第13話 浄化任務①

 ヨハネは団員たちに招集命令を出すと、屋敷の前庭に騎士団員たちが集結する。

 改めて見ると、みんな強そうで、体格もいい。

 その人たちが揃いの鎧姿で馬にまたがる姿は壮観だった。

 そして騎士たちはチラチラと私のことを気にしている。

 自己紹介くらいしたほうがいいよね。


「皆さん。自己紹介がまだだったのでさせていただきますね。私は、ユリアと言います。十五年前に亡くなったと思われていた浄化の聖女です。今日は皆さんと一緒に同行させて頂くことになりました。よろしくお願いしますっ」


 頭を下げる。

 聖女という言葉に、騎士たちがざわつく。


「聖女ユリア様。こちらこそはじめまして」


 前に進み出てきたのは、焦げ茶のやや長めの髪を後ろで結わえた、糸目の男性。

 おっとりとした雰囲気をまとう。


「あなたは?」

「団長の副官を務めております、オイゲンと申します」

「オイゲンさん、よろしくお願いします」


 私が微笑むと、「お、俺はジローです!」「僕はリージェン!」と騎士の人たちが馬から降りて迫ってくる。

 みんな揃いも揃って百八十センチ近くあるから、急接近されると怖い。


「聖女様、団長に抱き上げられてましたよね!? お二人はどんな関係なんですか!?」

「俺、団長が笑ったところをはじめて見ました! 奇跡みたいでした!」


 口々に話しかけられ、どうしたらいいのか分からず圧倒されていると、


「お前ら、何をしているっ!」


 不意に私は腰に手を回され、抱き寄せられた。


「だ、団長!」

「下がれ! お前らごときが、ユリアに近づくなっ!」


 空気がビリビリと震えるほどの大声を、ヨハネは上げた。

 騎士が一斉に顔を青くするや怯えた小動物のように、ズザザザと引き下がる。

 そして騎士たちに見せたオーガのごとき表情を一変させ、柔らかく微笑みかけられた。


「馬鹿な連中が悪かった。怖かっただろ」

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

「そろそろ行くぞ」

「分かったわ」


 ヨハネは馬にまたがると、私の手を取り、一緒の馬に乗せてくれる。


「あいつらは馬鹿だから話しかける必要はない」

「そうはいかないよ。守ってもらうんだし……」

「お前を守るのは俺の務めだ。それを他の奴らに譲るつもりはない」


 ヨハネはどこか甘さを含みつつも、断固とした声で囁くと、「出発する!」と騎士たちに号令をかけ、先頭を進む。

 屋敷を出て大通りにさしかかると、大聖堂とそこに行列をなす大勢の人たちが見えた。


「こんな時だし、みんな少しでも何かに縋りたいのね」

「違う。あれはカトレアの治癒を望む行列だ」


 聖女カトレアという言葉に、胸が締め付けられるように苦しくなった。

 私に悪意の囁きをしてきた回復の聖女。


「……カトレア様も頑張っていらっしゃるのね」

「あいつが頑張ってるのは金稼ぎだ。大金や土地を捧げなければ、力を使おうとしない強欲な聖女だからな」

「え。でも聖女だよね……?」

「人のため、なんて言って進んで力を使おうとしてるお人好しはお前くらいなもんだ。それがお前の美徳でもあるとは思うが。今じゃカトレアとその後見役のマルケス侯爵は王家さえ無視できないくらい増長してる。国王の媚びへつらいぶりは異常で、見ていて滑稽だ」

「もう一人の聖女様……イリーナさんは?」

「最初のうちこそ、お得意の火の魔法で魔物どもを撃退してたが、いつまで経っても終わらない魔物の出現に怖いだの何だのと屋敷に引きこもるようになった挙げ句、夜逃げしたようだ。今ごろどこにいるんだかな」

「そんな……」


 私は言葉を失ってしまう。


「だからお前だって、聖女としての義務や責務を感じる必要なんてないんだ。お人好しがすぎる」

「確かにそうかもしれないけど、子どもだろうが大人なんだろうが、やれることがあるなら手伝う――教会ではずっとそうやって支え合って生きてきたから。でも……ヨハネが私のためにしてくれた忠告を無視して、怒らせたことは反省してる」

「怒ってない」

「うそ」


 思いっきり不満顔なのに今さら何でもないなんてさすがに無理があるよ。


「本当だ。どうしたらお前を守れるかを考えてたら、緊張して……」

「緊張……?」


 それはヨハネからは最も無縁な言葉のように思える。


「俺が緊張するのはおかしいか?」

「おかしいとは思わないけど……ヨハネはすごく強いし、自信満々で堂々としてるし、緊張なんてしない人だと」

「もう二度と、お前をあの時みたいに危険な目に遭わせないように守れなきゃ意味がない。ただの強さに意味はない」

「ヨハネ……」


 その時、「ヨハネ様ぁ!」という華やいだ声が聞こえた。


「ヨハネ様、がんばってきてくださぁい!」


 沿道に私よりも少し年上の女性たちが並んで、ヨハネに黄色い声援を送ってくる。


「魔物たちを倒してきてくださいねえ!」

「やっぱり格好いいわ」

「キャー! 目が合っちゃった!」


 女性たちの囁き声が聞こえてくる。

 すごい。あの女性たち、ヨハネのファンなのね。


「大人気ね」

「ただ煩わしいだけだ」

「またまたぁ~」

「本当だ。ユリア以外の女に興味はない」


 まっすぐ目を見られ、当然のことのように言われる。

 まただ。ヨハネは潤んだ眼差しでこうして私をじっと見つめてくることがある。

 そのたびに、落ち着かない気持ちになってしまう。

 そんな私を我に返らせたのは、「ねえ、あの女、誰?」と言う言葉。


「どうしてヨハネ様と同じ馬に乗ってるの?」

「あんな人、今までいなかったわよね。あの人も騎士?」

「目障りじゃない?」


 う。


 たしかに素敵な男性のそばにわけのわからない女性がいるのは不愉快だよね。

 でもこれには事情があるんです!

 別に恋人とかそういうんじゃないから許してください!

 私が俯き、心の中で弁解していると、「黙れ」とドスの利いたヨハネ声が聞こえた。


「え」


 顔を上げると、ヨハネが馬から飛び降り、女性たちのほうへ向かっていくところだった。


「目障りだと? お前らのほうがよっぽど、目障りなんだよ。汚らしい声で叫びやがって」

「ひい……!」


 何をしてるの!?

 睨み付けられた女性たちは顔を青ざめさせ、へなへなと腰砕けになっている。

 ヨハネは体を寄せ合い震える女性たちを、冷ややかに見下ろす。


「彼女は、お前らみたいなつまらない女どもが評していいような人じゃないんだよ!」


 騎士たちはもちろん、騎士団の活躍に声援を送っていた街の人々も、ヨハネの怒声に怯えきっている。


「ヨハネ! や、やめてっ!」


 私が精一杯叫べば、ヨハネが振り返る。

 ヨハネはもう何事もなかったように馬に跨がる。


「ヨハネ、なんであんなことを言ったの? みんな、よかれと思って……

「お前のことを目障りと言ったあばずれどものことを心配してやるのか?」


 あ、アバズレって……。


「謝ったほうが……」

「――馬を走らせる。黙ってないと舌を噛むぞっ」


 ヨハネは私の言葉を無視してまくしたてると、馬を駆けさせた。

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