第4話 マリエッタは全てを手に入れたい
真っ白な薔薇が咲き乱れる薔薇園の東屋。
さすが王宮の薔薇園とあればその手入れは完璧。どの薔薇も見事に咲き香っている。それを目の端に入れつつ、私――マリエッタ・ツイーズミュア公爵令嬢は小さく欠伸をした。ランチを終えた昼下がりはひどく眠い。
「マリエッタ様、次は何をお読みしましょう」
目の前に腰かけている朗読係が恐る恐る口を開いた。怯えを含んだ瞳がうっとうしい。はぁとため息が出る。
「そうねぇ、詩歌にはもう飽きたわ。もういいから衣装係を呼んできなさい」
「か、かしこまりました」
テーブルに肘をつきながらそう命令すると、朗読係は焦りながら立ち去っていった。その背を眺めつつ、私はくすりと鼻を鳴らす。そして人差し指をくいくいと動かし、控えていた侍女を近くへ呼んだ。
「あの朗読係はクビ。王宮に居る家族ともども追い出して。少しでも逆らったら首を刎ねなさい」
「……は。しかしあの者には乳飲み子が……」
「貴方も路頭に迷いたいの? いいからさっさとおし」
「……お心のままに」
侍女が深々と礼をした。手をしっしと払いのけ侍女を元の場所へ追いやる。
道端の蟻と同然のヤツに乳飲み子が居ようがどうでもいいわ。
あー気持ちが良い! これよ、これが欲しかったの! 人の人生を顎一つで左右できる圧倒的な権力。
――私はツイーズミュア公爵家の末娘として生まれた。上には二人の姉がいて、それぞれ王子との婚約が決まっている。私も当然、王家に名を連ねるものだと思い込んでいた――なのに! 私に宛がわれたのは華やかな王都とはかけ離れた、田舎の辺境伯との縁談だった。それもぶよぶよと肥え太ったお父様位の歳の男に。
平たく言えば私はお父様に売られたのだ。辺境伯が所有している鉱山たったひとつのために。
「冗談じゃないわ」
私だって王家に迎え入れられたい。
煌びやかな王都で贅沢三昧したい。
皆に認められたい!
そんな八方塞がりな私の状況を救ったのは、ティエル第三王子の存在だった。
『呪われし子』である彼の存在はずっと秘匿されていたが、魔王を倒したことで王家の一員として正式に認められる運びとなったのだ。
――ティエル・レ・アズノール第三王子、いいじゃないの!
これだ! と思ったわ。それから私はお父様をなんとか説得し、邪魔な聖女も見事に排除してみせた。
勇者の赤い目は気持ち悪いけれど、あの辺境伯よりかはずっとマシ。
「ふふふ、私は今やこの国の王妃も同然よ。皆ひれ伏すが良いわ。そうよ、私が望めば手に入らないものなんてこの世にないの」
そうそう、私には最近気に入っている遊びがある。その名も『だれを不幸にしようかな
それに飽きたらたらふくお菓子を食べる。少しでもまずかったらコックはクビ。それにも飽きたら豪華なドレスを仕立てる。宝石をふんだんにあしらった、船一隻買えるほど豪華なドレスを。
これを最高の人生と言わずして何と言おうか。
陽光をたっぷりと浴びた薔薇が風に揺れている。あの薔薇は私。王宮の豊かな土壌で何不自由なく太陽の恩恵を受けている、特別な一輪――。
あふれ出る喜びに口の端を緩ませていると、突然侍女達が低く頭を下げ始めた。何事かと辺りを見渡すと、薔薇の垣根の間にある人影が見えた。
「――陛下!」
そう、ティエル・レ・アズノール第三王子は今やこの国アズノールの国王である。
聖女レーナが去った後ほどなくして、前国王は病に臥せ瞬く間に息を引き取った。当時、継承権は第一王子にあったが、ティエルが貴族たちを上手く丸め込み、みごとに王座を勝ち取ったのである。
私は急ぎ立ち上がると、彼に向かって
相変わらず無礼な男。しかし私は完璧な淑女なので、不快感をおくびにも出さない。それどころかニコリと笑って見せた。
「アズノールの輝ける太陽である陛下におかれましては――」
「挨拶はいい。さっさと始めろ」
「……はい」
はぁ、いつものやつね。
「あれは夕暮れ時でございました。自室へ戻るため廊下を歩いていると、美しい黒髪が目の端に映ったのです。お顔は見えませんでしたが、私はその方がすぐに聖女様だとわかりました。すると聖女様はふらりとわが邸宅のとある一室へと入られました。ご様子がおかしかったので心配になり部屋をのぞくと、そこには跪いた聖女様が――」
私の説明を黙って聞いていたティエルが、突然眉根を寄せる。
「待て、昨日は跪いたとは言っていなかったな。彼女がどんな状態だったのか正確に話せ」
「あ、ああ申し訳ございません。私の勘違いでございました。聖女様は部屋にたたずみ、女神様に祈りを捧げておられました。『私を元の世界へお返しください』と」
「……その聖女の願いを、慈悲深い女神が叶えて差し上げたというわけか」
「その通りでございます。辺りを眩い光が包みだしたその時、突然聖女様がこちらへ振り返りました。そして制止する間もなく、彼女はこの世界を去られたのでございます。その時の聖女様の表情は、憑き物が落ちたかのような、すっきりした表情を浮かべておられましたわ。まるでこの世界にまったく未練がないとでも言いたさそうに」
「……すっきりした、ね」
ティエルが笑うような、しかし怒ったような複雑な表情を浮かべた。そのまま彼は考え込んでしまい、その間に私は一呼吸を入れる。
本当に気味が悪い。
聖女レーナ・コーエンが元の世界に帰ってからというもの、毎日これだ。
ティエルは事情聴取と称しこうやって毎日やってきては、私に聖女の最後の様子を説明させる。
事情聴取にしては行き過ぎだ。何を考えているかは分からないが、いつまでも聖女に執着しているのだけは分かる。
――なんであんな卑しい異世界の女なんかを気にするの! 公爵令嬢である私の方がよっぽど貴方にふさわしいわ!
心の中で叫んだ。しかしとても口にはだせないので、悔しくて唇をかむ。
目の前には、物憂げに目を伏せるティエルの神がかった美貌。なぜ私のものにならないの。毎日足しげく私の下へ通う姿に、周囲は私を『陛下の寵姫』だともてはやす。
しかし実際のところは――。イライラしているとふいにティエルが口を開いた。
「もう十分だ」
「……っ。かしこまりました」
あまりの屈辱に顔が熱くなる。愛の一つでも囁いたらどうなの!? 叫び出しそうになるが、寸前のところで耐えた。
彼が立ち上がりこちらへ背を向け去っていく。その後姿を目に、私はゆっくりと口の端をあげた。
ふふふ、なーんてお可哀そうな勇者様。
貴方がそうやって執着している聖女様は、この私が永遠に! この世から消し去ってあげたのよ。もう二度と貴方の腕の中に聖女は飛び込んでこない。
貴方はいずれ私と一緒になるしかないの、それが決められた運命。
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