姫の帰還

第12話 馬車と肌着とお姫様

「おーい、旅人さん! こっちも頼むよ!」


「はいはい」


 昼時、自分の乗せてもらっている馬車の点検と補修をしていると、ほかの御者からも声がかかった。


 行ってみると、馬に水を飲ませている若い男が、俺に話しかけてきた。


「助かるよ、どれもこれも年季の入ったおじいちゃんだからな。悪いところばっかりなんだ」


「車軸が歪んでるのか?」


「そうみたいだ。王都に戻れば修理ができるんだが、こんな平原のど真ん中じゃあ材料もなくてなぁ……」


「『修復』」


 杖を向け、車軸に魔力を注ぎ込む。


「これで大丈夫だ」


「おいおいもう直っちまったのか?」


「ほかにもあれば直すよ」


「いやぁ助かる。馬具とか、装備品もいけるのか?」


「もちろん」


 そこに、ずらりと並んだ馬車の後方から「おーい!」と声がかかる。


「包丁が欠けたんだけど、例の魔法を頼めるかい?」


 俺が手を振ると、向こうも手を振った。


「人気者だなあ、旅人さん。聞くところによると、大回復術士様なんだって?」


「大も様も余計だよ」


 汗ばんできた上着を脱ぎ、俺は苦笑する。


「タダで王都まで送ってもらえるんだから、このくらい働かないとね」


「あんた……良い奴だな!」


 若い男は肩を組んで笑った。


 料理人のところに行って包丁を直して馬車を出るとき、上等な肉をつかった料理を差し出された。


「食ってきな!」


「いやいや、飯まで出してもらって申し訳ないよ」

 

 と断ろうとしたが、料理人のおかみさん気質の女性はあっはっはと声高く笑った。


「いやいや、『大切な御客人だから大事にしてほしい』って、姫様たってのお願いだからね。馬みたいにそのへんの草を食えとは言えないさ」


「ロシ……姫様が?」


「なんたってあんた、ばかでかい狼を討伐して迷子になっていた姫様を、森から連れ出してきてくれたんだろ? 姫様は素晴らしい騎士だとは聴いているけれど、やっぱりお姫様だからね。この国の宝を守ってくれたあんたのことは、精いっぱいおもてなししないとね」


「……ありがたくいただくよ」


「ああ! 足りなかったら言うんだよ!」


 母親の手料理は別として、人生でいちばん美味しい料理だった。まさか馬車の上で味わうことになるとは……さすが王族を乗せたお召馬車だ。蓄えている食材も一級品だった。


「……でも、姫様はどうしちまったんだろうねえ」


「なにかあったのか?」


 口いっぱいにほうりこんだ料理を飲みこみ、尋ねる。


「あの森から出てきたときから、ちょっとばかし元気がないんだよね。怪我はなかったみたいだけど……」


 ぎくりとする。たしか、ジュジュが言っていた。

 

 姫様に傷一つでも付けば、ただではすまないと……。


 俺は唾といっしょに、こんがりと焼かれた兎肉を飲みこんだ。スパイシーな味がした。


「長旅で疲れているんじゃないかな」


「そうだといいんだけど。あのお方はね、本当に優しんだよ。あたしたちみたいな下っ端にも優しい声をかけてくれるし、この旅のなかでも心配りを忘れたことは一度たりともないんだ。『ちゃんと眠れていますか』『疲れはありませんか』ってね。どこぞの王国の王子に嫁入りなんてしないで、ずっとこの国にいてほしいもんだねえ」


「もうその予定があるのか?」


「あはは、ないない。あったらすぐに城中の噂になってるさ」


 料理の手を止めずに、料理人の女性は喋りつづける。


「でもまあ、ご結婚の前に、今は魔王のことが気になるところなんだろうね? あたしみたいなのはよくわからないけど、世の中が少しずつ変わり始めてるんだろ?」


「魔王の力が強まってきているっていう噂か?」


 俺がギルドを追放される直前に、そんな話で酒場が盛り上がっていた。

 

