第8話 狂愛一家と狼男
部屋から出て行った華里奈を見送って、瀬廉は思わず笑い出した。
机に置かれたままの、本物の御守りをソッと手に取る。
いや、本物の御守りという言い方には語弊があるか。より強い力を持つ御守り、と言った方が適切だろう。
だが、少なくとも、華里奈にとっては、彼方のブレスレットが本物だった。
「……本当に、互いに互いが好きなんだね。ま、想定通りだけど。こっちは、亜乱兄さんに差し上げるとしますか」
カップを片付けてから、瀬廉は亜乱の自室に向かう。
「亜乱兄さん、入るよ?」
シー……ン……
瀬廉はドアノブを軽く捻った。ガチャガチャと音が鳴る。
「……亜乱兄さん?開けてくれる?」
…………
「……扉の修理代は存外高いんだけど」
壊すのは遠慮したい。
しばらくすると、鍵が開く音がした。
瀬廉は無理矢理扉を開いて中に押し入る。
「…………何の用だ」
「妹が心配してあげているというのに失礼だね」
亜乱の顔は真っ青で、濃い隈が金色の瞳を妙に引き立てていた。
さっきは華里奈の前だから平静にしていたのだろうが、相当精神がやられている。
瀬廉は天才女優などと囃し立てられもするが、愛沢家の者は皆その気質がある。
「……まだ不満なの?もう諦めた方が楽だと思うけど」
「だって……だって!オレだってカリナを傍に置いておきたいに決まってる……‼︎あぁ、傍に置いて、独り占めして、誰の目にも触れないように、誰にも傷付けられないように‼︎……でも、無理矢理千里眼のせいで結婚して、家の為に子供でも作らせるか?ふざけんな‼︎そんなことに巻き込むくらいなら、死んだ方がマシだ‼︎」
瀬廉の胸ぐらを掴みながら亜乱は半泣きで叫ぶ。
見事なほどにすれ違っている二人に、瀬廉の堪忍袋の緒は切れた。
「……心配せずとも、子作りくらいなら私が6人でも10人でも作ってやるよ!︎嫌いな奴の子供なら、苦しんで死のうが私には関係ないからな‼︎」
倫理的にアウトだろうがこの際気にしない。
いつまでもうだうだしている兄に喝を入れる方が余程大事だ。
「……瀬廉。八つ当たりしたオレが悪かったが、それは流石に言い過ぎだ。篝に何か察されたらどうする?」
自分より荒れてる他人を見れば冷静になれるとはよく言ったものだ。
「私のことはどうでも良い!……知念兄様が、家族を護れと最期に言ったのだから、私は亜乱兄さんが傷付くことを防がなければならないの。……そう、愛沢家に縛られるのは私だけで良い。家族を殺した罪を背負うのも私だけで良い」
瀬廉は懐に仕舞っていた小箱からブレスレットを取り出した。華里奈に渡したのと色違いの、水晶と黄水晶を連ねたブレスレット。アクセントに一つだけ紅水晶が連なっているそれを、無理矢理亜乱の手首に通す。
亜乱は訝しげにブレスレットを見つめていたが、ややあって目を見開いた。
「……お、前!これ……は?どういう⁇」
混乱した亜乱は、瀬廉に詰め寄った。
「これ……は、瀬廉と刹邪の妖気を込めてんのか?こんなもん作ったなら、こっちをカリナに渡せよ‼︎」
「だって、華里奈さんは亜乱兄さんの妖気を込めた方を選んだし。それに、ほら。私はともかく、刹邪の妖気が込もってるのはどうかと思って」
「……」
亜乱は複雑そうに顔を歪めた。
「……華里奈さん、最初は此方を選ぼうとしてたけど、結局彼方を選んだんだよね」
亜乱はグシャグシャと頭を掻きむしる。
嬉しいが、素直に喜んだら負け、そう思っている顔だ。
「……お前ら、まさか最初からこれを狙ってたのか」
「当然」
瀬廉は妖しい笑みを浮かべてみせた。
最初からというのは、刹邪が目を覚ましてから二日後のことだ。
「……そういえば、金平さん、刹邪」
金平の工房で、瀬廉は思い出したように言った。
「華里奈さんに、魔除けの為の御守りを作ってもらえますか?」
刹邪が黒塗なんて馬鹿なことをされるせいで、すっかり忘れていたのだ。
「魔除けの御守りかい?それは全然構わないが───どんな意匠がお望みだい?」
「……それは後で亜乱兄さんを呼び出して聞いてみます。……そこで、少し悪戯を仕掛けようと思うのですが」
瀬廉は淡々と子供じみた台詞を吐いた。
刹邪は目を輝かせる。
