第6話 聖女の提案
「その後、何事もなかったようで、なによりです」
「聖女様のおかげです。翌日に動けるまで回復することなど、今までではあり得ませんでした」
「お役に立てたようで、わたくしも嬉しい限りです」
何気ない会話を続けながらも、デューキは同時に思う。聖女とはいえ成人したばかりの女性が、魔女の呪いを抑えるほどの力を有しているのは、奇跡としか言いようがない、と。
そもそも自分が生きている間に、この国に聖女が誕生することになるなど。呪いを受けた当初は、考えたことすらなかったのだ。
それほどの存在が、今。目の前にいるなど。
(現実だというのに、信じられないな)
だが事実あの日の呪いを、翌日には回復しているくらいにまで抑え込んでくれたのは、他の誰でもない。今ここにいる、聖女サーンその人で。
聖女のみが着用を許された、白のドレス。それが、なによりの証だ。
さすがに聖なる存在なので、直接肌が出ている部分はごくわずかではあるが。レースの
「ただ魔女の呪いについては、あくまで応急処置にすぎません。ですので、おそらく同じ条件下であれば、再び発動する状態になってしまっているのだと思うのです」
少しだけ表情を曇らせて、そう口にする聖女が頭をわずかに傾けると、淡いピンクの毛先が揺れるのと同時に。王族の女性がつけるティアラとはまた別の、聖女だけが身に着けることができる、ところどころに花びらを散らしたような髪飾りが。
「つまり……」
「今のままでは、デューキの呪いはそのまま、ということか」
「はい」
デューキが言葉に詰まったのを引き受けて、先を続けた国王の言葉に。聖女はゆっくり、けれどハッキリと頷いた。
その返答に険しい顔を見せた、国王やデューキの表情を受けてなのか。眉尻を下げて、少し困ったような顔をしながら。
「『黒薔薇の呪い』と呼ばれる、ブッセアー公爵様が受けた呪いに関しての記述は、教会所有のどの文献を確認しても、
「ということは、現段階では解呪の方法は不明だと」
「前回は、症状を抑えることが最優先でしたので。わたくしも、詳細は
「なるほど」
確かに、気を失うほどの痛みを伴う呪いだ。調べるよりも先に、まずは症状の緩和が必須だっただろう。
あまり知られてはいないが。実は呪いなどは、発動される前に抑えることは比較的簡単なのだが。いざ発動された状態のものを、完全に抑え込もうとすると。それはそれは膨大な力のコントロールと、精神力が必要になる。
つまり、前回デューキが倒れた時に、呪いを全て抑え込んだあと。さらに調査までとなると、さすがの聖女でも精神が
「ですので、この場でブッセアー公爵様にお願いがございます」
「なんでしょうか?」
急に話題を振られたデューキは、内心驚きながらも。そんなことは一切顔には出さず、壇上にいる聖女を見上げて、首を傾げた。
そんな彼に、聖女サーンは至極真面目な顔をして。
「魔女の呪いの詳細を、調べさせてはいただけませんでしょうか?」
「……え?」
それはむしろ、願ったり叶ったりな申し出ではあるが。
いっそ、こちらからお願いしようと思っていたくらいなのだと。つい、いらぬことを考えてしまっていたせいで、聖女への回答が一瞬遅れた。
そんなデューキの様子に、なにを思ったのか。急に焦ったような口調で、聖女が付け足す。
「も、もちろん、今すぐでなくて構いません……! 後日、どこかでお時間をいただければ……!」
「うむ、いいではないか。少しでも状況が好転する可能性があるのならば、試してみる価値は十分にある」
それに援護射撃をするかのように助け舟を出したのは、国王陛下。
彼からすれば、可愛い弟が魔女の呪いなんぞに振り回されているこの現状は、許しがたいものだった。
そもそも、デューキがこの歳になっても婚約者すら存在していないのは、決して彼自身に問題があるからではなく。魔女の呪いのせいで、女性というだけでデューキには触れることができないからだ。
そんな理不尽を抱えたまま、この先も一人で生きていかなければならないなど、
「いえ、その。むしろ、こちらから願い出るべき内容ですが……。本当に、よろしいのですか?」
「もちろんです! これも聖女としてのお役目ですし。なによりわたくしは、そのために今日まで様々なことを学んできたのですから」
デューキ自身も、この呪いをなんとかできる可能性があるのであれば、それに賭けたい気持ちは大きかった。
だからこそ。
「では、ぜひともお願いいたします」
「はいっ」
聖女の提案は誰からも受け入れられ、すんなりと通ったのだが。
この時、頭を下げていたデューキは。聖女と呼ばれている女性の表情を、一切目にすることができなかった。嬉しさから頬を
そして同時に、誰もが想像し得なかっただろう。これがデューキにとって、さらなる災難を呼び込む選択になってしまったのだということを。
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