第7話 クイズとブレスレット
5月最初の日曜日。
一週間前と同じように、華里奈は愛沢家を訪れた。
(……そっか、縹山に行ってからもう1週間経ったんだね……)
時が経つのは早いものである。
黒鬼とやらは、無事に討伐できたのだろうか。
(……今日の仕事はどういうのなんだろう)
楽しみに思いながら愛沢家の大きな門をくぐると、華里奈はポカンと口を開けた。
「お願いしますよぅ、紫暗さーん。どうしても、紫暗さんの助けが必要なんですよぅ‼︎」
玄関前。とある男が、間延びした独特な声を張り上げていた。
「お願いしますよぅ」
シーン……
男はバンバンと扉を叩く。
「紫暗さん、そこにいるんでしょう‼︎どうかお助けください‼︎」
シーン…………
(え……どうしよう)
帰った方が良いだろうか。
なんなら、警察に連絡するべきかもしれない。
ふと、不審者はグルリと振り返った。
バッチリ華里奈と目が合う。
(……逃げよ)
華里奈が慌てて庭から出ようとすると、後ろから声が響いた。
「あ、待ってください!あなた、もしかしなくとも愛沢家の関係者ですか?ちょ、ちょっと逃げないでくださいよぅ‼︎」
無理矢理腕を掴まれ、華里奈は叫ぶ。
「い、いや‼︎離して‼︎」
「あ、ちょ、落ち着いて、僕悪い人じゃないんで、ね?」
「嫌‼︎離して‼︎やめて‼︎」
華里奈は涙目で叫び続ける。
「おい、
低い声と共に、華里奈は解放された。
「あ、亜乱君‼︎……こ、怖かったよ〜‼︎」
華里奈は、思わず声の主、亜乱に抱きついた。
亜乱は、優しく華里奈の頭を撫でる。
この時の亜乱は、視線だけで人を殺せそうな目をしていたが、華里奈には知り得ないことだ。
「……で?千本木、お前は何をしてたんだ?」
「いやぁ〜、誤解ですよぅ、亜乱さん。紫暗さんが家に入れてくれないので、そこのお嬢さんに仲介してもらおうと……」
亜乱は荒々しく舌打ちをした。
「紫暗は今たぶん取り込み中だが……分かった、話はオレがつけてやる。だが───」
そこで、亜乱は地を這うような声で凄んだ。
「次カリナを怖がらせてみろ、どんな手を使ってでも殺す」
が、千本木はヘラリと笑って返した。
「はいはい、分かりました。そのお嬢さん、よっぽど大事なんですねぇ」
華里奈は、ようやく亜乱から離れて不審者───もとい千本木泰永と向かい合った。
千本木はにっこり笑う。
「怖がらせてすんません。僕は、千本木泰永と言います。警察の仕事の一環で、紫暗さんの力を借りに来てまして」
華里奈は数度瞬きした。恐る恐る問う。
「……警察?」
「はい。下っ端ですけどね」
華里奈はまじまじと千本木を見つめた。
(……警察官ってこんな感じなの?)
なんというか、あまり頼りにはならなそうだ。
それとも、私服だからそう見えるだけだろうか。
「……カリナ、コイツは本当に警察としては無能だ。何かあるたびに紫暗に泣きついて、挙げ句の果て全部自分の手柄にする」
「えぇ……」
亜乱と華里奈に冷たい目で見られ、千本木は慌てて弁明した。
「亜乱さん、あまり人聞きの悪いことを言わないでくださいよぅ。だってほら、子供に手伝ってもらったなんて言っても誰も信じませんし!だったら、僕の手柄にした方がスムーズに事が進むじゃないですか」
「うっせぇな。分かったよ、中に入れ」
亜乱は舌打ちして、千本木と華里奈を愛沢家に招いた。
亜乱達がリビングに入ると、ソファに腰掛けて小説を読む瀬廉と、彼女にもたれかかって眠っている紫暗がいた。
薄目を開いた紫暗は、ギロリと亜乱を睨みつける。
「…………おいクソ兄貴。なんでそんな奴を家に入れたんだ?」
帰宅早々刺々しくそう言われ、亜乱は盛大にため息を吐いた。
「仕方ねえだろ。いつまでも玄関前に陣取られる方が困るだろうが」
「俺は今仕事の気分じゃない。ようやく瀬廉が帰ってきたのに」
紫暗はそう嘆いて瀬廉にしがみついた。苦笑した瀬廉は、優しく紫暗の頭を撫でてやる。
「…………腹減った」
「仕事終わるまでお預けだよ」
「…………」
瀬廉は困ったように微笑んで紫暗を抱きしめた。耳元で何かを囁く。
その途端、ガバッと紫暗は顔を上げた。
「……マジ?」
「紫暗には嘘は吐かないよ。だから───仕事、頑張って?」
紫暗は恍惚とした顔で頷いた。クルリと、千本木の方を向く。
「良いぜ、千本木。用件を教えてくれ」
変わり身の速さに、亜乱は呆れた風にため息を吐いて自室に戻っていった。瀬廉も続く。
「……とりあえず、華里奈さん、千本木、座れ」
二人が座ると、紫暗は千本木の方へ身を乗り出した。
「それで?今回はどんな事件だ?」
「せっかくなら最初からやる気を出してほしいんですけどねぇ……」
そう笑って、千本木は姿勢を正した。
「今回解決の手伝いをしてほしいのは、連続誘拐及び殺人事件です」
(……雰囲気が、変わった)
先程までとは打って変わって、彼は間違いなく警察の顔をしていた。
事件を解決しようとする強い意志が、その瞳に滲んでいる。
「……詳細は?」
「ここ半月ほどで、女子が行方不明になる事件が多発しています。年齢は5歳から18歳までと幅広く、皆通学中に何者かに攫われています。そのほとんどが数日以内に遺体の一部だけが見つかっています」
「……遺体の一部というのは?」
「指だったり耳だったり、共通点はありません」
現場を想像して、華里奈はゾッとした。
(……私もターゲットになる可能性がある……?)
