第17話 SSSクラスの魔術士
決して衰えることがない魔力の波が、わずかにだが揺らいだ。
向こうが一撃に残りの魔力を込めるという『賭け』を選んだんだ。
こっちも、『賭け』なければいけない。
どれだけ周到に準備しても、考え抜いても、結局はこうなる。
最後には、たったひとつを選ばなくてはいけない。
俺の『賭け』は――……。
「うぉおおおぉお……っ!」
これが最後の攻撃だと信じて、すべての力を防御に注ぎこむ。
ふんばる脚の骨が、筋肉が、腱が、悲鳴を上げている。
骨が折れる。筋肉が断裂する。腱がブチブチと面白い音を立てて千切れる。
回復だ。壊れるそばから回復し、魔力に対抗し続ける。
重兵装の騎士が難攻不落の要塞なら、俺なんてそのへんに立っている見張り台だ。
けれど、被弾即修復を時間差ゼロで繰り返すならば、永遠に立ち続けることはできる。
問題は――――
「ぅぐっ……っ……ぁ……っ!」
俺は要塞でもなければ見張り台でもなく、痛みを感じる人間だということだった。
でもこれは――意味のある痛みだ。
俺はようやく、本当の意味で、戦っている。
ギルドの依頼でも、パーティメンバーとしての役割でもない。
俺の守りたい人を、俺の意志で、守ると決めて立っているんだ。
それがこんなに嬉しく――重いものだとは。
失敗したら、ぜんぶ俺の責任だ。
俺は一生、俺の守れなかったものをひきずって生きていくことだろう。
ああ、こんなにも……。
誰かを守るということが、こんなにも怖いことだったなんて……。
俺は知らなかったんだ。
でも、だからこそ――底の底の底にある自分の力を引き出すことができる。
「うぉおおぉぉぉぉおおおおおお!」
喉が焼け付くような声を絞り出し、全身で魔力の渦にぶつかる。受けるだけではなく、攻めるんだ。残りの力をすべて使い切って、回復力も底上げする。
回復量は無限だが、体力は紙。
精神力はもっと脆い。
今だって悪魔が囁く。
それでも――……。
「俺がやらなきゃ、誰がやるっていうんだ――っ!」
最後に、魔力の炸裂があった。今までよりも大きい、視界すべてを覆い尽くすほどの魔力の花火が弾け、それを最後に――俺の腕にかかる衝撃が嘘のように消失した。
俺は盾とくっついてしまった腕を下ろし、肩で息をしながら前方を睨んだ。
「ミレートさん! 今ので最後のようです!」
ロシナの声が飛んできて、
「すごい……さすがの底力ですわ!」
ジュジュのはしゃいだ声も聞こえる。
馬車はのどかな平原を走っている。
「終わった……」
魔法による戦闘などなかったかのような平凡な風景だった。
「ロシナ、ジュジュ! ふたりとも、助かった! でも……」
のどが焼けており、かすれた声しか出なかった。
「でも、まだだ。ここからが本番だ」
「――!」
「……!」
馬車のなかから緊張が伝わって来る。
息を整えようと試みる俺の後ろから、少年の落ち着いたがかかる。
「お兄さん。このままだと……」
俺は振り向く。フェルのまっすぐな瞳が俺を見据えている。
彼の言葉のあとは俺がつなぐ。
「このままだと、向こうの馬車と十字路でかち合うだろうな。あと少しもしないうちに」
平原に目を向ける。
もうとっくに敵の馬車が姿を現していた。『集中』していない俺の目でもよく見える。
屋根の上に立つのは――黒いフードをかぶった人物。おそらくはさっきから魔法を打ち続けていた魔術師だろう。杖をもった腕をだらんと下ろし、馬車の中にいる誰かに声を掛けている。
今度は接近し――襲撃するつもりか。
馬車の中から飛び出してくるのは鬼か蛇か……。
「こちらの戦力を遠距離から削り切っただけでも、向こうの魔術士の仕事は十分だったというわけか」
「お兄さん、どうするの」
「なんもしない」
「えっ」
「悪いけど俺はもう動けないよ。それに――フェルも疲れただろ」
俺は握ったまま動かなくなっていた手をなんとか盾から外すと、屋根の上にあぐらをかいて座り込んだ。
全身からどっと汗がふきだし、それを待っていたかのように疲労感が重くのしかかってくる。
「一発だ」
俺はため息とともに、青天にことばを吐き出す。
「向こうの馬車がおまえの魔術の射程圏内に入ったら、一発で終わらせてくれ」
「……」
