第18話 親子みたい
横倒しになって炎上する馬車に近づくと、馬車から投げ出された人間の姿がいくつかあった。
「生きてるか……?」
適当なひとりをひっくり返してみると「うぅ……」と唸るので安心した。
あたりを見渡す。致命傷を負っている奴はいなさそうだ。
どいつもこいつも、明らかに善良そうではない奴らだった。なかにはギルド時代に見覚えのある悪党もいた。盗賊ギルドで雇われたのだろう。
馬車のなかに誰も残っていないことを確かめると、ひとりひとり縄で縛ってから『小回復』をかけていった。
自分で言うのもなんだが魔力を『ケチった』。
盗賊相手に魔力を使ってやる義理はない。
それに、せっかくフェルが痛めつけてくれたのだ。
そうやすやすと動けるようになられては困る。
「ほかに回復を受けてないやつはいないか?」
中途半端に回復したものだから、麻痺していた傷の痛みを感じ始めたのだろう。男たちのことばにならない悲鳴があちこちからあがった。
「……さて、こいつらはただの下っ端だな。おい、あんた」
俺は馬車の傍で枯草みたいにうずくまっている魔術士の前に屈んだ。
「今ここですべて話してくれれば、痛いことはされないし、人間としての尊厳を保ったまま牢屋に入れる。どうする?」
我ながら最低の脅しだったが、事実なので仕方がない。このあとジュジュに引き渡すのは決定しているのだから、俺としてはどちらでもいいのだが……呪術士に身体をいいように弄ばれると考えれば、少しくらいは慈悲の心も芽生えるというものだ。
しかもあのジュジュだ。
愛するおねえさまに攻撃を仕掛けてきた奴に手加減するような優しさは持ち合わせていないだろう。
「ぅ……」
黒いローブに覆われた体が、わずかに動く。
「あんまり無理しない方がいいぞ。回復したって言っても、最低限のやつだし」
「……お前は」
「ん?」
「ミレート・ガレオーテだな……」
「よく知ってるな」
悟られない程度に警戒する。
「今回のターゲットに、『まだ』お前は入っていなかった……」
「『まだ』……? どういうことだ。どこで俺を知った?」
「……警戒しろ」
掴みどころのないセリフを残し、
「お前はもうこの『物語』に巻き込まれている」
痛みに耐えきれなくなったのか、魔術士は気を失った。
「……物語?」
噛みきれない肉を咀嚼するみたいに、俺はいつまで経ってもそのことばを上手く飲み込めなかった。
*
捕らえた男たちを馬車に運ぶのはジュジュとフェルがそれぞれの術で手伝ってくれた。
「『浮遊』をつかえばかんたん」
とフェルは頷き、
「『送尸(そうし)』の呪術があれば、寝てても死んでても体を動かせますわ」
とジュジュは得意げだった。
往路で空になった食材保管用の馬車があったため、悪党たちには数人の見張りといっしょに入っていてもらうことにした。
王都に到着次第、取り調べを受けることになるだろう。
自分の馬車に戻ると、フェルがロシナにぎゅーっと抱きしめられていた。
「お、おぅ…… 」
たじろぐ俺に、ジュジュが肩を竦めた。
「ロシナ様の抱擁は賞賛の印でごさいますの。いわば戦いの褒章。わたくしもさきほど受けましたわ」
そうなのか……と納得しかける。
「俺はされてないな」
「おやおや〜? ロシナ様にお認めいただけるよう、あなたももう少し頑張ったらいかがでして〜?」
ニヤニヤしながら上目遣いで煽ってくる。
「ミレート様もこちらへ」
落ち着いた声にどきりとした。
抱擁をおえたフェルが表情ひとつ変えずにロシナから離れ、お姫様の両腕が俺に向かって広げられる。
「さあ、どうぞ」
「あ、ああ……」
呪術で操られているみたいにぎくしゃくと近づく。
「ミレート・ガレオーテ殿、素晴らしい活躍でした。心ばかりの感謝を」
短いが気持ちのこもったセリフのあと、ぎゅうっと。
「……?」
両手で握手された。
「……」
あれ?
