第11話 千里眼と潜入捜査
翌日。
「……ねぇ、瀬廉ちゃん。本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です」
(本当に……?)
瀬廉を疑いたいわけではないが、他校に潜入調査なんてそんなポンポンしたいものではない。
「絶対に浮くって」
「大丈夫です」
「制服だって違うのに」
「大丈夫です」
瀬廉は大丈夫の一点張りだ。
「……まあ、そんなに行きたくないのでしたら代わりますが……。万が一にでも洗脳されたくないので……」
「……わ、分かった。行きます!……えっと、見つけたら、瀬廉ちゃんに連絡入れれば良いんだよね?」
「そうですね」
「よし!行ってきます‼︎」
「お願いします」
そういうわけで、華里奈は京泉女子高等学校に潜入調査することになった。
(わあ〜……なんか、皆お淑やかで素敵……!)
賑やかな一ノ倉高校と違って、京泉生は皆品がある。
(えっと……これからどうすれば良いのかな)
麻鈴にピッタリくっ付いて来たものの、麻鈴は本当に華里奈に気付いていないようだった。
(やっぱり、麻鈴ちゃんの観察?)
麻鈴は下駄箱の側でキョロキョロと辺りを見た後に、パァッと頬を上気させた。
「美玲!ご機嫌よう」
(ご機嫌よう⁈)
そんな上品な挨拶は初めて聞いた。
華里奈達とは住む世界が違うらしい。
……それはともかく。
(えぇっと……麻鈴ちゃん、は、何に話しかけてるの⁇)
華里奈には、麻鈴が虚空に話しかけているようにしか見えない。
「ふふ、麻鈴も、美玲のことが大好きよ。……ずっと麻鈴と一緒にいて」
(えぇ……麻鈴ちゃんは本当に何に話しかけてるの⁇)
ニコニコしたまま、麻鈴は教室へと歩き出した。
時々横を向いては、見えない誰かと楽しげに語らう。
しかも、周りの誰も気にかける様子はない。
……いや、違う。
(みんな……おかしい)
生徒達も先生も、皆、幸せそうな顔をしていた。
焦点の合わない目で、何かをうわごとのように言いながら、一見普通の行動を取っている。
(……これ、の、原因を突き止めればいいんだよね)
とても突き止められそうもないが。
とりあえず、しばらく様子を見ていよう。
華里奈は、とりあえず麻鈴のクラスで授業の様子を眺めていた。
そこで思ったことが一つ。
(みんな……めっちゃ顔が良い‼︎美人さんばっかり‼︎)
目の保養だ。
その中でも異彩を放つ麻鈴は、正真正銘の顔面国宝というやつだろう。
他の人も大概美人だが、二人ほど、華里奈の目を特に惹いた人物がいた。
一人目は、麻鈴と同じクラスの美少女だ。
高く結い上げられた艶のある黒髪と白い肌、そして琥珀色の瞳が特徴的である。
華里奈の目を惹いたのは、どこか瀬廉に似た凛とした雰囲気を纏っているからだろうか。
そして何故か、周りと比べてあまり幸せそうではないように見える。
気のせいかもしれないが。
もう一人、気になったのは麻鈴のクラス担任だった。
稀に見るほど背が高いが細身で、どこか浮世離れした雰囲気を纏っている。
異常な程に長い銀髪と、緋色の瞳が人目を惹く。
そして、誰よりも楽しそうな顔をしている……気がする。
とはいえ。
とにかく美人しかいない。
以上‼︎
(……って瀬廉ちゃんに報告しちゃうのは流石にねぇ)
昼休みに入り、華里奈は教室で瀬廉お手製の弁当を食べていた。
とても美味しい。
(……えっと、一応生存報告はしておこうかな)
華里奈がスマホを取り出すと、見計らったかのようなタイミングでスマホが震え始めた。
「あ、もしもし?瀬廉ちゃん?」
『華里奈さん、お疲れ様です。何か手がかりは見つかりましたか?』
華里奈はウッと言葉に詰まった。
「……残念ながら」
『そうですか』
あまりに淡々とした声音である。怖い。
『……でしたら、麻鈴姉さんの様子を教えていただけますか?』
「麻鈴ちゃん?」
華里奈が麻鈴の席の方をチラリと見ると、麻鈴は相変わらずニコニコと何かと話していた。
「……私には見えない何かとお喋りしてるよ。朝からずっと」
『そうですか』
その言葉を聞いて、華里奈はゾッとした。
瀬廉が怒っている。それが分かった。
「せ、瀬廉ちゃん?」
『……───』
瀬廉は何かを呟いたようだった。
「え、瀬廉ちゃん?なんか言った?」
『……いえ、何でもありません』
「そ、そう?」
『……そうでした、参考になるかは分かりませんが───』
