第3話 人生の終わりと旅の始まり
「ミレート! いいところにいてくれた!」
男らしい野太い声に振り返ると、鎧兜に身を包んだ筋骨隆々のおっさんがこちらに手を振って近づいてきた。
「ああ、エルマンダーのおっさん」
彼は《エルマンダー》とよばれる主に町と町のあいだの旅路を守護する警備隊の隊長だった。
「ガルマだ。おっさんはやめろよ、まだ30だぞ?」
「ごめんごめん」
「さっき、町の入口で馬車が横転してな。こういうとき、レアジョブのヒーラーが……ひいてはミレート大回復術師様がいれば良いのだがと困っていたところだ」
「大回復術師様……なんか、気持ち悪いぞ」
「がはは。まあ来てくれ、頼む」
「……ま、いっか」
ここでぼーっとしていても冒険者ギルドに戻れる訳でもない。有り余る力をひとのために使えるなら、俺はそれで満足だ。
「あそこだ」
ガルマについていくと、町の入口のところで、馬車が横転していた。馬は無事らしく御者といっしょに道の脇に大人しく立っていた。
あきらかに怪我をしているのは、ひっくりかえった馬車の脇にうずくまる少女だった。まだ5歳くらいだろうか。
「いたい……! いたいよぉ!」
「あぁ、ミラ……! なんてこと……!」
そばには母親らしい女性が寄り添っている。彼女の手は少女の右足首に添えられており、そこになんらかの負傷があることがみてとれた。
「……ミレート大回復術師殿?」
ガルマが腕ぐみをして俺を横目で見る。彼の背負った大剣も、こういったときには役に立たないらしい。
「大も殿も余計だよ」
俺は群衆から一歩進み出て、少女と母親に近づく。
「ちょっとごめんね」
「あ、あなたは……?」
うろたえる母親に人差し指を立てて、静かにしてもらう。目を閉じ、母親の手のひらのうえから、少女の患部に回復術をかける。
「あれ? 痛くない!」
「ほんとに……? ミラ、あなた大丈夫なの……?」
「うん! ぜんぜん痛くない! なんかね、すっごくげんき!」
少女は馬車のまわりを走り始めた。心配とよろこびのまざった母親を見届けて、俺は群衆のなかに戻る。
「礼を言うよ、ミレート」
「このくらいなんでもないよ」
「朝飯は食ったか? 」
「奢ってくれるのかな?」
「あ、あの! あなたが娘の折れた足を治してくださったんですよね!」
俺とガルマが立ち去ろうとしたとき、娘をつれたさきほどの母親に呼び止められた。
「ありがとうございます……! 痛みに泣く娘をみて、私なにもできず……あなたがいてくださって、本当に助かりました! なんてお礼をいえば……」
「あー……」
なんと言ったものか、こういうときいつもわからない。ヒーラーが仲間の治癒を行うのは当然だし、それはひとつの役割だという意識があるからだろう。
「ほら、あなたからもお礼を言って?」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
それでも、少女の笑顔は俺の心をじんわりと温めた。
「いいんだよ。馬車がひっくり返ってびっくりしたでしょ」
「猫がいたんだ!」
「猫?」
馬車を引いていた馬がとびだしてきた猫に驚いて転倒……ということだろうか。
しかし、そんなことがあるだろうか?
「お兄ちゃん、ばいばーい!」
手を振って母娘と別れ、ガルマと遅めの朝食を摂った。
「なに!? ギルドをクビになった!?」
「うん、そうなんだ」
俺はハムエッグを食べ終えると、コーヒーでおなかを整えながら事のいきさつを告げた。
「しかも、これ」
俺は手の甲に刻まれた痣を見せる。
「こいつは……呪術か?」
「そう。俺も自分にかけられて初めて見るけど、冒険者ギルドから許可を得た呪術師だけが、ギルドにとって不利益となる人物を『追放』するときに使う拘束呪術らしい」
「ふぅむ……悪いが俺は魔術や呪術の心得は皆無だ。それをどう扱うべきかもてんでわからん」
「べつに、呪術を解いてほしくて言ってるわけじゃないよ。ただそういうことがあったんだ」
ガルマは声をひそめる……といっても、もとが大きい声なので、たいして小さくはならないのだが。
「……なあ、冒険者ギルドはお前がSSSクラスのヒーラーだって知ってるんだろう? それなら、そっちに話を通せば話が早いんじゃないか?」
「俺がSSSクラスだって話してればね」
「話してないのか!?」
テーブルがひっくり返る勢いで手を突くものだから、俺はあわててコーヒーの入ったカップを持ち上げた。
「なぜだ!? お前ほどの力があって、どうして!?」
「生まれ故郷で鑑定してもらったときに、そうしたほうがいいって言われたんだ。大きすぎる力は、不利益をもたらすこともあるって」
「ふむ……まあ、わからんでもないが……それでは、これからどうする?」
「……どうしようかな」
俺は窓の外を流れていく白い雲を眺める。
「自由、かな」
「む?」
「これからは好きなように、人助けをしていきたい」
俺のあたまのなかに、さきほどの少女の笑顔が浮かび上がって来る。
――「お兄ちゃん、ありがとう!」
仕事のためではなく。
俺の好きなように。
俺が助けたいひとのために自由にこの力を使うのなら、新しい人生を歩けるかもしれない。
ガルマが別れ際に教えてくれた。
「そういえば、隣町につづく道に商人のキャラバンがテントを張っていたぞ。もしもギルドと関わりなく生きていくなら、馬車にでも乗せて連れて行ってもらったらどうだ?」
「ありがとうガルマ。また会おう」
「生きていたらな。大回復術士様っ」
勢いよく「がっはっは」と笑いながら、大剣を背負った警備隊長はにぎやかなひとごみのなかに消えていった。
そういえば、成人してからというものの、この町でクエストをこなしてばかりで、外の町に行ったことがなかったな。
どうせ自由な身の上だ。人助けをしながら首都のセビーリャにでも行って、目を楽しませてみようかな。
「そうと決まれば、出発だ!」
その日のうちに下宿先を引き払い、家財を金銭に替え、旅支度を整えた。
靴と袋を新しくして、革袋いっぱいに井戸水を詰め込むと、愛用の杖を手に町の門を出た。
「余生のつもりで、旅を楽しもうっと」
まさか、終わったはずの俺の人生が、この先でまた始まるとも知らずに……。
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