第4話 公爵として

 結局、心配性で過保護気味な、一番上の兄である国王に呼び出されたデューキは。大事をとってもう一晩、城に滞在することになった。

 馬車での移動中に、もしものことがあってはいけないとのことだったが。政務を終わらせた国王が、夕食の席にデューキを招いていた辺り。本心は別のところにありそうだと、誰もが思った。

 もちろんデューキ本人も、その内の一人ではあったが。夕食後に部屋を訪ねてきた国王を、直接問い詰めたら。「たまには可愛い弟とゆっくりしたい」との返答が。

 それに「仕方がない兄上ですね」と返したデューキにとっては、ある意味で国王のこの状態は通常通りだった。そして同時に思うのだ。我ながら兄に甘い、と。


「さて」


 そうして、翌日。ようやくブッセアー公爵邸へと戻ってこられたデューキは、まず聖女へのお礼と、面会を求めた手紙をしたためることにした。

 というのも、兄である国王からの助言があったのだ。ただ面会を求めるよりも、先に手紙で礼だけでも伝えておくといい、と。

 確かにそのほうが、ただ面会を求めるだけよりも心証しんしょうがいい。加えて教会も、わざわざ聖女へ手紙が来るくらいには力が認められたと、早々にアピールできる。

 ようするに、パフォーマンスの一環ということなのだろう。


「今回は教会の思惑に乗っておいたほうが、あとあと困らずに済みそうだな」


 腕を組んで、顎ヒゲをなでながら。執務室の座り心地のいい椅子に背中を預けて、政治的なことも考えつつ、手紙に書く内容を頭の中で整理する。

 助けてくれたことに対する感謝と、それを直接会って伝えたいむね。まずはそこまででいいだろうと結論づけて、さっそくペンを走らせていると。執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「入れ」

「失礼いたします」


 この時間に、聖女宛ての手紙を書くことは伝えていた。ということは、それを遮ってでも伝えなければならない用件だということ。

 事実、部屋に入ってきたサヴィターの手には、一通の手紙と書類の束が握られていた。


「こちら、以前に調査依頼を出していた領地についての報告書が、先ほど届けられました」

「どうだった?」

「おおよそ問題はなさそうですが、例年に比べると多少の水不足が懸念される可能性があります」

「そうか。では、早めに視察の日取りを考えよう」


 あとで自分を目を通すために、差し出された報告書はしっかりと受け取っておく。

 ブッセアー公爵領は、元は王家所有の土地だ。そこまで問題になるようなことは起こりにくいが、逆に言えばこの土地で問題が起きるようであれば、他の領地にも影響が出る可能性がある。

 そのため、しっかりと自分の目で確認してから陛下へと報告するのが、王族出身貴族であるブッセアー公爵としての義務だと、デューキは考えているのだ。


「……で? その手紙は?」


 とはいえ、おそらくこちらは本命ではないのだろう。実際、聖女への手紙をしたためる以上に重要な事柄かと聞かれると、難しいところではある。

 ということは、だ。それを遮ってでも伝えなければならないことというのは、きっとその手紙のほうの内容なのだろう。


「はい。こちらは騎士団長殿から、抜き打ちで騎士団の見回りをして欲しいとのことでした」

「見回り? 視察ではなく、か?」


 差し出された手紙を受け取りながら、その言葉に首をかしげる。

 だが、返ってきたのは至極明快な答えで。


「必要があれば、指導もしていただきたいとのことでしたので。おそらく、そのためかと」

「なるほどな」


 ざっと目を通すと、確かにそのようなことが、これぞ騎士団長とでも言いたくなるような力強い筆跡で書かれていた。

 ちなみに。騎士団長がそのような依頼を出してきたのは明らかに、先日の剣術大会でデューキが優勝したからだろう。

 現役の騎士たちが出ていたにもかかわらず、最終的には勝利をもぎ取ってしまったのだから。ある意味で、これも致し方がないことだと言えなくはない。


「視察では、口は出せても手も剣も出せないからな」

「ですので、あえて見回りなのでしょう」


 本来であれば、仕事というにはいささか不自然にも思えるが。大会優勝者ということで、今回は特別に許可が下りているのだろう。

 となれば、これもまた公爵としての仕事ということになる。


「サヴィター」

「はい」

「領地への視察と騎士団の見回り、二つの日程の調整をしてくれ」

「かしこまりました」


 うやうやしくこうべを垂れたサヴィターは、そのまま部屋を出ていった。おそらく明日の夕方までには、日程の調整が完了していることだろう。

 となれば。


「まずは、聖女への手紙だな」


 それを書き終えてから、調査報告書と騎士団長からの手紙に目を通して。同時に、いくつかきていたパーティーの招待状へ、欠席する旨の手紙も書いてしまおうと決めた。

 王家主催の夜会への出席の噂を聞きつけて、夜会前日までに届いていたものたちだが。幸か不幸か、魔女の呪いで倒れてしまったことが功を奏して、断る口実もできたことだし。これ幸いとばかりに、全ての招待状へ平等に、欠席の返事をしてしまおうと思ったのだ。

 倒れた記憶が薄れない内にと考える、その姿は。誰がどう見ても、貴族の姿そのものだった。





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