第13話 『勇者』を探す旅
夜になり、俺たちは寝具を並べて横になった。
ロシナの隣にジュジュが寝ており、離れたところで俺とフェルが隣同士に寝ている。
フェルは「お兄さん。おやすみなさい」とつぶやくとすぅっと寝付いてしまった。
ジュジュもすぐに眠ったらしい。
明り取りのために空けている戸から差し込む月明りが、幼いふたりの寝顔を銀色に照らしていた。
「……」
もう獣も寝静まる頃だろうか。なかなか眠れない俺は、遠くから聴こえてくる梟の声に耳を傾けた。
そうしているうちに、うつらうつらとしていたらしい。
ふと目を開けると、
「……生きてますか」
「わっ――」
「し、しー……お静かに……」
目の前にロシナの顔があった。
唇の前に人差し指を立て、声をおさえるように示してくる。
「……ど、どうしたんだお姫様?」
「ロシナとお呼びください。その、昼間はジュジュとフェルがいるので……」
「えっと、ロシナ……日の高いうちには話せないことでも?」
「ええ。その……あれから、ふたりきりでお話をすることができていなかったので、もし起きているようでしたらお話をしたいなと思いまして」
どうせうまく寝付けないところだったから、断る理由もなかった。
俺とロシナは壁にもたれ、ひざに毛布をかけて並んで座った。
ちょうどジュジュとフェルを眺めるような形になり、話しながら、俺たちの視線は彼らに注がれていた。
「ロシナ……さっき、俺が『生きているか』って聴いたな」
「ええ……その、ごめんなさい。失礼なことばでした」
「もしかして、まだ気にしてるのか? あの森でのことを……」
「いまだに思いだすんです」
ロシナは俺と目を合そうとはしなかった。
「いまだに夢に見ます。あのとき、もしあなたがジュジュとあなたの回復術のおかげで生き返らなかったら……私は……ひとりの罪のないひとの命を、奪ってしまうことになりました」
ぎゅっと膝を抱え、ロシナは震える声で言った。
あれから、森のなかでの『狂剣士』としてのロシナがやったことについてはなかなか話す機会がなかった。俺なりにあの場で納得してもらおうとことばを尽くしたつもりだったが、それだけでは癒せない心の傷が彼女のなかにあるのだろう。
なら、話してもらうべきだ。
俺はそれを受け止めよう。
「怖いか、ロシナ」
ロシナは目を細め、頬を毛布にこすりつけた。
「怖い……はい。私は、怖かっただけなんです。いつか……この次の瞬間にも、『狂剣士』としての自分を制御しきれず、私の守るべき人を傷つけてしまうのではないかと……それが本当に、怖かったんです。ずっと、ずっと、昔から。生まれたときから――」
その目は幼いふたりに向けられている。
「そうか。それは……本当に、怖いな」
「……この旅の目的を、ジュジュやフェルからお聴きになりましたか?」
「えっと……『おてんばなお姫様に冒険ごっこをしてもらおう計画』のことか?」
唐突な話題の転換についていけず、
「それは表向きの理由です」
冗談を挟んだつもりだったが、首を横に振られて驚いた。
「表向きの理由? むしろ、表向きの理由は『魔物討伐の遠征』だろ?」
「それは建前で、本音が『冒険ごっこ計画』――そしてもうひとつ、真相があるんです」
「真相――?」
「この遠征は、勇者を探す旅だったんです」
「勇者……!?」
これまた唐突に飛び出したことばに、声がひっくり返った。
「勇者っていうのは、おとぎばなしや伝説に出てくる、あの勇者か?」
「ええ、そうです。昨年の暮れあたりでしょうか、王城お抱えの『星見』たちが皆一様にひとつの答えをだしたのです」
『星見』とは占い師系のジョブの最高位で、その名の通り星の動きやまたたきを見て未来を見る者のことだ。『星見たち』ということは、その最高位のジョブを幾人も抱えているわけか……さすが王族だ。
「種まきが終わり、平原に緑のみちる季節、この国の南に勇者出現の兆しあり――と。私はその者を訪ねるためにこの旅に出立したのです」
「見つかったのか?」
言ったあとで悔やんだ。ロシナの顔を見れば、結果が振るわなかったことはすぐにわかるはずなのに。
「……勇者が見つかれば、私はもう剣を持たなくてよかったのに」
