第11話 あなたのおかげで

『――ミレート、お前はクビだ!』


 ああ……なんだこれ。


『使えねえヒーラーのくせに魔力ケチりやがって。報酬!? そんなものねえよ! この俺様のパーティに置いてやってるだけでもありがたく思え!』


 ……いつかの記憶だ。


『ミレート、さっさと回復しろ! なに、もうやってる!? 痛みを感じないくらいに回復しろって言ってんだよ、そんなこともできねえのか!?』


 ……できないんだ、それは。

 きみの体が弱すぎるから……。

 

『ちょっと~美肌効果のある回復術とかないの~?』

『おいミレート! このグズ! 攻撃魔法のひとつでも使ったらどうだ!?』

『足手まといはいらないんですけどね……はぁ』


 ……そうか。


 俺は今まで、こんな扱いをふつうだと思ってきたんだな。


 どうしてもっとはやく、言わなかったんだろう。


 違う、と。


 ここは俺の居場所じゃない。


 俺は、俺を必要としているひとのところへ行きたい――……。


 でも、もう……体に力が――……。


 ――……。


 ……。


 …、


 。










「――――ミレートさんっ!!!!!」


 ぐっと胸元を貫く痛みがあり、俺は口の中にたまった涎をありったけ吐き出した。


 ばしゃばしゃ、と顔に水のあたる冷たい感覚が、薄布を隔てたように感じる。


 手で顔をぬぐい、ぷはぁっと息を吸う。


 真っ赤に焼け落ちていく空。


 影絵のように空に貼りつく木々の梢。


 俺を覗き込む、ジュジュの顔。


 どうやら俺は、年端も行かない女の子に膝枕をさせているらしい。


 憲兵がいたらなんかの罪で捕まりそうだ。


「ミレートさん、よかった……目がさめて……」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたジュジュをみて、安堵の波が押し寄せる。


「ジュジュ……無事だったんだな」


「よかった。目が覚めた」


 その横に、見知らぬ顔もあった。ジュジュと同い年くらいの三白眼の少年だ。ジュジュの金髪とは対照的な銀色の短い髪が帽子の下に見える。年ごろのせいもあるのだろうが、中性的な顔立ちで、ジュジュと衣装を交換すれば女の子として扱われそうな見た目をしていた。


「……かっこいい」


 ぼそりと呟く少年の頬が、赤く染まっている。

 きっと夕空の赤みが映っているだけだ。

 きっとそうに違いない。


「きみは……」


 とまどう俺に、ジュジュが彼を紹介してくれた。


「こちらはフェル。わたくしと同じくロシナさまの従者であり、魔術士ですわ。馬車で待機していたのですが、騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたんですわ」


「そっか。フェル、よろしく」


「うん、かっこいいお兄さん」


 ……なんか目の中にハートも見えるが気のせいだろう。


「……あ、そういえば」


 俺は自分の心臓に手を当てる。胸元には傷がない。


「ジュジュ、なにかした?」


 俺はジュジュを見上げる。

 

 ようやくお気づきになって? と言わんばかりに呆れ顔をされた。


「あなたの心臓に『操作』の呪術を使いましたわ。うまくいく自信はありませんでしたけど……あなたの死んだ心臓を、どうにか動かしつづけましたの。……なにか仰ることは?」


「ありがとう、天才美少女呪術士様。あなたは命の恩人だ」


「ふふ。よろしくってよ」


 涙をこぼしながら微笑むジュジュに、俺も笑いがこぼれてしまった。


「あ、あの――」


 そして――さっきから至近距離で攻防を繰り広げていた相手の顔が、視界に入ってくる。


 狂剣士、ロシナ・ガウラ。


 俺はとっさに身構えた。


「ジュジュ、逃げ――」


「……はあ」


 あたふたする俺のあたまをぽんぽんと撫でながら、少女は微笑んだ。


「心配してくださるのはうれしいですが、それ以上は王女への不敬にあたりましてよ?」


「え?」


「――ぅぅ……」


 ロシナは手を胸の前で合わせて尻込みし、目の端に涙をためてしまった。


 あと一押しでもすれば泣きそうだ。


「……ロシナ・ガウラです。このたびは、旅のお方に大変なご迷惑を……私、なんとお詫びをすればよいものか……」


「……ああ、いや、その」


 また戦闘が始まると身構えていた俺は、拍子抜けしてしまった。


 さっきまでの狂態はどこにもなく、おしとやかなお姫様としての姿しかそこにはなかった。


 と、そこでようやくロシナが満身創痍の体を引き摺っていることに気づいた。


「ロシナ……さま」


 ジュジュに「キッ」と睨まれて、あわてて『さま』を取ってつけた。


「こちらへ来ていただけますか」


「……え? は、はい」


 手の届くところに来てくれた姫様に、ヒーラーの杖を向ける。

 

 ……その前に。


「今、あなたには何が見えていますか」


 俺の急な問いかけに、ロシナはたじろいだ。


「……私が傷つけたひとが見えます」


 俺は首をふった。


「そうは思いません」


 赤髪の剣士は、はっと顔を上げた。


「体をボロボロにしながらも、自分の何倍もの体格差のある狼の王から、あなたは俺とジュジュを救ってくれました。あなたの目の前いるのは、あなたが満身創痍になりながら守ってくれたふたりです。礼を言わせてください。ありがとう、お姫様」


