第7話 「それで、式はいつにしようか?」
黒い穴をくぐった先は、目が眩むほどに豪華絢爛な部屋だった。
まるでツイーズミュア公爵家で見た広間のような。しかし壁紙やカーテンの色などが違うのでツイーズミュア公爵家ではないのだろう。未だ姫抱きされたまま、びっくりして辺りをきょろきょろ見回していると、ソファへそっと降ろされた。
「着いたよ、これからはここが君の家だ」
「着いたって、まさかここは……」
「そう、君が言う所の異世界。アズノール国だ」
「……!」
驚いた。まさか本当に、異世界へ戻ってこられるなんて。
「ティエル、あの……」
私が口を開こうとしたその時、ティエルがさっと私の前に跪いた。そして、まるで壊れ物に触れるかのように、優しく手を掬われる。
「君がこの世界に戻ってきてくれて本当に嬉しい」
優しい声とともに、ティエルは花が咲くように微笑んだ。私はびっくりして固まってしまう。
――やっぱりなんか変! 前会ったときと別人みたい。
私の戸惑いを察したのか、ティエルがくすりと鼻を鳴らす。
「俺の代わり様に驚いてるみたいだね。――君が居ない間、ずっと君の事を考えていた。レーナが突然去ってしまったのは、俺に引き留める力がなかったせいだと。……だから感情を表現する練習をたくさんした。難しかったけれど、今では笑顔も自然に作れるようになったよ。気に入ってくれたかな?」
そう語るティエルの瞳に光が無いのは気のせいでしょうか。
「私が元の世界へ帰ったのはティエルのせいじゃないよ。多分あれは、女神の力だと思う……でも、ごめんなさい、突然居なくなったりして」
「いいんだ、こうして戻ってきてくれたから……それで、式はいつにしようか?」
「…………ん?」
何て?
聞き間違いかとティエルの返事を待つが、彼はニコニコと嬉しそうにしているばかり。私は痺れを切らし聞き返した。
「し、式って?」
「君と俺の結婚式の事だよ。――君は、アズノール国王である俺の王妃となるんだ」
一瞬、時が止まる。
「はいいいい!?」
彼の言葉を聞き、私は思わずソファから立ち上がった。目を瞬せているティエル。だが驚きたいのはこちらのほうである。なぜ、アナタとワタシが結婚!? なぜ王妃!? いつの間に国王になったの!?
「どうして急に!?」
「レーナが好きだから。君の真っ直ぐな心が、優しさが、強さが。死にかけの俺に手を差し伸べてくれた、俺だけの天使……。俺はもうレーナなしでは生きてはいけない。だからお願い、俺と結婚して欲しい」
は、はわわ……。
あまりにも真っ直ぐすぎるティエルの告白に私は赤面してしまった。世界中どこを探しても、24歳限界OLに『俺だけの天使』なんて言葉をかけてくれる絶世のイケメンは存在しないだろう。
うっとりするようなティエルの口説き文句に思わず脳をとろけさしていたら、ふと我に返る。彼の妻になるということはすなわちこの国の母になるということだ。
そんなの私に務まるわけがない!
「ティエルの気持ちは嬉しいけれど、私に王妃なんて務まらないよ」
「それが理由?」
ティエルの声色が冷たい。
「そ、それにティエルは私にとっては旅の仲間であって……。そもそも恋人でもなんでもないのにいきなり結婚だなんて、色々段階すっとばしてません!?」
「だとしても君を手に入れるためならなんだってする。わざわざ国王になったのも、誰にも君との結婚に文句を言わせないためだ」
や、やべぇ……話しが通じないぞ。
「まずはお友達から始めましょう! ねっ?」
「寂しいことを言うね。共に魔王を倒した仲間じゃないか。それを言うなら『婚約』からだろう?」
「うっ……」
「違うかな?」
「は――」
はい、と返事をしかけそうになって我に返る。危ない危ない、このまま承諾しそうになっていた。これは商人が物を売るための常とう手段じゃないか。最初に莫大な金額を提示して置いて、その後で値段をさげて買わせるっていう、アレ。
婚約は物じゃないけど危うく騙されそうになった。
「まぁ、いい。……君がうんと言うまで待つことにしよう。幸い篭絡するための手段なら、いくつか思いついている」
なんですかその『篭絡するための手段』って。昏い笑顔が怖いんですけど。
「……っ」
「それじゃあレーナ。俺は仕事があるから、少しだけここで待っていてね? 何かあったらベルを鳴らして侍女を呼ぶように」
まるで幼子に言い聞かせるように優しい口調。
そう言うとティエルは立ち上がり、唯一ある扉の方へと歩いていく。呆気に取られて彼の背をぼうっと眺めていると、突然ティエルが扉の前で振り向いた。
「愛してる、レーナ」
――ひどく甘い声。
今度こそ驚いて言葉を失っていると、ティエルはひとつだけ微笑んで、とうとう部屋から去っていってしまった。
一人、この豪華な部屋に取り残される。静けさで耳が痛い。
「ど、どういうことなの……っ!?」
そしてそんな私の疑問に答えてくれる者は、誰一人として居ないのであった。
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