第15話 襲撃とリーダー

 御者を含めた従者たちにはロシナから「なにがあっても走り続けるように」と伝えてもらった。みんな商人に見せかけているが実際は王城のなかで働く兵士だ。指令は素早く巡ったようだった。


 馬車の上に戻る。銀色の髪を風に輝かせ、フェルの目の焦点は遠くに結ばれていた。


「フェル、どうだ。間に合いそうか」


「もうやってる」


 フェルの手に小さな棒が握られている。魔術士が魔術を用いるときに使う触媒で、聖樹の枝から作ると聞いたことがある。その先端で、粘度のある銀色の光が揺れていた。


 よく見ればその光は馬車の列全体につながり、俺たちが立つ屋根の上もわずかに銀色に光っていた。


「『不可視』と『防護』」


 とフェルはいう。


「相手からはこっちを認識できなくなるし、何かあっても攻撃からは完全に守られる」


 やはり、と内心頷く。魔術の重ねがけができるだけでも上級の魔術師だが、その状態を維持し続けられるのは相当な修行が必要となる。フェルは平凡な魔術士ではない。


 もしくは、生まれながらの天才か……。


 改めてフェルの魔術師としてのクラスが気になったが、今はそれどころではない。頭から雑念を振り払う。


「隠しつつ守りを固める。シンプルだな」


「でも確実」


「首尾はどうですのー?」


 戸を開けて体を乗り出したジュジュが尋ねてくる。


「フェルがやってくれた。今この馬車は不可視の状態にあるそうだ」


「それは重畳ですわ。そこは危ないから早く中に入って……」


「フェル! 避けて!」


 その声が誰のものなのか、最初はわからなかった。はるか遠くから小石大の魔法石が飛翔し、フェルの額に衝突しーーそうになるのを、寸前のところでフェルは回避した。


 耳を塞ぎたくなるほどの爆発音。魔法石は街道に沿って植えられた樹木を破砕して消滅した。


 声をたどると、ジュジュの横から顔を出したロシナが外に視線を向けていた。


「ロシナさま。教えてくれてありがとう」


 魔法石の飛んできたほうから目を離さず、フェルが言う。


「いえ、無事でなによりです」


「さすがおねえさま! 天生の野生の勘が冴えてますわね!」


「そ、それって褒められているのでしょうか……?」


 複雑な表情を浮かべるロシナだった。


 狂剣士には身体能力の底上げをする『バーサーク』以外にも、五感以上の働きを有する『第六感』のユニークスキルが備わっていると聞く。SSSクラスともなればその力は凄まじいものだろう。


 おそらく、俺が『集中』の強化術を使うのと変わらないレベルのもののはずだ。


「しかし、どうして『不可視』の魔術をかけているのにフェルに正確な攻撃ができたんだ……? まだ向こうが目視できていない距離だぞ」


「フェル! あなたまた……!」


 考え込む俺に、ジュジュのことばが回答となった。


「自分に術をかけ忘れてますわよ!」


 俺は屋根から落ちそうになった。


「なっ……フェル!? そうなのか!?」


「ん。よく忘れる」


「なんだそれ!」


 たしかに疑問だった。『不可視』の魔術をかけたときに馬車の中にいた俺はともかく、馬車から身体を出しているフェルにはその効果はあるのだろうかと……この子、魔術の才は間違いなくあるが、変なところで抜けている。


 魔術のかけ直しを……と考えたが、そうはいかない。一瞬でも馬車の姿を見せてしまえば、その隙を見逃すような相手ではないだろう。


「ていうか、あなたの姿が見えているのなら馬車の大体の位置をわかってしまうのでは!?」


 同僚の真っ当な意見に、フェルは首を振って応えた。


「『不可視』は認識を阻害する。見えるとか見えないとかじゃなくて、そこにあることを考えられなくする。狙おうと思っても狙えない。『防護』もかけてるから、流れ弾に当たっても問題はない」


「つまり、敵からは今、フェルの姿だけが見えてるということですか?」


 ロシナの心配そうな問いかけに、フェルは頷く。


 おいおい、と俺は声が強くなる。


「それって、フェルが格好の的になるってことだろ!」


「それでいい」


「それでいいって……おまえまさか……」


「うん。わざと忘れた」


 あっけらかんと言い放ち、フェルは続ける。


「相手の手のうちを知りたい。お兄さんならそう言うと思った」


「……!」


 俺は絶句した。たしかに、ここでやり過ごしたところでまた追いかけてくるだろうし、王都まで逃げ切れるとは言いきれない。どこかでまた回避するにしても、そのぶんリスクを抱えながらの旅になる。


 相手の狙いも、手のうちも明確でない今、少しでも不確定な要素は減らしたい……しかし。


「ロシナ、何でもいいから盾を貸してくれ!」


 馬車の走行音に負けないよう、声を張る。


「なにか策があるのですか!」


 ロシナが引っ込み、壁にかけられていた盾を手渡してくれる。


「ああ、ふたりにも手伝って欲しい……いいか?」


「もちろんです!」


 ロシナは大きく頷いたが、脇から顔を出したジュジュは泣きそうな顔になっていた。


「お待ちになって! おねえさまにもしものことがあったら……!」


「大丈夫だ。俺を信じてくれ」


「……!」


 ジュジュはもっと不安そうな顔になった。


「それが心配ですのよ……あなたはすぐに……」


「ミレートさん……!」


 屋根に腹ばいになり手を伸ばすと、ロシナの心配そうな瞳が俺を捉えた。


「もし、あなたがご自分を犠牲にと考えているなら、私はあなたを止めなくてはいけません……!」


「大丈夫だ。大丈夫」


 俺はふたりの目を交互に見て断言する。


「みんなの力を貸してくれ。そうすれば必ず切り抜けられる」


 言いながら、胸の内にも暗い不安の渦が巻き始める。


 後衛が長かったから戦場をよく観察してきた。しかし、策士でもなければパーティのリーダーになって作戦を指示したことなんて一度もない。


 らしくないことをすると破滅する。そう自分に言い聞かせて、天職であるはずのヒーラーとしても平々凡々を装ってきた。


 それなのに……俺に出来るのだろうか?


 俺が失敗すればフェルが危険にさらされる。


 そのとき、俺は責任を負えるのか?


「……っ」


 盾を受け取る手が震えている。なんてザマだ。


「……わかりました」


 ロシナははっきりと言った。


「あなたをこの隊のリーダーとして信じ、私たちの命を預けます」


 ロシナとジュジュの視線が俺に注がれた。決して不安な表情を見せまいと、唇を固く結んでいるのがわかる。


 ふたりの視線が熱い。


 こんなにも、だれかに期待をされたのは初めてだった。


「……ありがとう」


 それなら俺は、期待に応えなければいけない。


 人として……このパーティのリーダーとして。


 俺は盾を強く握りしめた。


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(山田人類)


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