第8話 灰狼――落ちた狼の王

「――嘘って、どういうことだ?」


「そのままですわ。ロシナさまはSSSクラスの騎士ではないということです」


 俺はじぶんの眉がつながったんじゃないかと思った。


「つまり上級の騎士ってことか?」


「いいえ」


「じゃあ、中級?」


「いいえ」


「下級――!?」


 驚く俺にジュジュはまたしても首を振った。


「――いいえ。そこではありませんの」


「話が読めないな……いや待て。そこではないってのは、もしかして『SSSクラス』ってところは本当ってことか?」


「……仰る通りですわ」

 

 ジュジュはようやく頷いた。


「じゃあよかったじゃないか。SSSクラスなんて、どのジョブでも10000年にひとり――世界を救うために召喚されたようなレアクラスなんだ。王族だからって、SSSクラスがもらえるってわけじゃないだろ?」


 平民の俺がSSSクラスに生まれたのと同様、王族が下級スキルをもって生まれることだってある。生まれる家は選べないが、才能は個人に賦与される。それが現実のすばらしさだ。


「――SSSクラスであっても、まわりに喜ばれないジョブもあるのです」


「そんなジョブあるはずが――いや、あるな」


 俺はすぐに自分のことばを打ち消した。


「『遊び人』だ」


「ぅぐ」


 ジュジュが石をぶつけられたみたいにのけぞった。


「そんなわけがないでしょう!? 一国の姫様をなんだとお思いでして!?」


「じゃあ……」


 俺は冗談をやめることにした。


 そして、そのジョブの名前を口に出す――


「――それは……」


 ――しかし、その瞬間。


 それは現れた。


 森の奥から、静かに、足音を忍ばせて。殺気を殺して。


 だから俺たちは、そのバケモノがあと十歩ほどさきのところにいるのに、のうのうと話を続けてしまっていた。


 先に気づいたのは俺だった。


 顔を上げると、炭色の毛皮に覆われた巨大な狼がそこにいた。


 ――『灰狼』。別名、『落ちた狼王』。かつてはこの国全土を縄張りとする人食い狼の王だったらしいが、俺が生まれるよりも前にほかの魔獣の群れに敗北を喫し、この森に流れ着いたという。


 老いた今では目を病み、後ろ足の片方を引き摺り、その威光は失われている。


 しかし、老いても王は王だ。


 三匹の獲物を見すえる眼は赤い光を放ち、牙を剥く口の端からは大粒のあついよだれが滴り落ちる。


 あれは、強い。


 老いてもなお殺しを忘れない者の目だ。


 むしろ老王としての風格すら感じる。


 しょせんヒトなどに負けるわけがないと、毅然とした態度が語っている。


「ジュジュ――!!」


 俺が名前を呼んだのと、狼の鋭い牙がジュジュの前にさらけ出されたのは同時だった。


 ――あまりにも、速すぎる!


 しかし、彼女なら避けられるはずだった。仮にもSSSクラスなのだ。それだけのステータスは備わっているだろう。


 しかし、彼女の腕の中にはいま、お姫様が――少女の愛するおねえさまがいた。


 彼女は大切なひとを両手でぎゅっと抱きしめ、けっしてその場を動こうとはしなかった。


「逃げ――」


 ジュジュの姿は大きな顎の間にすっぽりと収まり、そのまま、がぶりと。


 ――喰われる、その直前、どうにか間に合った。


「ろ――っ!」


 どんっ。


 と後先考えずジュジュを横に突き飛ばしたが、ああ、しまった、とあとで悔やむことになる。


「ミレートさん――っ!」


 狼の顎が閉じ、牙が、俺の腹を、胸を、首を、貫くのがわかった。


 不思議と痛みはない。


 ただ、真っ赤に染まっていく視界のなかで、恐怖にそまるジュジュの表情だけが見えていた。


 ――ああ、しまった。


 ――またジュジュを泥だらけにしてしまった……あとでまた、怒られるんだろうな。


「――さま!」


 もう、耳も、うま く 聴こえ ない。

 いち

 度 にこれだ けの出 血をす

 れば、あた り

 まえ

 

 か――


「たすけて――!」


 ジュジュ

 いま の うちに

 に    げ  ……








「たすけて、おねえさま――!」









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