第10話 たったひとつのさえた死に方

「――ぐぅっ……!」


 さっきまで狼に振られていたはずの剣が、俺の腹を貫いていた。


「ジュジュから離れろっ!ジュジュから離れろっ!ジュジュから離れろっ――!」


 いつのまにか背後に回り込んだロシナが、俺に攻撃をしかけてきていたのだ。


 串刺しにされた俺は身動きも取れずに、その剣を掴む。


 が、すぐに引き抜かれ、その場に倒れ込む。


「が、はっ……」


 大きい血の管を痛めたのだろう。嘔吐するように血が腹からどしゃりと吐き出される。


 しかし、すぐに修復。『自動再生』の術式は適切に機能している。


 さしあたっての問題は――……。


「おねえさま、止まってください!」


「うわぁあぁぁぁぁっ!」


 ――この狂剣士を止める手段がないということだった。


 ジュジュの制止も聞かず、目を血走らせたロシナはとっくに限界を迎えたはずの腕を振るい、俺の首を落としに来た。


「あぶなっ――!」


 すんでのところで躱すが、次の一撃はよけきれず、腕で受け止める。


「――痛っ! おいロシナ! 止まれ!」


 一国の王女を呼び捨てにすることに若干の罪悪感をおぼえるが、そうも言ってはいられない。


「うぁあああああ!!」


 灰狼と肩をはれるほどの咆哮を上げ、めちゃくちゃな連撃を叩きこんでくる。ひとつひとつの太刀筋がまったく読めず、重い刀傷を全身に作ってしまう。


 いつのまにか薄暗さがまし、赤くなり始めた空に、俺の血しぶきが舞う。


「ミレートさんっ!」


「来るな、ジュジュ! 俺は大丈夫だ!」


 俺はできるだけジュジュから離れ、広い土地の真ん中へロシナを誘導した。


『自動再生』は問題なく機能しているから、一晩でもふた晩でもやりあうことができる。


 しかし、おそらくそのまえに――ロシナが死ぬだろう。さきほどの灰狼との戦闘ですでにいくつもの傷を受けている――それも、自分自身から。


 全身からの出血量を見るに、彼女の身体は死に片足を突っ込んでいるに違いない。


 ジュジュを敵から守る――その精神だけで動いているのだ。


「『拘束』!」


 ジュジュの悲鳴のような詠唱が響き渡った。

 ロシナの身体がほんのまばたき一回分だけぴたりと止まり、また動き出す。


「くそですわ……やはり……呪術はもう効きませんのね……」


「ジュジュ、無理をするな! いまのロシナには現実が見えていない! きみも敵だと思われたらおしまいだぞ!」


「ぐっ……」


 自身の力不足を嘆いてか、奥歯を噛みしめるジュジュだった。


 仕方がない。あれほどの狂剣士を元に戻す方法はひとつ――戦闘を終わらせること以外にはないのだ。


「――そうか……」


 俺はようやく気付いた。


 この戦闘を終わらせること――それは。


「ジュジュ、こっちを見るな!」


「えっ――」


 俺はじぶんの衣服の襟をつかむと、一気に引き裂いた。


 胸元があらわになる。


「ジュジュ、見るなっ!」


「――――えっ」


 呆然と目を見開くジュジュを一瞥し、目の前のロシナを見つめる。


「来い!」


 わざと大きく腕を広げ、そこにロシナを飛び込ませる。


「――やれ、ロシナ!」


「ぉおおおおおおぉおおお!!!!」


 獣であれば、本能的にそこを食いちぎろうとするだろう。


 狂剣士であれば、その大牙――剣でもって、そこを貫かんと欲するだろう。


「死ねぇええぇええええ!!」


「っ――――!」


 腕に針を刺される何万倍もの激痛が胸に走る。


「――ミレートさんっ!!」


 さっき俺の腹を貫いた剣が、こんどは俺の胸を――心臓を貫いた。


 この戦闘を終わらせるたったひとつの方法――それは。


 俺が死ぬことだった。






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執筆頑張ります!


(山田人類)


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