第5話 やっと君を迎えに行ける

「……はぁ」


 マリエッタ嬢への詰問を終えた俺は、深くため息を吐いた。

 幸い、人気の少ない廊下なので聞くものは誰も居ないだろう。


 周囲がマリエッタ嬢を俺の『寵姫』だとはやし立てているのは承知だ。こうして毎日毎日マリエッタ嬢のもとへ通っているのだから当然ともいえる。――実際のところはまったく違うのだが。


 俺は、聖女レーナ・コーエンの、かすかな面影を感じるためだけにマリエッタ嬢のもとへ通っているのだ。


 自分でも馬鹿らしいとは思う。けれどレーナがこの世界を去る直前、彼女がどんな様子だったかを聞くだけで、わずかに心が満たされるのだ。――だが、この詰問ももう終わり。俺は歩きながら思わず独り言ちた。


「もうすぐだ、もうすぐだよレーナ。やっと君を迎えに行ける」


 レーナが去ってから一年。俺は何とかして彼女をこの世界に連れ戻すための方法を探していた。そしてついに、レーナを連れ戻す方法を見つけ出したのだ。


 通常、異世界から人を召喚するというのは神の御業である。なぜなら召喚術は人間に扱いきれないほどの、膨大な魔力量を必要とするからだ。

 しかしその魔力量の問題は、魔王を倒したときに手に入れた魔石が解決してくれた。


 魔石には大量の魔力が秘められており、不可能と思われていた召喚術を可能としたのだ。

 

 だが、少しでも座標がずれたらレーナではない違う人間を召喚してしまうかもしれない。魔力は有限だ、失敗は許されない。そのため俺はあることを考えついた。


 ――俺自身がレーナの世界へ行き、確実に彼女の手を取り、連れ戻せばいい。


 と。

 あちらの世界へ行く術式は整った。あとは術を発動させレーナを探し出すのみ。


「君に会えたら、何から話そうか……?」


 恨めしい気持ちと、愛おしい気持ちが心の中で混ざり合う。

 

 これはきっと許されない事なのだろう。しかし俺はもう、彼女が居なければ生きてはいけない。


「可哀そうなレーナ……俺なんかに愛されてしまったばかりに……」


 小さな呟きが廊下の床へと吸い込まれていく。

 わずかな罪悪感がちくりと胸を刺した。しかしすぐさまその感情を振り払う。そして俺は術式を発動させるため、急ぎ自室へと向かうのだった。

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