「ヘェ、どんな悪戯だ?」
「二人には、揃いの御守りを作って欲しいんです。金平さんには、華里奈さん用に亜乱兄さんの妖気を込めたものを。刹邪には、亜乱兄さん用兼華里奈さんの予備用として私と刹邪の妖気を込めたものを」
刹邪は首を傾げた。
「それのどこが悪戯になるんだよ?」
瀬廉はニヤリと笑う。
「刹邪。亜乱兄さんの妖気は、私や刹邪より圧倒的に弱い。で、あるならば、御守りとしての効能は当然私達の妖気を込めたものの方が強くなる」
「そりゃそうだな」
そこで刹邪ははてと首を傾げた。
「……ん?だったら、何であのお嬢さんに亜乱の妖気を込めた方を渡すんだよ?」
「刹邪は、もし私が篝様からもらった装飾品を身につけていたら───」
「殺す。上書きする」
瀬廉が質問し終える前に、刹邪は昏い目で即答した。
「だったら、亜乱兄さんだって同じでしょうよ。そこで……華里奈さんにとある質問を出す」
「質問?」
「作った御守りの何方が欲しいか、直感で答えてもらう」
刹邪はヘェ……と口角を上げた。
「それで、もしお嬢さんが俺等の方選んだらどうするんだよ」
「別に如何もしないよ。寧ろ、自分の身を守る為の御守りとしては、私達のが適格なんだから。千里眼としての直感に従うならそれが正しい」
瀬廉はクスリと笑う。
「私達のを選べば確実に身を守れる。亜乱兄さんのを選べば本能的な愛情が可視化されてそれはそれで幸せ。何方でも悪いことはない」
「それもそうだな」
愉しげに口元を歪める瀬廉に、同調して笑う刹邪。
金平は苦笑していたが、瀬廉による兄いびりと刹邪の享楽主義は別に今始まった事ではない。
そして、無事に華里奈は金平作の亜乱の妖気を込めた御守りを選んだのである。
「……それは華里奈さんの予備として亜乱兄さんが着けてなよ。色違いとはいえお揃いだし」
亜乱はグシャグシャと頭を掻きむしった後に、ポツリと呟いた。
「……カリナは、オレを受け入れてくれると思うか?」
瀬廉は遠くを見ながら唄った。
「愛沢一家は狂愛一家
愛すれば狂い
愛さねば弱る
愛されねば滅び
愛されれば満ちる
故に、その愛は恐ろしい」
瀬廉は続けた。
「曽お祖父様は政治家だったけど、政敵に嵌められ辞職した。曽お祖母様はそれを受けて、国会議事堂を爆破しようとした。未遂に終わって良かったよ。……曽曽お祖父様は、愛する妻を他の男に見られたくなくて、曽曽お祖母様に近付いた男を片っ端から殺そうとした」
瀬廉はグルリと壁を見回した。
「お母様はお父様を手に入れる為に婚約者を嵌めた。知念兄様と葉音姉様は私と梓様の身代わりとなって死んだ。亜乱兄さんは……どうしたい?どうされたい?」
「……オレ、は」
亜乱も壁を見回した。
幼稚園の時の華里奈。
小学生の時の華里奈。
中学生の時の華里奈。
高校生になってからの華里奈。
華里奈、華里奈、華里奈。
壁を埋め尽くすのは、たった一人を写した写真。
記念写真らしく満面の笑みを浮かべているものもあれば、こちらを向いていない写真もある。
数え切れない程多い写真が、亜乱の愛情の印だ。
「……オレは、カリナに愛してもらえるなら」
その言葉を聞いて、瀬廉はニヤリと口角を上げた。
「それは良かった。それでこそ、愛沢家の一員だ。……それでは、私は戻るから」
瀬廉は嬉しそうに笑いながら部屋を出て行った。
一方その頃。
華里奈と紫暗は、地下の転送システムに向かっていた。
「……今から俺らが向かうのは、憐呑っつう妖の営む人外専門の酒場『酒夢』だ」
「さ、酒場⁈」
未成年が口にしていい台詞ではない気がする。
「心配せずとも憐呑の出す酒は人間には無害だよ。……ま、そもそも人間は入れないけどな。詳しいことは着いたら説明してやるよ」
そう言って、紫暗はとある扉の前で立ち止まった。ルームプレートには、『酒夢』と書かれている。
「……あぁ、『酒夢』の中は、原則として暴力禁止だ。万が一でも華里奈さんを傷付ける奴はいないから安心しろ」
紫暗はそう言うや否や扉を開けた。
途端、柔らかい暖かな光が溢れ出し、華里奈はギュッと目を瞑った。
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