現代の魔術師、異世界へ

@cloudy2022

プロローグ:魔術師、異世界へ

「やっとだ……やっと準備が整った……!」


 暗闇が辺りを染める一室に、男のつぶやきが響く。

 身長180cmはありそうな長身の男は、医者のような裾の長い白衣を着ており、怪しい笑みを浮かべるその姿からはまるで偉大な実験を行おうとしているまっどサイエンティストを彷彿とさせる。


 そんな男が見つめる部屋の床には、室内全体に広がるように描かれた幾何学的な模様が張り巡らされており、その模様は一見すれば魔法陣のようにも見えた。

 先程、マッドサイエンティストと表現したが、床の模様も含めて考えると「魔法使い」、「魔術師」といった印象を受ける。


 そんな印象を持たれそうな風貌の怪しい男――「シュウジ・アリスガワ」だが……彼を見て思うであろう第一印象の通り、彼は一般人とは言い難い。


 ――なにせ、彼は本当の『魔術師』なのだから。


「この魔法が完成すれば、私は新たな発見ができる世界――『異世界』へと足を踏み入れることができる!!」


 『魔術師』……一般的には「魔法使い」の方が言い方としては使われやすいが、ここではあえて魔術師とさせてもらおう。

 現代では魔法使いなどの神話の中でしか存在しえないものは、暗黙の了解として「いないもの」とされている。

 だからこそ、そこにロマンを感じる者達は創作などでその存在を取り入れることが多い。


 ――しかし、それらの存在は人知れず現代にも存在していた。


 空を飛ぶ魔法、炎を吐くドラゴン、人々に加護を与える神……それらが当たり前のように存在していた時代から遺された「技術」や「神秘」を、普通に生きる者達に知られないように連綿と継承され、その力を以てよりよい未来を作ろうとしているのが『魔術師』なのである。


 だが、そんな魔術師とはまた違うのがこの「シュウジ・アリスガワ」という男なのだ。

 先程、シュウジは「異世界」へと行こうとしていることを口にしていた。


 『異世界』……あるかどうかも分からない別の世界のこと。

 こちらもまた昨今の創作などで多く使われるようになった要素であり、人々が夢見てやまない神秘的な世界があるだろうという未知の世界を指している。


 そんな空想の産物でしかない別世界へと、この男は行こうとしているのだ。

 傍目から見ればただの気狂い……だが彼を良く知る者からすれば「成し遂げてしまうかもしれない」と思うほど、彼の技術と知識は『神』の領域に入っていたのである。


 興奮に胸を高鳴らせるシュウジの目の前には、魔法陣の他にも『淡く光る水晶』、『動き続けるルービックキューブのような立方体』、『黄金色に輝く木の枝』……など様々な物が浮かんでおり、それを見つめるシュウジは思わず笑みを浮かべた。


「魔力伝導性の高い『竜の血』を用いての魔法陣構築に、純度の高い『ミラークリスタル』による魔力屈折現象を引き起こす! 使用する魔法は『空間魔法』! それにより屈折した空間魔法を『世界樹の枝』によって多次元領域に接続! そして構築されるであろう『ゲート』をかき集めた素材によって安定させる! できる……! できるぞ……! これが成功すれば……! ……い、いかんいかん……興奮のあまり手元が狂ってしまえば全てが水の泡だ……落ち着くんだ私……これはあくまで『始まり』に過ぎないんだぞ……」


 そう言いながら、シュウジは胸に手を当てて心を落ち着かせる。

 あまりにも興奮しすぎたせいなのかシュウジは肩で息をしつつ、用意した素材を魔法陣の上に置き、右腕を伸ばして言葉を紡ぎ始めた。


「――『接続コネクト起動オン』」


 瞬間、閉め切られた部屋全体に風が吹き荒れる。

 魔法の儀式が始まったのだ。


「――『接続コネクト確認チェック』――」


 彼が言葉を紡いでいくとともに用意された魔法陣と素材は光を増し、それが増していくにつれてシュウジ側にも変化が現れる。

 彼の腕には、まるで光り輝く葉脈のようなものが浮かび上がり、そこから光の粒子――『魔力』が溢れ出していく。


 しばらく滞留していた魔力は、次第に魔法陣へと吸い込まれて行き、その輝きの強さを引き上げていった。

 その輝きは魔法を知らない者達でも「これから何が起こるのか」が察せられるほどの圧力を放っており、その光景にシュウジは口角を上げる。


――突然だが、彼が何を思ってこれほどの現象を起こそうとしているのか、分かる者はいるだろうか?


 普通は分からないだろう。

 それどころか、彼を良く知る人物であってもごく一部を除けば「彼の行動は突拍子もなく、たとえ説明されたとしても理解はできない」と答えてしまうほどだ。


 そう言われるほどの男が何を思って行動しているのか……


(あぁ……! やはり新しいものを知るというのはいつだって素晴らしいな……!)


 そう、「未知知らないものを知りたい」。

 シュウジはそんな単純な欲求のままに動いているだけである。

 子供っぽく言うのであれば、知らない生き物と触れ合いたい、知らない人と出会いたい、知らない食事を口にしたい……分かりやすく、原始的な欲望だろう。

 そして、シュウジが抱いたのは……


「私は――! 異世界へと行きたいんだ――!」


――「知らない世界に行ってみたい」……ただそれだけであった。


 そうこうしている内に、魔法陣の輝きはもはや目を焼くほどの輝きになっている。

 もはや目も開けていられなくなるほどの光を前にしてなお、見逃さないと言わんばかりに大きく目を開き、光に飲まれていくシュウジ。


 「このままなら成功するだろう」……そう安心……いやしてしまった。



『――ミツケタ』

「っ!?」



 脳裏に突然響いた声と共に、彼の体は光の中へと引きずり込まれていったのである。

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