「やれるだろ、SSSクラスの魔術師なら」
「……うん」
やはりそうか。
最期の賭け……というほどでもないが、俺の期待は間違っていなかったらしい。
遠方からの魔力察知。
魔術の二重詠唱に、長時間の維持。
これだけでも十分だが、もうひとつ気になることがあった。
初めてジュジュと会ったとき、俺はすぐにSSSクラスの回復術士だと見抜かれた。魔術の漏出を抑えていたのにだ。
もしかすると、と考えていた。ジュジュはSSSクラスの術士と接したことがあるのではないか。だからこそ、わずかに漏れ出る魔力の質からそれと気づいたのではないか。
なんのことはない。同僚であるフェルがそのSSSクラスの術士だったのだ。
「……」
フェルは向こうの馬車に視線を移した。
瞳のなかに、焔のような青い影が踊っている。
魔力の集中が始まっているのだ。
「フェル! やりすぎちゃいけませんわよ!」
馬車から顔を出して叫ぶジュジュ。
そのとなりにロシナの顔もあった。
「そうです! もしかしたら相手は間違えて襲ってきた可能性もありますし、命を奪うようなことは――」
「おねえさまの仰るとおりですわ!」
場違いな慈悲を見せる姫様を差し置いて、ジュジュは言い放った。
「奴らの身体には『お尋ね』することがたっぷりありましてよ! 死なない程度にボコしてくださいまし!」
「ジュ、ジュジュ……!? 私そこまでは……というか捕虜への拷問は法で禁止されてますよ……!?」
突然剣呑なことを言ったジュジュに驚きの目を向けるロシナだった。
「拷問なんて必要ありませんわー! ただちょーっとばかし、ご質問のついでに新しい呪術の実験台になっていただくだけですわ! おーっほっほっほっほ!」
これはだめだと見切りをつけたのか、ロシナはフェルの説得に方針を変えた。
「フェルさん! その、攻撃するにしても、できるだけ被害の少ないようにお願いします……!」
「よーし姫様の許可も下りた! やっちまえフェル!」
「うん」
「聴いてますかー!?」
中心に深い闇を宿した光の玉がフェルの眼前で結ばれていく。彼のなかに秘められた無限の魔力が、触媒も使わずに収束しているのだ。
光の玉は凝縮し、その密度をあげていく。相当の質量をもち始めているのだろう。離れたところからでも熱を感じるし、光球の周囲の景色が歪んでいる。
「『放出』」
フェルの目が一瞬、彗星のような輝きを放った……その瞬間、馬車が大きく横に傾いた。
衝撃と轟音。フェルが放った暴力的な魔力の塊が閃光となり平原の上を駆け抜けていく。
駿馬よりも疾風よりも――雷よりも速く。
閃光が馬車を貫き、火柱を天に届かせるのに、ひと呼吸ほどの時間もかからなかった。
「おお……すげえな、フェル」
「……うん」
視覚に遅れ、じりじりとした熱風が皮膚に伝わる。
ごうごうと燃え上がる火柱を眺めながら、俺は気分が良かった。
「いろんなパーティで魔術師と組んできたけど、こんなの初めて見たよ」
「……そう」
座り込んだまま振り向くと、額に汗を浮かべたフェルが少しだけ唇の端をもちあげた。
「ほめてくれる?」
「……ああ。よくやったな、フェル」
俺は腕をのばし、フェルの頭を撫でた。
「……うれしい」
俺の手をつかみ、頬にそっとおしつけて目をつむるフェル。
その呼吸はわずかに乱れ、疲労感が見て取れた。
「フェル様がやったぞー!」
馬車の列のあちこちから歓声があがった。
「見たかよいまの魔術!」「さすが俺たちの魔術士さまだ!」「あとでお菓子を沢山あげなきゃね!」「すげえ爆発だ!」「ヒュー!」「いままででいちばんの威力だな!」「うぉー!」「あれに比べたらさっきまで飛んできてたのなんて……」「フェル様万歳!」「万歳!」「今夜は祝杯だ!」
窓から顔を出して喝采をあげる従士たちの声に、
「『被害の少ないように』って私言いましたよねー!?」
「…………はぁ」
ロシナの悲鳴とジュジュのため息はかき消されていった。
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執筆頑張ります!
(山田人類)
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