【実話】「新聞取ってくれません?」

 専門学校生の頃の話です。

 その頃私はダイエットにどハマリしていまして、長い人生の中で珍しく痩せていました。

 そして、痩せていた頃の私は幼稚園以来二度目のモテ期を迎えました。

 田舎でしたが、地域柄なのかナンパが物凄く多い場所で、当時は結構声を掛けられた覚えがございます。

 丸々と太った中年の今になって振り返ると、最早砂漠に浮かぶ蜃気楼の様な記憶です。


 さてさて、道を歩いている時に「姉ちゃん飲みに行こうぜー!」なんて言われても、もちろんサクッとお断りできるわけですが、ちょっと怖かったナンパがありました。


 きっかけは新聞の勧誘です。

 その頃は就職活動なんか視野に入ってきている時期で、「新聞とか、読んだ方が良いのかな?」と漠然と思っていました。

 そうしていましたら、ある日某新聞の営業さんが家にやって来ました。

 四十代くらいでしたでしょうか。細身で茶髪の男性でした。

「丁度取ろうと思ってたんです」

 渡りに船とはこの事だと思い、契約の話を進めました。

 営業の男性は、訛りの少ない私の言葉に違和感を覚えた様でした。

「お姉さん学生さん?可愛いねぇ、県外の人?」

「××県から来たんです。あそこの学校に通ってて」

「へえ、そうなの!俺も昔住んでて良く○○で遊んでたよ」

「あっそうなんですか、私実家○○市なんですよ」

「いやあ、可愛いなあ」

 何かなんの脈絡も無く可愛いななんて言われてましたが、相手はおじさんですし、私は十代の小娘ですから、まあ営業さんだしリップサービス的なものかなと思っていました。

 無事に契約も済みまして、新聞が届き始めます。

 集金は別のおじさんで、特に問題無く過ごしていました。


 新聞を取り始めてから、二ヶ月くらい経った頃です。


 ピンポーン


 夜、十時過ぎに玄関のチャイムが鳴りました。

 まさか宅急便が来る時間ではありませんし、友達だったら来る前にメールなりくれるはずです。

 ビックリしてどうしようかと思っていると、もう一度。


 ピンポーン


 私は恐る恐る、玄関に近づいて行きました。


 ピンポーン


 ロックがかかっているのを確認して、ドアは開けずに聞いてみます。

「あの、……どなたですか……?」

 ドア越しに、男性の声が聞こえてきました。

「あっ俺!あの新聞取ってもらった、○○の!」

 何だか嬉しそうです。

 夜の十時過ぎ、田舎故に外は真っ暗な時間です。

 何だか物凄く怖くなりました。この人の目的が何なのか、何となく察しがつきます。

「とりあえず開けてくれない?」

 いや、どう考えても無理では?

「あの、今パジャマなんで、無理です」

 どうしよう、どうしよう、このまま帰ってくれるだろうか。

「じゃあ待ってるから遊びに行かね?」

 遊びに行く、と言っても何せド田舎です。深夜に遊べる所なんてカラオケとドライブぐらいしかありません。

 当たり前ですが、殆ど知らない男の人の車に乗ったら、何をされるか分かったものではありません。

「ごめんなさい、無理です、ごめんなさい」

「えー、ちょっとだけでもさあ」

 多少押し問答しましたが、幸い諦めて帰ってくれました。

 布団に逃げ込んで、心底ほっとしました。


 数日後に集金のおじさんが来たので、「夜に営業さんが来たのだが、困る」という旨を相談しました。集金のおじさんも「信じられない」と言った風で、

「大変申し訳無い、俺の方からもキツく言っておくから」

 と仰ってくださいました。

 幸いその後は何も無く、営業さんはもう来ませんでした。


 しかしながら。

 子供の時はそこまで考えなかったのですが、「深夜に顧客の自宅を尋ねて来るような、非常識な人に自宅を知られている。しかもその人の会社に苦情として報告した」

 これは結構怖い事では無いでしょうか。

 たまたま逆恨みされたりもせず、平穏に暮らして居ましたが、もしも相手がもっと非常識で、人間的におかしい人であれば、何かしら報復を受けたかも知れません。


 何せ、相手は営業さん。

 契約時に私の個人情報を知っています。

 住所、電話番号、名前、学校。


 何事も無くて本当に良かったと、今更ながらに思うのです。



公式自主企画「怖そうで怖くない少し怖いカクヨム百物語」

に向けて書かせていただいたものを再録致しました。


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