「あなたの勇気ある行動と才知溢れる機転の数々を、心から称えます」
「あ、うん……はい」
そっと、何事もなかったかのように手が離れる。
俺はお辞儀をして一歩下がった。
「あと少しの旅ですが、王都に着くまでどうかよろしくお願いいたします」
「あ、ああ……」
拍子抜けしている俺の隣で、ジュジュがまた煽ってきた。
「ぷぷぷですわ~! おねえさまの抱擁を受けられなかったのはあなたが初めてでしてよ! ねえ今どんなお気持ちですの? どんなお気持ちですの~~~?」
「……」
いろいろと複雑な気持ちだ。
こいつが子供じゃなかったら馬車から放り投げてやるのに。
俺の額に青筋が浮かんだのを見てか、フェルが言った。
「ジュジュ、からかっちゃだめ。たぶんロシナさまは照れてる」
「え」
目を逸らして固まるロシナだった。
「ロシナさまも年ごろの女の子。でも身の回りにはぼくとジュジュくらいのお子様しかいない。歳の近い男のひとと触れ合うのはこれが初めて」
「そ、それはそうですわ……でも」
ジュジュは俺を睨む。
俺に怒りを向けてどうする。
「癪ですわ! こんな田舎術士を――」
ジュジュは怒りを溜めて言った。
「おねえさまが『男として』意識してるなんて!」
「なっ……! そ、それは違います……!」
一瞬で顔を真っ赤にしたロシナが、手をぶんぶんと振る。
「そ、その、たしかにあまり男性の方と関わる機会がないのは本当ですが……! さっきのは、その、ミレートさんを意識しているとかではなく……いえその、ミレートさんは武勇に優れた素敵な方だとは思いますが……男の人相手にちょっと緊張してしまったというか……」
「もーなんか腹立ちますわー。こんなあたふたしてるかわいいおねえさまレアですのに、素直に喜べませんわー。ミレートさん、とりあえず馬車から飛び降りていただけますわよね?」
「飛び降りていただけるわけねえだろ」
「お兄さん、かわいそう。ぎゅってする」
俺の袖をひっぱるフェルの頭をなでる。
「ありがとう。フェルは優しいな」
「ん……」
目を細めて気持ちよさそうにしながら、フェルが腰に抱き着いてきた。
触れたところがあたたかい。
「ジュジュ、御客人への粗相は許されませんよ」
と、お姫さまのたしなめる声がした。
「お、おねえさま……」
「たしかに私のさきほどの態度は失礼でした。恥ずかしいからといって武勲を精一杯称えないのは、英雄に対する非礼……恥ずべき行為です。ミレートさん、お許しください」
「お、おう」
別にそこまで気にしてはいなかったが、ロシナはまっすぐな瞳で俺に近づいてきた。
「もういちど……機会をお与えください」
ロシナは両腕を広げると、俺とフェルをすっぽりと包み込んだ。
そして、まごうことなき抱擁をした。
「ありがとうございます。ミレートさん」
「……ああ、いや、その……どういたしまして」
フェルが子猫のあたたかさなら、ロシナのそれは陽光のようなぬくもりだった。
慈悲と寵愛。
当然にもらえるものではなく、許されたものだけが与えられる褒美。
それを裏付けるみたいに、彼女からは胸の底をくすぐるような優しい香りがした。
「あ~~~~~~~~~~~~~! ずるいですの! ずるいですのー!」
ほとんど絶叫みたいな声を出したジュジュが、ヤケをおこしたのか俺の腰に抱き着いてきた。
子猫のあたたかさがひとつふえた。
「おねえさま、わたくしも入れてほしいですの~!」
「もちろんです。ジュジュ……そしてフェルも、ありがとう」
腕を広げ、俺とジュジュ、フェルをいっぺんに抱擁する。
狭い馬車の中で、四人が暑苦しく抱き合っている。
なんか、こうしていると……。
「親子みたい」
と、フェルが言った。
「愉快な家族だな」
俺が茶化すと、
「稼ぎの悪い父親をもつと大変ですわ~」
ジュジュがまたニヤニヤと煽った。
「お父様」
ふざけているのか、フェルが顔を腰にこすりつけてきた。
「あのなあ、それでいくとロシナが……いや、なんでもない」
その先は言わなかった。
「あ……うぅ……」
ロシナの顔が真っ赤になっていくのが見えたからだった。
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(山田人類)
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