第7話 国王陛下と ~聖女視点~

「本当に、よかったのか?」


 デューキが退室したあとの、謁見の間で。唐突にそう問いかけたのは、国王陛下のほうだった。

 見送ったその体勢のまま、聖女を見ることなく。さらに言葉を続ける。


「私としては、これで少しでも状況が変わるのであれば、願ってもないことではあるが」

「もちろんです。ブッセアー公爵様が、これ以上魔女の呪いに振り回されないようにするために、必要なことですもの」


 笑顔で返す聖女の言葉に、国王はどこか複雑そうな表情を浮かべてから。ようやく彼は、隣に立つ聖女に目を向けた。


「すまぬ……いや、恩に着る。日々の祈りや守りの補強で、今もまだ忙しいだろうに。のちほど、教会にも手紙を出しておこう」

「そうしていただけますと、話が早くて助かります。ただ……」

「ただ?」


 サーンは聖女らしく、胸の前で手を組むと。


「魔の力に対抗するのが、聖女のお役目ですから。教会としても、ブッセアー公爵様が呪いを受けてしまわれたことを、昔から嘆いておりましたので」


 だから文句は出ないだろうと、言外に含めながら。慈しむような笑顔を浮かべ、ほんのわずかに首をかしげて。

 計算か、それとも天然か。まるで、その神聖さを表すかのように。さらりと流れるホワイトブロンドの長髪が、光を浴びてキラキラと輝いていた。


「そう、か。そうだったな」

「可能なようでしたら、解呪までできればとは考えておりますが……」

「呪いに苦しむ姿を見て、どう思った? 聖女としての、忌憚きたんなき意見が聞きたい」


 先ほどとは打って変わって、真剣すぎるサファイアブルーの瞳を向けられて。サーンは一瞬、目の前の人物を国王としてではなく、ただ純粋に弟を心配しているだけの、一人の人間として見ていた。

 それもそのはずだろう。実際、彼は国王になるより以前から、弟を心配していたのだし。それ以上に、腹違いとは思えぬほどそっくりな、シャンパンゴールドの髪が。二人が、紛れもなく血を分けた兄弟なのだと、如実にょじつに表していて。


(……いけませんわ)


 けれど、さすがにそこは聖女として教育を受けてきただけのことはある。

 サーンはすぐに、謁見の間で国王と聖女として向かい合っているのだということを思い出すと。


「強すぎる呪いの力でありながら、決してブッセアー公爵様の命を奪ってしまわぬよう、調整されているように見受けられました」

「……解呪は、できそうか?」

「命に直結していない分、可能性は高いとは思うのですが……」

「詳細が分からぬままでは、聖女でも難しい、か」

「はい」


 あくまで、可能性の話であって。無理やり解呪を試みた場合に、どうなるのかは。それこそ、調べてみないと分からない。

 それ以前に、詳細を調べることができるのかどうかも、まだ今の段階では判別できない。


(魔女の力も目的も、なにひとつ分からない状況ですもの)


 ただ、同時にサーンは思う。デューキが呪いを受けた際に、魔女が口にしていた「気に入った」という言葉。あれは、言葉通りなのではないかと。

 運悪く、不可侵の森の魔女に出会って、気に入られてしまった。その頃はまだ、大変見目麗しい王子として有名だったというのだから。あながち、間違いではないような気がしている。


 不思議なことに、魔に魅入られた者たちは総じて、美しいものが好きなのだ。それは、時に物であったり人であったりと、様々ではあるのだが。

 美しさがあだとなって、盗まれたりさらわれたりという話は、昔から各地に存在していて。今や当然の事実とまで言われるようになっている。

 それに当てはめてみれば、今でも優れた容姿を保ちながら、さらに大人の色気まで身に着けたデューキが。当時の魔女に気に入られたのだというのは、大いに納得できる理由だった。


「我が国では現状、魔女を討つほどの力を持った者は、存在していないからな」

「それ以前に、魔女の死によって呪いの力が強まる可能性も、否定できませんから」

迂闊うかつに手出しもできない、と。そういうことか」

「今はまだ、仕方がないのです」


 そう言われて、彼がどれほどの間我慢を強いられてきたのかは。この国に住む、ある一定の年齢よりも上の貴族たちならば、誰もが知っていることだ。

 だからこそ、デューキに向けられるのは同情と哀れみ。そしてほんのわずかに残っている、期待と希望。特に後者は、女性陣から向けられることのほうが多い。

 それもそうだろう。いくら完全に臣下に下ったとはいえ、彼もまた立派な王弟なのだから。彼に見初められた女性は、将来を約束されたも同然。しかも現国王陛下が、兄弟の中で一番に可愛がっていることでも有名なのだから、なおさらだ。


「呪いとは、どうしてこうも面倒なものなのだろうな」

「逆ですよ、陛下。面倒だからこそ、呪いなのです」

「頭が痛くなるな、本当に」


 この場で口にすることはなかったが、サーンは知っていた。祝福と呪いは、紙一重なのだと。

 その判断基準は、誰から受けるかではなく。そして究極を言ってしまえば、内容ですらない。

 ただ、それを受けた本人が、どう思うのか。有用だと思えば、祝福。無用だと思えば、呪い。本当にただ、それだけなのだ。


(聖女に選ばれたことを呪った人物も、歴史上では一切語られてはいませんが)


 存在していないはずが、ないのだ。平民から見つかった場合には、なおさら。

 だからこそ、自分は今も定期的に家族と会えるように配慮されているのだと。サーンは、そう考えている。過去に聖女という立場を呪った人物と、同じ結末にならないようにと。

 そうでなければ、嘘が発覚する危険を冒してまで教会がそこまでする理由が、思い当たらない。記録には残っていないが、おそらく上層部の中だけで語り継がれているのだろう。

 そんな風に考えるサーンの予想は、当たらずといえども遠からず、といったところではあるのだが。


「ご安心ください」


 だが今は、祝福と呪いの差や聖女についてなどという、つまらないことよりも。


「わたくしが必ず、糸口を見つけてみせますので」

「あぁ、頼んだぞ」


 聖女と名乗れるようになるより以前から、ずっと決めていたことを優先すべく。サーンは国王に向かって、ゆったりと微笑んだ。

 誰にも伝えたことのない本心を、その笑顔の裏に隠しながら。





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