「――――!」


 目から涙があふれる前に、俺は回復術を詠唱する。


「『中回復』」


 スキル『バーサーク』により大きな損傷を受けた両手足を回復。

 これで歩いたりものを持ったりするのに困ることはないはずだ。


 それから――……。


「『修復』」


 を唱え、ボロボロの衣服や肌の汚れを落とし、


「『再生』」


 をかけ、肉体の治癒力を向上させる。


 顔や手足のこまかな傷が、目に見える速さで薄らいでいく。


 もっと大きな効果のある『大回復』をやってもよかったが、今の弱っている状態では負荷が大きすぎるだろう。もちろん、ふつうのクラスの回復士の『大回復』であれば問題はないのだが……。


「今のが『中回復』……『大回復』ではない……? 動かない手足が一瞬で治った……うん。このお兄さん、すごい」


 フェルが三白眼の瞳をわずかに見開いてぶつぶつ言う。

 

 ジュジュも驚きまじりに言った。


「す、すごいですわ……こんな速さで回復するなんて……」


「ジュジュもこっちにおいで」


 ジュジュの頭に手を伸ばし、全身に『修復』を施す。


 泥まみれの顔や衣服がきれいになっていく。


「あ、ありがとうございます……私のことは、お構いなく……」


「ジュジュ、顔赤い。照れてる」


「うっさいですわよフェル!」


 フェルに指摘されて顔を真っ赤にするジュジュだった。


「あ、あの!」


 かろうじてまっすぐに立つことのできるようになったロシナが、丁寧にお辞儀をした。


「本当に、申し訳ありませんでした……『あの状態』になってしまうと全く見境がつかなくなるとはいえ、魔獣の牙からジュジュを守ってくれた命の恩人に、私はなんと酷いことを……」


「いいよ」


「……え?」


「いいよって言ったんだよ、お姫様」


「で、でも……私は、この手であなたを殺めて……」


「そして、あなたの優秀な右腕である従者が命を繋ぎとめてくれて、今こうして生きてる。それならぜんぶかすり傷だよ」


「そ、そんな……でも、どうお詫びをすれば……」


 本当に、さっきまでの狂剣士としての姿が信じられないほどのおしとやかなお姫様だった。


「あ、じゃあ、お願いがあるんだけど」


「はい! なんでも仰ってください――」


「王都まであの馬車に載せてってくれないかな? いちど王都を観光してみたいと思ってたんだけど、遠くてね」


「え、ええ……そのくらいなら、もちろん」


 もっと大きな無理難題を押しつけられると覚悟していたのだろうか。ロシナはどこか納得のいっていない顔で頷いた。


「よかった。足に困っていたところだったんだ」


「こるぁー!!!!」


 真上からジュジュの怒号が飛んできた。


 膝枕をされながら怒られたのは初めてだった。


「さっきから黙って聴いていればなんですかその口調は!? もっと話し方に敬意をおこめなさい! この方はこの国の王女様でしてよ!?」


「うーん……あれだけやりあってるからなあ、なんか姫様って感じしないんだよな……」


「それでも礼儀を弁えるのがよろしくってよ!」


「ねえ」


 フェルが口を挟んだ。


「ジュジュ、そのへんにしたほうがいい。ジュジュだってロシナさまとふたりきりのときは、べたべた甘えて猫みたいにお腹をみせてる。ひとのことをとやかくいうのは変」


「なななななにをおっしゃいますのフェル!?」


「お兄さん。そんなツンツンツンツンツンツンツンツン呪術士よりも、デレ要素マックスのぼくに膝枕をされたほうが癒されると思う。そうすべき。こっちにおいで」


 無表情で俺に両手を差し伸べてくる美少年だった。


「だめですのー! ミレートさんはまだ体を動かしてはいけませんのー!」


「痛い。ジュジュ、頭を引っ張られると、痛い。首がもげる」


「お兄さん、こっち。気持ちよくする」


「フェルくん、だっけ? どうしてあごをひっぱるんだ。やめてくれ。意味が分からない」


「……ふふ」


 俺と、ジュジュ、フェルが、くすくすと笑う声をたどった。


「ふふ……ふふふ……ごめんなさい、私……」


 ロシナは泣きながら笑い、笑いながら泣き、やがて顔を手でおおって、その場にうずくまった。


「ごめんなさい……っく……ごめんなさい……っ」


 笑い声も、ことばも、やがてすべてが嗚咽に変わった。


「もう一度言うよ、ロシナ」


 俺は言った。


「俺たちを助けてくれてありがとう。きみは立派な剣士だよ」


「うぅ……うわあぁああああぁあああぁああっ――!」


 ロシナは俺の手を取ると、額をこすりつけて泣いた。


「――……ふぅ」


 さすがに力の入らない俺は、疲れ切って天を仰いだ。


 藍色に染まり始めた空に、きらびやかな星が浮かび始めていた。

 












「――敬語!」

「痛てっ」

「……かわいそうなお兄さん」

 ジュジュに頭をはたかれ、フェルに頭を撫でられた。

 




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(山田人類)





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