「驚いた。ロシナは闘うのが好きなんだと思っていた。武勇に優れた猛者を宮中に呼び寄せては、なぎ倒していたんだろ?」
「ジュジュから聴いたんですね? もう、あの子はお喋りなのが玉に瑕です」
ロシナははにかむみたいに微笑み、またもとの表情に戻った。
「私はただ、自分が怖かったんです。この力が暴走してしまったら、どうしよう……大切な人を傷つけてしまったらどうしよう……そう恐怖するたびに『私は騎士だ』と言い聞かせてきました。だれかを守ることのために力を使い続ければ、私は本当に『騎士』でいれると思い……それはいつしか使命感になっていました。私はこの力を持たざる人のために使わなければいけない、と。そもそもが、ただただ、自分自身が怖かっただけなのに……」
「……なるほど」
彼女が戦いの道に生きようとしてきたのは、『騎士』であろうとしてきたからだったのだ。
そして彼女自身、いつしか自分を『騎士』であると思い込むことに成功していた。
しかし、この旅で彼女は気付いてしまった。
自分はいざとなれば化け物と変わりのない『狂剣士』であると。
「鎧を剥がせば、その下にいたのは一匹の獣でした」
膝を抱えるロシナの腕が震えていた。
「あの灰狼と同じです。血に飢えた化け物……誉れ高い騎士ではなく、血に溺れる狂犬なのです」
「……辛かっただろうな」
「……ミレートさん?」
「自分を否定し続けなければいけないのは、すごく、辛かっただろうな」
俺は戸の隙間から差し込む月明りに目を細めた。
「こう言うと失礼かもしれないけれど……わかるよ、ロシナ。その気持ちは痛いほどにわかるんだ。俺もSSSクラスのヒーラーに生まれてきたことを、神に呪いたくなったことがある」
「ミレートさんも……?」
「俺の回復術は力が強すぎて、ほかのヒーラーが扱うのと同じ術でも、桁違いの回復をさせてしまうんだ。しかし、力を制御した状態でパーティの回復をしていたら、いつのまにか『魔力をケチっている』なんて言われて……ついこの前、ギルドを追放されてしまったんだ」
「ギルドを追放……!? そ、そんなことになれば生活が……」
「そう、だからもう冒険者になることはあきらめたんだ」
言いながら、気持ちが淀んでいくのがわかる。
ずっと冒険者として生きてきて、このまま世の中のために生きていくんだと思っていたのに。
だれにも必要とされず、簡単に切り捨てられてしまったあの日。
ゴミをみるような、あいつらの眼。
思いだすとあの日の絶望が胸に湧き上がってきた。
でも――……。
「それでよかったと思ってる。いろんな出来事があって、こうしてロシナたちに出会えた。俺はこの大きすぎる力に振り回されてきたけど……きっと意味があることだったんだ。今は、そう思うよ」
「……私は……」
「怖いなら、もう剣を握らなくてもいいんじゃないかな。でも、きみが剣を握ってくれたおかげで、俺もジュジュも生きている。ありがとう。きみが信じられなくっても、何度もお礼を言うよ。そしてこれも、大事なことだから、言っておかないといけない」
ロシナの目が、初めて俺を捉えた。
「ジュジュ、きみの心は立派な『騎士』で――きみの力はこの国で最強の『狂剣士』なんだ。どっちかだけが本当なんてことはないんじゃないか。どっちもきみで、だからこそ、どっちも大事にしていいんじゃないかな」
「どっちも、私……」
「守りたいという心と、守るための力があったから、俺とジュジュを守れたんだ」
「私は……」
俺もロシナも、それからことばを紡ぐことはなかった。
ただ、ふたりで黙って、月明りを見つめていた。
気付けば俺もロシナも眠っており、目が覚めたとき、おたがいの体にもたれあっていた。
寝ぼけ眼をこすって目を開けると、ロシナもちょうど目覚めたところだった。
とろんとした目をうすく開いて、彼女は少しだけ、微笑んでいた。
「おはようございます、ミレートさん」
「ああ、おはよう。ロシナ」
きっと、彼女を苦しめる夢は見なかったのだろう。
それだけが、少し、救いだった。
寝坊助ふたりを揺り起こし、顔を洗うために外に出ると、まだ霧の立ち込める景色に長い長い鳥の声が駆け抜けていった。
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