無意識に、自分の体を抱きしめる。
それに気付いたのか、紫暗が淡々と言った。
「……華里奈さん、無理はしなくていい。聞きたくないなら、瀬廉の部屋かどっかで休んでくれ」
「……でも、これは……」
花嫁修行の一環だ。
どうしても、亜乱の隣に恥じぬ人間になりたい。
彼の隣に立つことを、彼に認めてもらいたい。
(……そのためには、ちゃんと聞かなきゃ)
紫暗は、少し声音を和らげた。
「……華里奈さん、この修行は、飽くまで祓い屋の仕事について知る為にある。その外側の……俺の領分に深く踏み込む必要はない。そもそも、香論や理炎は俺の領分については知らないしな」
「…………」
「華里奈さんは、兄貴の領分を知ればそれで良い。兄貴に寄り添う為の、これはただの下準備だ」
そう説得されて、華里奈はややあってこくんと頷いた。
「……分かった、そうするね」
「……調査に出る時になったら呼ぶ」
「ありがとう」
蒼い顔で微笑んで、華里奈は部屋から出て行った。
しばらくして、紫暗は口を開いた。
「……悪いな、千本木」
「いえいえ。彼女が、亜乱さんの妻になるお人なんですねぇ。おしどり夫婦になりそうです」
「あぁ。……話を続けようか」
紫暗は軽く咳払いした。
「……襲われた場所の共通点は?」
「ないですね。なんなら、我々の捜査領域外でも似た事案が発生しています」
「見つかった身体の一部の断面はどうなっていた?ナイフか何かで綺麗に切られている?」
「いえ、断面はぐちゃぐちゃになっていましたね」
紫暗は目を細めてしばし考え込んでいた。
「……犯人が映った防犯カメラとかはある……わけないな」
「ないですね」
紫暗は小さく舌打ちをした。
「面倒くせぇな。……普通の下級の悪妖の仕業ではありそうだが……いつもと違うのは、人間を媒体にしてなさそうなところか」
「……それってひょっとしなくてもかなりまずいのでは」
「そうだな。霊感を持たない普通の人間に、妖が干渉出来てるわけだ」
紫暗はサラリと答えたが、実際はかなりの大問題である。
基本的に、幽霊や妖に普通の人間が干渉することは不可能だし、普通の人間に幽霊や妖が干渉することも不可能である。
そうでなければ、人間界と妖界の調和は瞬く間に崩れてしまうだろう。
が、当然例外として、霊感の強い人間もいるし、強い妖力を持つ妖なら人間に干渉できる。
また、この前の廃工場のように、あまりに多くの妖が集まったことにより一時的に一般人でも霊感が強くなることもある。
そういうイレギュラーに対処するために、愛沢家や恋宮家は存在する。
とはいえ。
人に干渉できる、ましてや殺せるような悪妖がそうポンポン現れるのは流石に困る。
と、いうのが瀬廉や亜乱の意見である。
「……ま、細かいことはどうでも良い。俺はただ、瀬廉の望む通り事件を解決するだけだ。その後処理は俺の仕事じゃない」
紫暗は立ち上がってニィと笑った。
「さ、仕事の時間だ。あとは俺に任せてくれ」
一方、時は少し遡る。
華里奈は、紫暗の提案通り瀬廉の部屋を訪れた。
控えめに扉をノックする。
「……瀬廉ちゃん、入っても良い?」
ややあって扉が開く。
「……仕事の話はどうしたんです?……あぁ、紫暗がデリカシーのない話でもしましたか?最近起きている事件と言えば、連続女児誘拐殺人事件辺りですかね」
華里奈の返答を待たずに勝手に納得した───まあ、正しいのだが───瀬廉は、扉を大きく開いて華里奈を招き入れた。
「……気分が悪いのでしたら、カモミールティーかラベンダーティーを持ってきますが、如何です?」
(……瀬廉ちゃんって本当に優雅だよね)
「……カモミールティーで」
「分かりました、少し待っていてください」
瀬廉は薄く微笑んで部屋から出て行った。
一人残された華里奈は、改めて部屋をじっくり眺める。
前にも思ったが、黒で統一された部屋は、とても思春期の女の子の部屋とは言い難い。
大人びている瀬廉らしいと言えばらしいが、もう少し、飾り気というものがあってもいいと思う。
「……お待たせしました、華里奈さん」
トレイにカップを二つ乗せて戻ってきた瀬廉はニコリと微笑んだ。
甘酸っぱい香りが部屋に広がり、華里奈の気分は少し晴れた。
瀬廉は机の上にカップを置き、華里奈を椅子に座らせる。
「さ、どうぞ」