 この南部とは真反対にある北の国境付近で魔獣の発見報告が頻発しているとか、占い師たちの占いに凶兆しかでなくなったとか、王都で兵の徴収が始まっているとか……。


 ある者は猛り、ある者は怯え、ある者は金儲けの話……いつだって冒険者ギルドには人間模様が渦巻いている。


「そうなのかい? あたしはそういう政治はよくわからないんだよ」


 料理人の女性はだん、だん、と肉を包丁で切り分けた。


「ただ、かわいそうなのは姫様だよ」


「ロシナ……姫が?」


「ああ、そうだよ。今回の旅だって、姫様が王様に頼み込んだって聴いたよ。これから戦争が始まるかもしれないってときに、自分だけお城の中でのうのうと嫁入り前のお勉強ばかりしてはいられないって」


 なるほど。国王はそれを断りきれず、ジュジュやフェル、それにこれだけの数の馬車を引き連れて遠征に至ったというわけだ。


 そしてその途中で、ロシナは灰狼がいるという噂の『狼の森』の脇を通り、いてもたってもいられなくなりひとりで討伐に走ったのだろう。


 魔王と闘う騎士として――この国の姫として。


 いまだに狂剣士としての第一印象がぬぐえないが、心からこの国を愛し、国民を愛する、ひとりの心優しき姫様なのだ。


「頼りになるお姫様だな」


「ああ、そうだよ。みんな姫様が大好きさ。おかわりいるかい?」


「い、いや、もういいよ、残してしまいそうだから」


 すでに五つも皿を空けていた。どんどん次が来るものだから、断り切れなかった。


「そうかい? じゃああとでまた馬車に届けてもらうよ、楽しみにしときな! どの馬車だい?」


「あー、どこだったかな。また来るよ、ありがとう」


「こっちこそ、姫様をありがとね!」


 気風のいいおかみさんにお礼を述べて、馬車から出る。


 俺は中央の幌馬車に戻ると、中に入った。


「ただいまー」


「きゃ……!」


 と、甲高く短い声があがる。


 広々とした荷台の後方にはジュジュとフェルに付き添われてロシナが長椅子に座っており、そのロシナが両手で覆った顔を背けていた。


「な、なに?」


「『な、なに?』じゃありませんわ! 服を着なさいこの田舎猿! 姫の御前でしてよ!?」


 ジュジュも顔を真っ赤にして怒声を浴びせてきた。


「肌着を着てるんだが……」


「城内で、あろうことか姫様の前でそんな恰好をする奴はすぐさま吊るし首でしてよ!」 


「はいはい……あれ? 俺の上着がない」


「お兄さん。こっち」


 いつのまにか足元に来ていたフェルが、俺に上着を差し出してくる。腰に結んでいたはずだが、わざわざ取ってくれたのだろうか。


「ありがと、フェル。汗臭かっただろ、ごめんな」


 フェルは持ち前の無表情で首を振った。


「ん。いいにおいした。ごちそうさま」


 ……フェルくん?


 ちょっと口角のあがったフェルから恐る恐る上着を受け取って着込むと、ジュジュがぎしぎしと床板を軋ませながら近づいてきた。


「ミレートさんっ! あなたは海よりも深っっっっっっっっっかく寛容なロシナさまの御心でこのお召馬車に乗ることを許されているのでしてよ!? そのご自覚をもっていただけませんと困りますわ!?」


 俺は肩を竦めて嫌味たっぷりに返した。


「外で仕事してたんだから仕方ないだろ。馬車のなかで涼んでたおこちゃまは元気でいいよな」


「ジュジュ。お兄さんもこの通り反省してる。許すべき」

 

 フェルの加勢に、ジュジュは声を荒げた。


「どこのどいつが反省してるですって!? そしてだれがおこちゃまですって!?」


「お兄さんは悪くない。ぜんぶジュジュが悪い」


「あなたこの男に惚れこみすぎじゃなくって!? こんな田舎男のどこがよろしくって!?」


「顔が好み」


 ふん、と鼻息荒く腰に手をあてるフェルに、ジュジュはしどろもどろ応える。


「顔……は、まあ、悪くはありませんわ。悪くはありませんけど……」


「おいおいジュジュもフェルもそのへんに……」

 

「ミレートさんはお静かにしてくださいまし!」


「そうだよお兄さん。これは、どっちが今晩お兄さんの隣で寝るのか――添い寝権を賭けた壮絶なバトル」


「なんですのその珍妙な賭け事は!?」


「あ、あの、もうそちらを向いてもよろしいでしょうか……?」


 どたばたの中、顔を隠してひとり困惑するお姫様だった。







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執筆頑張ります!


(山田人類)


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