好意の差。それは触れるという行為が、意図して行われていようといまいと、同じことだった。
ようするに、相手がデューキに好意を抱いていればいるほど黒薔薇の枝は長く伸びて、彼に苦痛を与える。それは決して、デューキ本人のせいではないのに。
「そんなことをしても、意中のお相手の心は、決して手に入らないのですけれどね」
むしろ、嫌悪感や憎悪が増すだけだろう。
しかし魔女にとって、それは問題ではないのかもしれない。呪いをかけた時点で、自分のモノだと認識しているのだろうから。
だが。
「その
ようやく正式に聖女の称号を手に入れて、呪いに対抗できる地位も手に入れた今。サーンは聖女として、本気で解呪に取り組む決意をしていた。
そして同時に。
「呪いは、わたくしがしっかりと活用して差し上げますから。公爵様を手に入れるのは、魔女ではなくわたくしです」
女としても、本気で魔女に対抗する決意を固めていた。
そう、つまり。サーンもまた、デューキに思いを寄せる人物の一人だったのだ。
聖女という地位と力を使って、他の女性が触れられない相手に、唯一触れられる相手として。たとえ解呪できなかったとしても、ブッセアー公爵夫人として自分を選んでもらう算段はついている。
特にサーンにとって幸運だったのは、聖女は結婚できないだとか、乙女でなければならないという決まりがなかったことだろう。おかげで、相手を自由に選べる権利すら得たのだから。
「とはいえ、わたくしもまだまだ。これから信頼してもらわなければ、ですからね」
まずは、呪いに直接触れさせてもらえるようになるくらいには、仲を深めたい。
今回は若干焦りすぎたのと、あとはもしかしたら、触れてみたいという下心が出てしまっていたのかもしれないから。次回からは慎重に、けれど必ず毎回、提案だけはしようと心に決める。
「あの方をその場で連れ去ってしまわなかったことを、魔女にはぜひとも後悔していただきましょう」
その瞬間、サーンの顔に浮かんでいた笑みは。普段の彼女からは考えられない、聖女とは決して言い
それに気づく者は、誰一人いない中。彼女の言葉も真意も、その笑みでさえ。外部に漏れることは、一切なかった。
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