「ありがとう、瀬廉ちゃん」
華里奈が一口飲んだのを見計らって、瀬廉は口を開いた。
「やはり、紫暗の仕事は華里奈さんには向いていないようですね。彼奴の領分は血腥いものが多いですし。……まあ、
聞き慣れない音に、華里奈は首を傾げた。
「れんのん?」
「憐呑は私達愛沢家の大事な『協力者』ですよ。ま、詳しいことは会って確かめてください。そろそろ紫暗も呼びに来るでしょうし。……あ」
瀬廉は思い出したように呟いて、机の引き出しを開けた。
「華里奈さんに、渡したい物があるんですが」
「渡したい物?」
瀬廉は小箱を二つ取り出して、机の上に載せた。
「なあに、これ?」
「この前はネックレスを即席の御守り代わりに渡しましたけど、今回のは本職が作ったものなので、効果は段違いですよ。……貴方を、きっと護ってくれるはず」
そこで、瀬廉はニィと口角を上げた。
「ここで華里奈さんにクイズです。何方が本物の御守りか、判りますか?」
華里奈はフリーズした。
「……どっちが本物の御守りか?」
復唱すると瀬廉は軽く頷いた。
「はい。片方はただのアクセサリー、もう片方は呪いが込められたアクセサリーです」
華里奈は目を左右に泳がせた。
「……そんなこと言われても」
箱の中身は見えないし、たとえ見えたとしても華里奈に違いが判るわけがない。
(……こういうのも、千里眼を使いこなせればすぐに判るのかな)
だが残念ながら、華里奈は千里眼を持っている自覚は微塵もないし、使いこなせるようになる日は永遠に来なさそうだ。
強いて言えば、廃工場の件を経てから、時々変なものが視えるようになったくらいだろうか。
例えば、教室に手乗りサイズのおかっぱ髪の少女がいたりとか。
「……えーと……どっちか選べば良いんだよね?」
「そうですね。……あぁ、ハズレを選んだとしても本物の御守りはお渡ししますので、どうぞ気負わずに」
(やる意味あるのそれ⁈)
ニコリと笑う瀬廉の真意は読み取れない。
華里奈は瓜二つの小箱を凝視する。
(……左の方が、なんかそれっぽい気がする)
本当に、本当になんとなくだが。
(……まあ、勘で良いらしいし)
「んー…………じゃあ、こっち」
瀬廉を見上げながらそう言うと、瀬廉はパチリと目を瞬いた。
「……右側ですか」
「え」
華里奈はギョッとして自分の指が差す方を見る。
(⁈)
華里奈は右側の箱を指差していた。
(え、え、何で⁈左選んだつもりだったのに⁈)
「……ふふ」
華里奈があたふたしている様子を見て、瀬廉はとても楽しそうに笑っていた。
「な、なんで笑うの⁈ハズしちゃった⁈」
瀬廉は口元を抑えてクスクスと笑い続ける。
「い、いえ……すみません」
瀬廉は右側の箱を手に取ると、はい、と華里奈に差し出した。
「え、あ、合ってた⁇」
「はい、正解です。おめでとうございます」
瀬廉はにこやかに言って開けるように促す。
慎重に箱を開けた華里奈は、思わず歓声を上げた。
「す……凄い!綺麗!可愛い!こんなのくれるの⁈」
「お気に召したのなら良かったです」
小箱に入っていたのは、薄紅の玉と紫の玉を交互に連ねたブレスレットだった。アクセントに、一つだけ黄色の玉を通している。
早速着けて蛍光灯にかざすと、玉の中で光が美しく揺らめいた。
「……ちなみに、それは人間界の石……紅水晶と紫水晶、あとは黄水晶で作られています。魔除けはしっかり施しましたので、気に入ってもらえたなら肌身離さず持ち歩いてくだされば」
「うん、大切にするね」
華里奈の笑みに、瀬廉はホッとしたような笑みで応えた。
「───丁度良いタイミングですね。……あぁ、華里奈さん、もし憐呑に何か渡されても、決して口にしないように」
「え、うん、分かった」
華里奈が返事をすると同時に、部屋の扉が開く。
「……華里奈さん、今から仕事仲間の所に行くが───着いてくるか?」
豪奢な黒いローブを纏った紫暗は、薄く笑ってそう聞いた。
華里奈を試すように、挑戦的に目を細める。
(……少し、怖いけど)
「……連れてって。私に、祓い屋の仕事を教えて」
華里奈が真っ直ぐ紫暗を見つめると、紫暗は妖しく笑って指でクイッと華里奈を招いた。
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