明らかに話を逸らされたが、華里奈は黙って瀬廉の言葉を待った。
『麻鈴姉さんが話していると思っているのは、恐らく歌川美玲だと思います』
「歌川美玲?」
『はい。確か麻鈴姉さんの左隣の席の人です。黒髪を高く結い上げた女性がいるでしょう?』
「……へぇ、あの子が」
先程のあまり楽しくなさそうな女の子は、歌川美玲という名前のようだ。
何故かさっきよりも表情が堅い……というよりもはや無表情で、黙々と弁当を食べている。
「……なんか、あの子あんまり楽しそうじゃないんだよね」
『……へぇ。流石、麻鈴姉さんの想い人』
なんとなく、今の瀬廉は笑っているのだろうなと思った。
そして……一拍置いて、華里奈は瀬廉の言葉を反芻した。
「……想い人?」
『麻鈴姉さんには女色の気がありまして』
「……えぇっ⁈」
派手に声を上げてしまったが、『認識阻害の術』のおかげか、誰も反応しなかった。
『……まさかそんなに驚かれるとは』
「えぇ……だって……え?そんなこと勝手に話しちゃって良いの?」
『言わなければ問題ありません。それに……ある程度こちらの事情も知っていただかなくては』
「そ、そう……」
『……そんなに顔を引き攣らせないでください。……麻鈴姉さんは、異常な程の男嫌いでして。私達家族相手なら平気なんですが、知らない相手なら……というか知っている相手でも嫌悪感が凄まじくて……』
瀬廉は深いため息を吐いた。
(瀬廉ちゃん……苦労してるんだな……)
『……まあ、麻鈴姉さんの事情を考えれば仕方ないとは思いますけど……。……あそこまで露骨に嫌な顔と荒れた態度を取られるのは……ちょっと……』
瀬廉はもう一度深くため息を吐いた。
華里奈視点では、瀬廉はかなり麻鈴を敬愛しているっぽいが、なかなか複雑な思いを抱いているようだ。
「……ん?麻鈴ちゃんって、そんなに男の人が嫌いなの?」
『そうですね』
「……なのに、担任の先生は男の人なんだ?」
『…………』
しばらく沈黙が辺りを支配した。
ややあって、困惑したような声が響く。
『……男、ですか?』
「え。……うん」
『その学校、男性教師はいないと思うのですが』
「え……?で、でもだって、さっき見たもん。長い銀髪で、赤い目をしたスラッと背が高い男の人……。え、もしかして女の人なの?」
骨格がしっかりしているので男の人なのかと思ったのだが。
『……華里奈さんには、そういう容姿の人物に見えているのですね?』
確認を取るように、瀬廉はゆっくりと言った。
「……?うん、そう見える」
『分かりました。……では、華里奈さんの役目はこれで終了です。もう帰宅して大丈夫ですよ』
サラリと言う瀬廉に、華里奈は目を丸くした。
「え?帰っていいの?」
こんな品のある場所は居心地が悪い。
正直、一刻も早く帰りたい。
『はい、どうぞ戻ってきてください』
「私、何もできなかったけど」
『いえ───寧ろ、大変助かりました。お陰で、麻鈴姉さんを取り戻せそうです』
「そっか、良かった!それじゃあ、私は帰るね」
『はい。本当に、有難うございました』
そこで瀬廉は通話を切った。
華里奈はグッと伸びをする。
(……よく分かんないけど、役に立ったなら良かった)
こうして、華里奈の潜入調査は幕を閉じた。
華里奈が駅に消えていったのを見届けて、瀬廉は軽く息を吐いた。
(……本当、恐ろしい能力だこと)
華里奈にはああ言ったものの、一応、瀬廉も学校の外から様子を見てはいたのだ。
学校の敷地内に入れば洗脳の餌食なので、空を浮遊して窓から中を覗いていた。
のだが。
(……長い銀髪の持ち主なんて、私には認識出来なかった)
華里奈の視線の先を見ても、そこにいるのは平凡な容姿の女教師だけ。
恐らく、相手も認識阻害の術を使っているのだろう。
それを容易く、無意識に見破る千里眼は、本当に恐ろしい。
(……早く、祓わなければ)
麻鈴を奪われることだけは阻止しなければならない。
「……さて、どう狩るか」
校門の前に立って、瀬廉は校舎を見上げた。
一番手っ取り早くリスクもないのが校舎ごと凍らせることだが、そんなことをしたら恐らく生徒達を殺してしまうのであまりやりたくはない。
(最悪、姉さんさえ取り戻せればそれで良い)
祓う仕事は二の次だ。
瀬廉は、淡々とした足取りで校舎に踏み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます