第16話 ふざけんな
「ロシナとジュジュは馬車の中で待機していてくれ」
いつまた次の攻撃が仕掛けられるかわかったものではない。俺は屋根の上から手短に作戦を伝えることにした。
「良かった……おねえさまに戦闘はさせませんわよね……」
安堵の息を漏らすジュジュだった。
「だが、やってもらわないといけないことがある。ロシナ、さっきみたいに攻撃が飛んでくるのを察知できるか?」
「ええ。できると思います」
「じゃあ、あとほんの少しでいいから早く察知してジュジュに伝えてくれ」
「……! わかりました。やってみます」
緊張した顔色で頷くロシナの隣で、ジュジュが言う。
「それでわたくしはどうするんですの?」
「ジュジュ、きみには『操作』をしてもらう」
「『操作』の呪術を? 敵が見えなくてはいかに天才美少女呪術士であろうとも手も足も出せませんわ」
おてあげを表現しているつもりか、大きくばんざいをする。
「いや、そうじゃない。『操作』の対象は俺だ」
「……………………はぁ〜〜〜???」
ジュジュの口からかつてないほどの呆れ声が漏れ出た。
「あなた何を言ってますの?」
「ロシナにさっきよりも早い段階で攻撃を察知してもらうのはそのためだ。ロシナの合図を受けたら、きみには俺の体を動かしてほしい」
「あなたって本当に脳みそが芋でできてますのね……それって作戦と言えまして?」
呆れ果てた顔でため息をつく。
「シンプルな作戦がいちばん良い。フェルの前には俺がいる。盾で受け止められなかったとしても、フェルには当たらない」
「だとしても、あなたに当たりますわよ?」
「俺のことなら心配ない。心臓さえ撃ち抜かれなければ再生はできる」
俺のことばにかぶせるようにジュジュは畳み掛ける。
「さっきの魔法石の爆発を見まして? あんなの体に喰らったら心臓どころか髪の毛一本残りませんわよ?」
「だから『自動修復』の回復術をかけたこの盾で受ける。ただ、俺は戦士や剣士ではない。精一杯盾で受けるように体を動かすが、肉体の限界を超えた速さでは動けない。魔法を防ぐにはきみの呪術による強制的な操作が必要なんだ」
納得してくれるかどうか微妙なラインだったが、ジュジュは諦めの混じった声で「どうとでもなれですわー」と締めくくった。
「かならず」
と、ジュジュの背中に手をあてたロシナが言った。
「生きてくださいね、ミレートさん」
俺はああ、と応えた。
「フェルが体を張ってくれたんだ。最後まで役目を果たすさ」
体を起こし、盾を担いで屋根の上に立つ。
フェルの目にはまだ『集中』がかかっているが、そろそろ精神力も限界だろう。
戦闘でいちばんキツイのは消耗戦だ。
いつ襲撃されるかわからない状態で待機し続けるのは心にダメージを負う。
「すまない、待たせたな」
俺は盾を持ち上げると、フェルの前に仁王立ち。
胸の前に盾を構えた。
「お兄さん。どうするの」
「ずっと昔、ギルドに入る前の訓練でこういうのをやったことがある。突進してくる野生の猪を、盾で受け止めていなすんだ。それと同じだよ」
「成功した?」
「吹っ飛ばされた。自分の折れた骨を自分で回復したのはあれが初めてだったな」
気まずい沈黙のあとで、フェルは冷静に言った。
「だめ。死ぬよ。お兄さん」
「死なないさ。俺は心臓を刺されても生きてたくらいだからな」
今のセリフがロシナに聞かれてなければいいが。
「ギルドから追放されたときに、自分の守りたいものは自分で決めることにしたんだ。俺は今、フェルを守りたい。俺をあたたかく迎え入れてくれた、この馬車のみんなを……旅の仲間を守りたい」
「……お兄さん」
「フェルもそうだろう? ロシナを守りたくて、この手段を選んだんだろ?」
「……ぼくは……」
「攻撃、来ます!」
ロシナの張り詰めた声が意識のスイッチを戦闘に切り替えてくれた。俺ははるか斜め前方に目を向ける。
「ミレートさん! 行きますわよ!」
「ああ! やってくれ!」
凝視した平原の彼方から、碧緑色の閃光が放たれる。空を切り裂く音が遅れて聞こえるほどの速さ。俺は反射的に体の位置をずらし――自分の意思とは反する力によって、わずかに盾の位置を調整される。
がぅん、と。
眼前に構えさせられた盾の向こう側で見たことのない色彩の火花が爆ぜた。極彩色の花火をゼロ距離で見せられているみたいだ。盾の向こう側は昼間なのに、こっちの裏側はそのぶん闇が濃くなり夜のような暗さになる。
「……よし! 耐えた!」
「もう一発……来ます!」
ジュジュの『操作』が体にかかる感覚。ずん、とした重さが下半身に走る。
俺は腰を沈め、盾を腹の位置に構えた。
もう一発の魔法も盾の向こう側で見事に炸裂する。
「いいぞ! 次!」
「集中力が切れますわー!」
「来ます!」
三発目。四発目。五発目。
どの攻撃も難なく受けることができている。
よし。いまのところ問題はない。
俺の全身の筋肉が断裂と回復を繰り返してとんでもないことになっているが……しばらくは目を瞑ろう。
「フェル、相手の魔力はどうだ!」
「ばっちり。減衰している。朝の半分くらい」
フェルは相手の魔力量を観察してくれた。
「あと五発も撃たせれば向こうは弾切れだろうな……ジュジュ、あと少しだ! がんばれ!」
「もー無理ですわ~」
「やってくんなきゃ、おねえさまにめちゃくちゃグロいものをお見せすることになるぞ!」
「それもいやですわ~」
ぶつぶつ言いながらも俺への『操作』の術は途切れない。
六発目。七発目。
八発目。
「ぐっ……ぅおお……!」
ぎりぎりの戦いだった。SSSクラスとはいえ俺のジョブはヒーラーだ。
筋力はそのへんの剣や盾を装備できるくらいのものだし、最前線で攻撃を受けてヘイトを稼ぐ『重兵士』と比べれば体力は紙みたいなものだ。
それでも、ジョブもクラスも関係のないところで凌ぎ続けている。
精神力。
それが切れた瞬間、俺は二度と立ち上がれなくなるだろう。
今だって、俺の耳元で苦しみから逃れようと悪魔のささやきが聴こえる。
『あきらめて楽になれ』
『死を受け入れろ』
……なんだそれは?
ふざけるな。
ふざけるな――。
「九発目、来ます!」
「ミレートさん!」
「ふざけんな――っ!」
いままでとは比べ物にならない量の魔力がこもった魔法石が、火薬を凝縮した砲弾のように襲い掛かる。盾の表面がじゅうぅっと熱で溶ける音がし、金属が解けて液状になるときの熱い匂いが鼻先を掠めた。
重い。一撃が重すぎる。
脚をふんばり、歯の根を食いしばり、押し返そうとするが――獣の突進を受け続けているかのように圧がかかり続ける。
少しでも力をゆるめればそのまま弾かれ、焼き尽くされてしまいそうだった。
「くそ……っ! どうして急にこんな威力が……!」
敵も馬鹿ではなかったということだ。むしろこちらより何枚も上手だったかもしれない。
ずっと単調な攻撃を繰り返すことで、そのままの威力の攻撃が最後まで続くとこちらに読ませた。
そして、実際に俺はそう思い込み、その隙をつかれた。
二発分の魔力を一発に注ぎ込むことで、二倍の威力を持った魔法を撃ち込んできたのだ。
「ミレートさんっ!」
ロシナとジュジュの悲鳴に近い声。
「お兄さん……!」
背後からも。
負けるわけにはいかない。ここで俺が引けば、俺だけじゃなくフェルも犠牲になる。
盾が溶け、金属の部分が腕に垂れ落ちてくる。
「ぐぅぁああぁああああぁあああ!!」
もう、だめだ。
あきらめろ。
そう悪魔が囁いた。
俺は……。
俺は――……。
「ふざけんな――――っ!!!!」
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執筆頑張ります!
(山田人類)
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