3 自慢のシェアハウス

「わ、広い……!」


そう先に言ったのは宵町くんだ。


シェアハウスは多くて10人は過ごせる。

2階の個人部屋全部にベランダはついているし、3階は屋上なんだ。

ベランダや屋上からの眺めも良いし、日当たりも良い、自慢の家だ。


元々は私とお母さん、お父さん、それから叔母さん一家も住んでいたんだけど、叔母さん一家が引っ越ししたから私とお母さん、お父さんの3人で過ごしていた。

部屋がかなり余ったからシェアハウスにするのはどうかって提案されて、家はシェアハウスに、オーナーはお母さんになった。


シェアハウスの契約では入居者だけでなく、オーナーであるお母さんと私も一緒という条件付き。

今まで一緒に過ごしてきたシェアメイトは保育士や幼稚園の先生、教師などを目指す大学生がほとんどで、カフェのバイトもしてくださったからお互い助かったってお母さんは言っていた。


「先に荷物置いてからにしようか。どこの部屋にするか先に決める?」


2人ともスーツケースを持っている。


「そうだね」


答えてくれた宵町くんの横で有明くんもうなずく。


2階に上がって個人部屋を決めてもらうことにした。

2階には全部で5つの空き部屋がある。

私の部屋は1番入り口に近い部屋だ。


数分話し合って、2人は隣同士で、階段から一番離れている部屋に決まった。


そして、一階のキッチンやお風呂の使い方、就寝時間、それからお掃除当番も決めた。

シェアメイトがいない時はお母さんと私でやっていたけれど、ルールとして、自分の部屋は各自、お風呂掃除・トイレ掃除・ゴミ出しは全員で当番制。

忘れた人は1週間やってもらう。

これもお母さんが決めたルールだ。


一通り説明が終わって、リビングに向かっている時だった。


「説明はこれくらいかな。あ、そうだ、3階は屋上なんだけど、夜遅い時間帯は入ったらダメなんだ」


これだけは言っておかないといけない。


過去に事故とかがあったわけじゃないし、柵は高くて頑丈だけど、実は、屋上からはものすごく綺麗な星が見えるんだ。

というのも、このあたりは街灯が少ないからネット上では隠された星空スポットなんて呼ばれてる。

地元の自慢の1つなんだ。


ただ、昔シェアメイトの大学生が冬の時期に遅くまで屋上で星空を見ていたら、みんなインフルエンザにかかってしまったという大変なことが起きてしまったことがある。

私もうつってしまって、ものすごくしんどかった。

インフルエンザにはもうかかりたくない。


だから、屋上にいても良い時間は、春から秋は夜0時まで、冬は10時までと決まっている。


「了解」

「わかった」


2人ともわかってくれたみたい。

さっきまで無口だった北斗くんも返事してくれた。


リビングの時計を見ると、もうすぐ6時だ。

晩ご飯までまだ時間はある。


「あ、そうだっ」


「どうかしたの?」


「あ、えっと、今日は推しがテレビに出るんだ。良かったら一緒に見る?」


今日はStarryが音楽番組に出る日だ。

見逃し配信でも見れるけど、やっぱりテレビで見たい。


「そうだな、見てみようかな」


2人ともうなずいて、ソファに座った。


テレビをつけると、ちょうど始まったところだった。

Starryのタイムテーブルはたしか6時台のはず。


私が見る音楽番組は月曜と、金曜。

金曜にやってる番組の方が有名だけど、月曜にやってる番組の方が出てるアーティストの幅が広くて、真っ先に新曲を披露してくれるんだ。


「ちなみに、黒崎さんの推しって誰なの?」


テレビの画面から視線を離して宵町くんが聞く。

有明くんは真剣に画面を見ている。

あれ、知ってるアーティストが出てるのかな。


「Starryだよ。他にもいっぱい推しグループはいるけど、最近はStarryにハマってるんだ」


私の言葉に、宵町くんの大きな瞳がさらに大きく見開いた。

有明くんも画面から目を離して驚いたようにこちらを見る。


「……へ、へえ、そうなんだ……」


と、宵町くんは小さい声で言って、視線をテレビに戻した。

有明くんもしばらく私を見た後、すぐに視線をテレビに向けた。


今の、何だったんだろう。

宵町くんの声、固くなった気がしたけど、どうしたんだろう。


『—―2組目は今人気急上昇中の「Starry」のお二方です。披露してくれるのはデビュー曲の「星月夜」。それでは、どうぞ!』


不思議そうに2人を見ていると、司会にハッとしてテレビを見る。


画面が切り替わって、最初に歌うアップのセイくんが映される。

髪やまつ毛の影が顔に落ちていて何だか儚い。

そして、天使のように透き通った声で歌い始めた。



わっ、かっこいいっ……!!



サラサラの銀髪は相変わらず綺麗だ。

もしかして、ラメを少しふりかけているのかな?

まだステージは暗いけど、淡いライトに当たるとキラって輝くんだ。


それはツキくんも同じだった。

微かに耀く金髪をシースルー風センター分けにしていて大人っぽい。


お揃いの白パーカーに、セイくんは黒、ツキくんは紺のスキニーパンツを履いていて、スタイルの良さ・足の長さを強調していた。


サビになると、ステージは明るくなって2人の顔も見えやすくなった。

背景も星空をイメージした映像が流れていて、幻想的な雰囲気になっている。


……よく、アイドルって口パクだって叩かれる。

私はそんなこと絶対にないって思ってるけど、Starryはもっとそんなことないって信じてる。

だって、喉がちゃんと動いているから。

これが何よりの証拠だ。

もっと言えば、時々声が掠れたり、緊張で音が外れてしまう時がある。

新人アーティストだし、何ならまだ学生だもん。


最後の一節。

最初はセイくんだったけど、最後はツキくんだ。

声質が少し変わって、掠れた、でも切ない声でツキくんは歌い切った。


ああ、やっぱりこの曲好きだな。

アーティストを志した2人が葛藤しながらも歌い続ける。

目指すものが星のようにあまりにも遠い存在だから自分の弱さ・実力不足に気づいたり、時には星空を眺めて無邪気に笑ったり、本気で歌ったり。

YouTubeのMVにもそんなシーンがある。


「やっぱり、好きだな、Starry」


歌い終わった2人はさっきまで儚くてカッコ良かったのに一気に表情がホッとしていて、なんだか可愛い。


一緒に見ていた宵町くん、有明くんはなぜか鋭く、厳しい目でStarryを睨みつけるように見ていた。

その冷たい瞳に思わずゾクッとした。

……あ、あまり好きじゃなかったのかな。


なんだか申し訳なくなってしまって、私はソファから勢いよく立ち上がった。


「黒崎さん?」


宵町くんがびっくりしたように私を見た。

時差で有明くんもこちらを見た。


「え、えっと、夜ご飯の用意してくるね!」


「僕も手伝うよ」


宵町くんが立ち上がろうとする。

私は逃げるように離れて、


「大丈夫!一人でできるから!」


と言って、慌ててリビングを出た。


2人がどう思っていたのかは分からないけれど、不快にさせてしまったのかもしれない。

あの瞳は、どういう意味だったんだろう。

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