第3話 聖女

 次にデューキが目覚めた時に最初に目にしたのは、普段とは違う模様の天井。けれど、見覚えがないというわけではなく。

 徐々に記憶をたどりながら、夜会で『黒薔薇の呪い』が発動したことを思い出すと同時に。苦しんでいるところを、城の医務室へと運ばれたのだという結論にまで達したところで。


「……何日間、眠っていたのだろうか」


 今まで呪いが発動した際には、最低でも三日間は痛みと熱で寝込んでいた。その経験から、思わず呟いた声に。


「お倒れになられたのは、昨日さくじつの夜のことですよ」


 返事があったことにも驚いたが。それ以上に、その短すぎる時間にさらに驚いたデューキは、慌てて起き上がろうとして。声の主に、急いで背中を支えられる。


「デューキ様、無茶なことはおやめください……!」

「そんなことを言っている場合か!? 倒れたのが昨夜のことだなんて……。サヴィター、それは本当のことか?」


 デューキを支えたのは、彼が幼い頃から側に仕えてきた従者、サヴィター・ロイユッティ。スモーキークォーツのような濃い色の瞳と、ロマンスグレーが印象的な紳士。

 彼は常にデューキを側で支え、こういった不測の事態の際にもすぐに対応できるほど、冷静で優秀だった。

 ただ、唯一の欠点があるとすれば。近頃老眼が始まったこと、くらいだろうか。

 そのため最近では、老眼鏡ろうがんきょうを常にかけているようになったのだが。それはそれで大変穏やかな紳士に見えるのだから、欠点と言えるのかどうかも怪しいところではある。


「えぇ、本当のことでございます」

「まさか……!」

「昨夜どなたかが、教会まで聖女様を呼びに行ってくださったようでして。陛下もデューキ様の治療に専念するようにと、聖女様の入城にゅうじょうを許可してくださったのです」

「なるほど、聖女か」


 なにも覚えていないだろうということを考慮して、サヴィターは主に昨夜の流れを簡潔に伝える。

 それにより、ようやく状況が理解できたらしいデューキが深く頷くのは。魔女の呪いの力を聖女が抑えることができるという事実を、知識として知っているからだ。

 最近ようやく成人である十八を迎え、正式な聖女として認められたばかりの、その人物は。聖女としての訓練を受けている間も、基本的に人前には出てこないにもかかわらず、大変優秀だと有名だった。

 日に透けるホワイトブロンドの長髪は、長い間強い祈りの力の影響を受けて、毛先だけが淡いピンク色に染まっているように見えるのだが。それが逆に普通ではないからこそ、神々しさを増しているように見えて。淡いアメシスト色の瞳はとても澄んでいたような記憶が、デューキにはある。名は、サーン。

 聖女のお披露目の際に、一度だけ間近で見たことのある姿を思い出しながら。同時にデューキは、聖女の持つ特殊な能力について考える。


「癒しの使い手、だな」

「しかも、ただの癒し手ではございません。神に仕える、とうとき癒しの持ち主です」

「あぁ」


 デューキが魔女に呪いをかけられた時代には、存在していなかった。それだけでも聖女という存在が、どれほど貴重な人物なのかを物語っているというものだ。

 そして実際に、三日は苦しむはずの呪いの効果を、一晩かからずに消し去ってしまったのだから。噂通りの、優秀な人物なのだろう。


 だが同時に、デューキは知っているのだ。聖女と呼ばれているサーンという名の少女が、世間で言われているような生い立ちではないということを。


 聖女は、教会の前に捨てられていた孤児で。ある日突然、聖女としての力に目覚めたとされているが。実際には、そうではない。

 現実は、教会の人間が聖女の素質を見出みいだし、両親をなんとか説得して連れてきた子供だった。

 そのため、実は今も密かに家族と会っているのだが。そのことは絶対に口外してはいけない、教会と王族だけの秘密となってる。


(話を聞いた際には、どうしてそこまでこだわるのかと疑問に思ったものだが)


 教会には教会なりの考えがあった、ということなのだろう。それがいいのか悪いのかは、別として。

 ただ実際、聖女の両親がおかしな人物に狙われる心配がないのも事実。そういった意味では、良い面が多いのかもしれない。


 ちなみに、それをなぜ知っているかといえば。当時まだ王子として城に住んでいたデューキは、将来的に魔女の呪いを解くことができるかもしれないと、当時の国王である父親と教会のトップの二人から、口外しないという誓約書にサインをさせられた上で、話を聞かされたからだ。


(聖女の成人前に、兄上からも聞かされたな)


 「いずれは聖女と会うことになるだろう」と。

 国王であるデューキの兄もまた、その真実を知らされた一人ではあるのだろうが。それについて話したことは、今まで一度もない。

 それどころか聖女について会話したのは、その時の一回のみ。あれ以降、聖女が成人を迎えてからも、特に連絡はなかった。


「ふむ、いい機会だ。サヴィター、今回の礼もかねて、一度聖女への面会を申し込もう」

「いいお考えかと存じます」


 どちらにしても、一方的に助けてもらっておいてそれで終わり、とは。あまりにも不義理がすぎる。

 それに運がよければ、これをきっかけに呪いを解く手がかりが見つかるかもしれない。それどころか完全なる解呪かいじゅも、夢ではないかもしれないのだ。


「まずは、陛下へ使いを出そう。私のために、聖女の登城を早急に許可してくださったことを、お礼申し上げなければ」

「すぐに手配いたします」


 サヴィターは優雅にお辞儀をしてみせると、部屋の扉を開いて外にいる人物へと話しかける。おそらくデューキが目覚めたことを、報告しているのだろう。

 その姿を、なんとはなしに見ながら。実は、かなりの過保護っぷりを発揮する陛下こと兄上が、はたして今日中に自分を帰してくれるのだろうかと。そんなことを考え始めるデューキだった。





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