第17話 炊き出し

 翌日の朝食の席。

 私は食事をしながら、ヨハネに声をかける。


「お願いがあるの」

「危ないことでないなら、何でも叶える。言ってみてくれ」

「王都へ避難している人たちに希望を与えたい」

「分かった」

「何をするのか言ってもないんだけど……」

「言っただろ。危ないことでないなら何でも叶えるって。で、何をする?」

「昨日パーティーでしたことをするだけ。浄化の聖女が帰ってきたって街の人たち……スラムにいる人たちに伝えたい。それからしっかりと炊き出しがしたいの」

「炊き出しなら、王室がすでにやっているぞ」

「でも救援物資が必要な人にしっかり届くかは分からないの」


 ヨハネは理解できないというように眉を顰めた。


「中抜きよ」

「まさか」

「本当。教会にいた頃も王室による炊き出しが行われたけど、本当に微々たるものしかなかったわ。偶然だけど知っちゃったの。商人が担当の役人とグルになって、予算をかすめとっていたの。私たちのような貧しい人間には分からないだろう、不満があっても言えないことを知っていて……だから私たちがしっかり目を光らせ、本当に物資を必要とする人たちに届けたいの」

「すぐに準備を整えさせる」

「ありがとう。ヨハネ」



 早速、私たちは物資を乗せた荷馬車を動員して、スラムへ繰り出す。

 突然現れた騎士の一団と荷馬車の行列に、スラムの人々は慌てて身を隠し、物陰からチラチラと様子を窺う。

 これだけでここに住まう人たちが普段、どれほど緊張感のある生活を強いられているのかが分かった。

 命からがら王都へたどりついたとはいえ、彼らにとってここは決して安全な場所とは言えないのだ。


「――皆さんに食事と水、医療物資などを届けに来ました!」


 ヨハネの手を借りて馬から下りた私は、物陰に隠れる人たちに呼びかけたものの、ほとんど人は集まってこない。

 みんな、何かを警戒しているようだった。


「どうしたんだ?」


 様子のおかしさにヨハネも気づき、眉をひそめた。


「分かりませんが、何か事情があるんだと思います」


 私はさっきよりも声を張る。


「これは王室からの物資ではございません。これはシュローデル伯爵家からの物資です」


 と、一人のおじいさんが恐る恐るという風に近づいて来た。


「本当に王室からではないのですか?」

「はい」


 私は医療品などを示す。


「水もございますかな」

「たっぷりありますよ」


 私は用意した甕を示すが、おじいさんはぎょっとした。


「しかしそこにあるのは、全て腐敗した……」

「これを今から最高の飲み水に買えてみせるんです。私、聖女ですからっ」

「は、はい……?」


 おじいさんも反応に困った顔をする。

 たしかに、笑顔で自分が聖女ですなんて、我ながら胡散臭い。

 「コホン」と咳払いをすると、浄化の力を発揮する。

 私の体から発する清らかなきらめきに、おじいさんは目を瞠った。

 腐敗臭を立ち上らせていた淀んだ水が、みるみる清らかな水へと変わる。

 私は木製のカップで掬い、問題がないことを示すように飲んで見せた。


「ま、まさか……本当に聖女様!?」

「はい、浄化の聖女ユリアと申します」

「浄化の聖女様はしかし……」

「亡くなった、ですよね。でもこうしてピンピンしていて、元気です。きっと神様が困っているみなさんを救うようにと命を助けて下さったんだと思います。さあ、おじいさん。水はたっぷりあるので遠慮せず、お持ち下さい」

