第19話 姫様といっしょ(鍛錬)

 魔術師連中の襲撃から一晩が明けた早朝、壁に背をもたれて眠っていた俺は、微妙な空気の変化で目が覚めた。


 まだ陽が姿を見せ始めたばかりだ。


 戸を開けて馬車から出てみると、湖畔の霧がかった景色の中、桟橋の上にぼんやりと黒い影が見えた。


 なにかを手にして振っている……しかし釣りではなさそうだ。


 念のため杖を持ってこよう、と馬車のなかに戻り、ああ、と膝を打った。


 いるはずのひとが、そこにいなかったのだ。


 湿原をゆっくりと横切り、霧の中の人物に声を掛けた。


 できるだけ間合いの外から。


「おはよう、ロシナ。早いな」


 風を裂く音。

 

 一本の剣が大きく振るわれ、あたりの霧を払った。


 急に開けた視界の中心には、髪を結った軽装のロシナが立っていた。


「あっ……ミレートさん。おはようございます!」


 ぺこりとお辞儀をされる。その額には汗の粒が浮かんでいた。


「剣の修練か?」


「ええ。いつでも剣を振るえるようにしておかないとと思いまして」


「付き合ってもいいか?」


「いいですけど……ミレートさん、剣の覚えがおありなんですね?」


「いいや、ぜんぜん」


 俺は護身用に持ってきた短剣を取り出すと、鞘を被せたまま握った。


「むしろ、教えてほしいんだ。どうすれば肉体を強くできるのか」


「回復術士なのに……?」


「ああ。自分の未熟さに気づいてな」


 俺の頭に去来したのは、先の魔術師との戦闘だった。


 戦いの中で、自分の課題を実感した。


 魔力はあっても、体力はない。なけなしの精神力でカバーしただけだ。


 次にもっと強い相手が現れたとき、今のステータスで同じように乗り切れるとは思えない。


 これは今まで自分の回復力に――天賦の才に頼ってきたツケだ。


 俺はもっと強くならないといけない。


 そのためにも、まずは……。


「鍛錬に付き合ってほしい。ギルドから追放された俺は、この先なにをするにしてもひとりだ。自分でなんでもできるようになっておかないと、いざというときに困るからな」


「……分かりました。私でよければ、お相手しましょう」


 ロシナは言いつつ構える。


 剣の先を俺に向け……。


「ミレートさん」


「ん?」


「――本気でいきます」


 皮膚の裂ける音がした。


 俺の頬に、刃がぴたりと触れている。


 最初の動きすら見ることが出来なかった。


「……ロシナ、すまなかった。俺はとても失礼なことを言った」


 直立不動のまま、ロシナを見る。


「これだけの剣士を前に、俺も強くなりたいなんて……おこがましすぎる。これほどの動きを身につけるまでどれだけの時間がかかったか、想像すらつかない。それを『なんでもできるように』なんて簡単に言ってしまった……本当にすまない」


「い、いえ! そんな……ちょっとやりすぎました……ごめんなさい」


「いや、本気を見せてもらえなきゃ意味がなかった。やっぱりきみは最高の剣士だ」


 頬に触れるが血は出ていなかった。皮膚の裂ける音と思ったのは、空気を裂く音だったらしい。


 高速の剣戟をみればわかる。気の遠くなる時間、剣を握ってきたのだろう。来る日も来る日も、血反吐を吐きながら。


 自分は騎士になるのだと信じて。


「たしかに、私の剣も体も、一朝一夕のものではありません」


 ロシナは胸に手を当てて言った。


「ですがミレートさん、いざというときのために肉体を作ることは大切です。私でよろしければ、お手伝いさせてください」


「ああ、ありがとう……」


「じゃあまずは、下半身から鍛えていきましょう」


「うん……うん?」


 展開の速さについていけず、聞き返してしまった。


「今からやるのか?」


「ええ!」


 ロシナは拳を握りしめ、頼りがいのある笑みを浮かべた。


「朝飯を食ってからでも……」


「いえ! 鍛錬に大事なのはタイミングです。鍛えようと思ったそのときがいちばんのはじめ時! さあ、まずはこの手頃な岩を持ってください。そのまま両足を開いて、腰を落としていきます」


