第6話 異世界の王子様が私を迎えに来ました

 異世界から日本へと戻り、一年の月日が経った。


 仕事を終え終電ギリギリの電車に乗り込んだ私は、大きなため息を吐く。電車の窓に映る私はひどくやつれていて、疲れ切った顔をしていた。


 それもそうである。ご存知の通り、私の勤め先は超絶ブラック企業なのだ。


 連勤はなんと今日で十一日目。そしてお分かりの通り、夜中まで働かされている。上司は絵に描いたようなパワハラ野郎で、私が仕事のミスをしてもしなくても常に怒鳴ってくるヤバイお方だ。

 恐らく仕事のイライラを私にぶつけてストレス解消しているのだろう。


 仕事を休むことも許されず、なかなか転職活動もはかどらない。そして泣く泣く深夜の電車に揺られているという訳である。


 ――こういう時、私は世の中でひとりぼっちなんじゃないか、という気持ちになる。


 考えれば考えるほど虚しくなって泣きそうになってしまう。はぁ、白馬に乗った王子様が迎えに来てくれないかなぁ。なんて考えてボーっとしていたら、電車の扉が開く音で我に返った。私は慌ててホームへと降りる。


 扉が閉まり電車が走り出していった。降りられてよかったと一息つき、そのまま、人々の流れに身を任せ階段へ向かおうとする。


 瞬間、背後から声がかかった。


「レーナ」


 ――低く、どこまでも甘やかな声。


 その懐かしい声に、周囲の喧騒が一気に遠のいていく感覚がした。

 ハッと目を見開き振り向くと、そこには――。


「ティエル……」


 目の覚めるような金髪に鮮やかな赤い瞳。

 神が施した彫刻のような、完璧に整った顔。


 相変わらずの美貌だが、以前の彼より少しやつれているようにも見える。しかし身に纏っている黒く重厚な外套が、彼の放つ威厳を損ねずにいた。


 外套の下には白を基調とした軍服。差し色として赤いサッシュを斜めがけにしている。まさに申し分ない貴公子といった風格だ。


 駅のホームに対しあまりに場違いな彼の姿に、周囲の人々がぎょっとして立ち止まった。若い女性なんかはスマホを手に写真まで撮り出す始末。


「えっ!? めっちゃイケメンなんだけど!? 誰、芸能人?」


「すごーい、何かのコスプレかな? 超クオリティ高い!」


 そんな声に私は我に返り、ティエルからふと視線を逸らした。


 な、なんで彼がここに? 異世界が恋しすぎて幻覚でも見ちゃってるのかな? でも周囲の様子から察するに幻覚じゃないっぽい……?


 もう一度恐る恐るティエルへ視線を戻せば、未だに私を見つめ続けている彼と目が合った。なぜかドキリと胸が高鳴る。


「……本当に、ティエルなの?」


「うん、そうだよ。レーナ、君を迎えに来た」


 ティエルがこちらへ優雅に手を差し伸べた。


「む、迎えに?」


 どういうこと!? 理解が追い付かなくて頭がぐるぐると混乱してしまう。私の困惑を察したティエルがくすりと鼻を鳴らした。


「……急に去った君に、恨み言の一つでも浴びせてやろうと思っていたけれど。不思議だね。いざ君を目の前にすると、恨む気持ちがぜんぶなくなってしまったよ」


 ――あれ、ティエルってこんなキャラだったっけ? 前はもっと、ツンと澄ましていて会話さえもしてくれなかったような……。


「俺と一緒にあの世界へ帰ろう。さぁ、この手を取って」


「ちょ、っと待って。いきなりそんなこと言われても何が何だか……」


 再び異世界へ戻れるというならば願っても居ない話。だがこんな駅のホームで衆目にさらされていれば、戸惑ってしまう気持ちもわかって欲しい。いかんせんあまりに突然すぎる。

 

 私が彼の手を取れずにいると、ティエルがきれいな額に眉を寄せた。そしてゆっくりとこちらへ歩み寄って来る。身長の高い彼が近づくと、まるで壁が迫って来るような威圧感があった。


「――ごめん、レーナ。俺はもう、君の居ない世界では生きられないんだ。だから君が望まなくても、あちらへ連れていかせてもらう」


「へ」


 ティエルはそう呟くといきなり私の腰元を掴んだ。そしてそのままぐっと彼の方へ抱き寄せられる。


「わわっ」


 焦っているとくつりと笑われた。恥ずかしさに頬が熱くなる。すると何を思ったか、ティエルはひょいと私を持ち上げた。――俗に言うお姫様抱っこである。サイズの合っていないヒールが片方、足から外れて床に落ちた。


「ティエル!」


 産まれてこのかた24年、お姫様抱っこなんてされたことがない私。

 公衆の面前でイケメンに抱き上げられて、恥ずかしくて死にそうなのですが! 責めるように彼の名を呼ぶとティエルは嬉しそうにはにかんだ。


「怒った顔も可愛いね」


「……なっ!?」


 全然効いてない。周囲は皆ぽかんと口を開けていた。ティエルへ一心にカメラを向けていた女性も同じく。そうこうしているうち、ティエルは私を抱きあげたまま歩き出した。


「帰還する」


 ティエルが呟く。

 すると駅のホームにどこからともなく黒い穴が出現した。恐らく魔法だろうが禍々しい見た目に身がのけ反る。しかしティエルは一切の躊躇もなくその穴へ足を踏み入れた。


「待っ――」


 そんな制止も虚しく、私とティエルはそのまま黒い穴へと吸い込まれてしまうのだった。



――――

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