「ああ、ありがとうございます、聖女様! ――みんな、心配ないから出て来なさい!」


 おじいさんの呼びかけに、どんどん人が出てくる。

 それから私たちはカレー、野菜スープ、医療物資に飲み水を配る。

 物資を受け取る人々の顔には笑顔が溢れ、中には私たちに拝む人まで現れた。

 王室による配給物資が行き渡っていないことは明らかだ。

 特に誰もが水を必要としていた。

 騎士に淀んだ水をどんどん汲み上げてもらい、私はそれをジャンジャン浄化していく。

 浄化の力を見てもらうことで人々の心を勇気づけたいという目論見は、大成功。

 人々は少しずつ笑顔を取り戻していく。

 中抜きされていることはすぐに殿下に知らせよう。


「おじいさん、少しいいですか?」


 私はさっきのおじいさんに声をかけた。


「もちろんでございます」

「王室の配給物資は満足に行き渡っていないのですか?」

「ええ。物資を受け取るにはお金が必要だと言われて」

「一体誰がそんなことをっ」


 おじいさんは気まずそうな顔をすると、「このあたりを仕切っているマフィアです」と声をひそめた。


「マフィアが王家からの至急物資を配っていたんですか?」

「ええ……。おまけに虎の子のお金を払っても受け取ることのできる物資はかなり少なくて――」

「おい! てめえら! 何をやっていやがるっ!」


 威圧的な濁声が響きわたった。


「か、彼らです……」


 荒くれ者だと一目見て分かる男たちが五人ばかり、ナイフをチラつかせながら現れると、配給の行列に並んでいた人たちが怯え、逃げ出す。


「うぁああああん! ママぁ!」


 五歳くらいの女の子が逃げる途中、つまずいて泣き出す。


「ピーピーうるせえガキだ!」

「子どもになんてことを言うのよ!」


 私は子どもを抱き上げると、睨み付ける。


「なんだ、お前は。なかなかいい女じゃねえか。こんな肥だめにいないで、俺たちと一緒に遊ばねえかぁ?」

「黙れ、下衆野郎」


 ヨハネが剣を抜く。

 騎士たちも次々と剣を抜き、男たちを威嚇するように睨み付けた。


「へ……! こ、こりゃあ……えへへ、まさか、伯爵様がいらっしゃったとは……えっと、こちらは、あなた様が……?」


 チンピラは剣を向けられ、突然媚びるような目つきと気持ちの悪い猫撫で声を出した。


「そうだ。文句があるようだな」

「伯爵様とは知らなかったもので! 私どもに文句を言う資格はございません……あの、その……し、失礼します……!」

「ヨハネ、その人たちを逃がさないでっ」

「無論だ」


 尻尾を巻いて逃げようとする男の首根っこを掴み、地面に引き倒した。

 他の男たちも騎士たちによって取り押さえられていく。

 私はチンピラを見下ろす。


「あなたたちが王宮からの支援物資を金銭と引き替えに配っているようだけど、一体誰に頼まれたの? まさか王宮があなたたちのような犯罪者に頼むはずがないでしょうし」

「そ、それは……」


 土埃まみれになった男は気まずそうに目を反らす。


「こいつらは言葉の通じない連中だ。説得するより仲間の首を一人ずつ落としていけばいい。まずはお前からだな」


 ゾクッとするような冷ややかさで、ヨハネは吐き捨てた。


「ひいい! お、おやめください! 言います! 言いますから、命ばかりはお助けくださいぃぃぃぃぃぃ……!!」


 チンピラは半泣きになって助けを請う。

 しかしヨハネの無表情は変わらない。名工の手による彫像のような端正な顔立ちだからこそ、余計に無表情の迫力がすごい。

 あんな顔で見られたらきっと夢にまで見てしまうだろう。


「さっさと言え」

「クレブリー男爵様です……!!」

「……あいつか」

「誰なの?」

「マルケスの腰巾着だ」


 ここでもマルケス侯爵の企みがあったのね。

 困窮している人たちを食い物にするなんて、とんでもない人たちだわ。


「言ったんですから許して……」

「いいえ。あなたには役に立って貰うわっ」


 私がじっと見つめると、チンピラは顔を青くして震えた。

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