「うぐっ」


 想像以上の重みが両腕にかかる。


「いきますよ! 私の真似をしてくださいね! いーち!」


「い、いーち……」


「体はまっすぐ! 前を向いてください! にー!」


「に、にー……!」


「笑顔大事です!」


 ロシナは鍛錬になると熱くなるのだと、初めて知った。


「ロ、ロシナ……もう無理……」


「ではもうワンセット行きましょう!」


「もう限界……」


「限界を超えなければ身体は鍛えられません!」


 筋肉を痛めつければ痛めつけるほど活力を失っていく俺と、なぜか瞳を輝かせていくロシナだった。


 こうして朝の時間は過ぎていった。




  *



 

「はぁ……ぜぇ……っ、あの、ロシナ……ロシっ……ナは……ハァ……『物語』と聴いて、なにをっ……おぇっ……思い、浮かべる……っうぇ――」


『筋肉を痛めつけたあとはよぶんなお肉がよく燃えますよ! さあ走りましょう!』と燃え上がるロシナと湖畔の周りを走ったあとのこと。


 湿原に横たわった俺は、呼吸を整えながら昨日のことを話した。


 魔術士の言う『物語』のことが気になったのおぇ。


「『物語』……もしかして、『星見たち』の語る『物語』でしょうか?」


 星見――占い師系のジョブの最高位だ。


 王城ではそれを何人も召し抱えているのだったか。


「ぜぇ、はぁ……前にその名前を聴いたのは……勇者の物語のとき……だったな……っ……」


「ええ。この旅の真の目的は、『星見たち』の預言した勇者を探すためでした」


『星見たち』の進言でロシナは勇者を探す旅に出たのだったが……結果は振るわず。旅先で魔獣を倒し、ついでに帰り道でかつての大ボスである灰狼を狩り、王都へ戻ることになったのだ。


「で、勇者はいなかったと。そもそも『物語』ってなんだ?」 


「彼らは星の動きから世界の運命を読み取りますが、そのときにもたらされる予言は少し曖昧な物で……『物語』の形となるのです」


 幼い頃によく母親が聞かせてくれた『かつてこの地にあったどこかの話……』という定型文で始まるお伽噺を思い出した。


「それがあの魔術士のいう『物語』と関係があるってことか」


「私の知る限りでの『物語』はそのくらいです。城に戻ったらジュジュに頼んで、『星見たち』の長に取り次いでもらいましょうか? もしかしたら新しい予言がきているかもしれません」

 

「ジュジュに? あの子は呪術士グループの所属だろう?」


 だいぶ呼吸が落ち着いてきて、ロシナの顔を見る余裕が出てきた。


 彼女は俺の横に膝をついてくれていた。呼吸ひとつ乱れていない。さすがだ。


「魔術士、呪術士、占い師などの術士たちで『術士連』として一応ひとつのグループになっているのです。そこからそれぞれの所属に別れますが、長たちの会合なども定期的にありますから顔なじみではあると思います」


「ジュジュのお祖父さんはたしか呪術士長だったか」


「ええ。『星見たち』との関わりもあるかと」


「なるほど……」


「それと、もうひとつ。都に戻りしだい、やるべきことがあります」


「やるべきこと?」


 ロシナは胸に手を当て、己の剣を体の前に据えた。騎士が自分の誇りにかけて約束するときの構えだった。


「ミレートさん。あなたのギルド追放の件についてですが……私の父に」


 剣の表に、ロシナの真剣な表情が映りこんだ。


「国王に、あなたのギルド追放の無効化をお願いしたいと考えています」













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ぜひぜひよろしくお願いします!


(山田人類)

 

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