第56話

執務室内に緊張感が漂う中、アドルフォが手を上げる。

「すまないモニカ、入り口にカギを。それから、記録は機密扱いとする。全員宣誓と署名を頼む」

扉を開けて廊下の人気を確認してから閉め直し、カギをかける。そして記録簿には機密文書の印が押され、室内の全員がその機密を守ると宣誓し、署名をした。

「開発が始まればダンジョンの存在そのものは知られるものだが、何が重要かわかりませんからな。ひとまずこの場は機密とするよりないでしょう」

「仕方がありませんね。まさかここまでの話になるとは思いませんでしたよ」

建設組合長などは額の汗を拭いっぱなしだ。

全員の視線が再び薬瓶に集まる。

「まあわかってもらえたとは思うけれど、改めて言っておくよ。これはノッテの森で発見した、おそらくはダンジョンだと思われる場所から出たものだ。ロイス、鑑定のスクロールを頼む。そうはいっても地下1階だからね、それほどのものではないのだろうが、この瞬間はやはり楽しみだね」

背後に控えていた執事が鞄からスクロールを取り出す。

それを広げ、書かれた魔方陣の中央に薬瓶を置くと、周囲に書かれた文字がゆっくりと動き始める。

しばらくすると魔方陣がすぅっと溶けるように消え、その後には文章が現れていた。

「さて、何と書いてあるかな。ん?毒?毒なのか?こんな綺麗な瓶に入っていて?」

現れた文章にはこうあった。

ポーション・オブ・ポイズン。これは低級の持続毒である。これを飲み毒状態になっている間、毎秒1-4のランダムダメージを与える。効果時間は3秒間であるとあった。

「これは、3秒間ダメージを与える毒ということか?珍しいな。効果時間が3秒ってことはそれで切れるんだよな?」

「見つけたときに薬のようだがもしかしたら毒かもしれない、もしかしたらケガをしていて薬が欲しいかもしれない、なんていう話をしていたが、本当に毒だったのか」

「それは、嫌な状況を考えますね。でも未鑑定でこの見た目では薬だと思ってもおかしくはないですね。普通は鑑定のスクロールなんて持ち込みませんから」

「持ち込まないな。持って帰ってギルドで鑑定が普通の流れだ。それにしても地下1階でこんなものが見つかるのか。しかも宝箱ときた。かなり珍しいダンジョンだが、いいな、冒険者としては願ったりのダンジョンかもしれん」

ダンジョンといえばもっとも一般的な稼ぐ手段は魔石と素材だ。ただ、魔石を得るには魔物を倒す必要があり、素材も採取が可能なダンジョンは珍しく、大部分はやはり魔物を倒して得ることになる。

稼げるとは言っても危険を伴うということだ。

もう一つ、冒険者はたいがいロマンを求めているものだ。そこに宝箱という餌を投げればまず間違いなく引っかかる。


「あー、それはそれとして念のために確認なのですが、ダンジョンに入ったのはアーシア様が?」

貴族が未調査のダンジョンにほいほいと入ってもらっては困る。何かあってからでは遅いのだ。

そのために依頼を受けて調査探索を行う冒険者ギルドがあるのだから。

「すまない、私も入ったよ。というかだね、我が家の全員で行ってみたんだ」

「は、それはもしやお子様方も」

「うん、すまないね。ベルナルドとアーシアに先に確認はしてもらって、それから先導してもらってだね。地下1階の、入って少しだけではあるけれど。生まれて初めてのダンジョンだったからということもあるが、なかなか興味深い体験だったよ」

天を仰ぐとはこういうときに使うものだろう。顔を覆うか上を向くかしかできることがない。

貴族が一家総出で危険な場所へ出向くなど本来あってはならないことだ。

「勘弁してください、さすがに今こうして無事に話ができているから良いだろうとはなりませんよ」

「そうだね、その点に関しては言われるだろうと覚悟してきたよ。そしてさらに言われるだろうこととして、さすがにダンジョンでまったく危険が無かったという話ではないのだよ」

やはり、危険はあったのだ。当然ダンジョンには魔物が出る。1階相当であれば、そう危険な魔物ではないのだろうが、それでも初心者に被害が出ることはあるのだ。

「諫言は置いておきましょう。何がありましたか」

「魔物はスライムとラットを見た。スライムはベルナルドが軽く剣先で突いただけではじけて消えた。そして魔石を落とさなかったね」

「魔石を落とさない?ふむ、自然発生のスライムではそういう話があったか。数をこなしてみないとわからんな」

「ラットの方は試しにロランドが戦ってみたのだけれど、こちらは普通に魔石を持っていたから、スライムだけが特別かもしれないね」

出現する魔物に確定でスライムとラット。地下1階、最も浅い層としては倒しやすく無難な敵だと言える。

「それから、恐らくこちらが問題になるのだろうね、罠が2つあって両方ともベルナルドがかかってしまった。躓くものと木製の矢のようなものを撃たれるもので、ダメージは受けなかったけれど、かなり驚いたようだったね」

ダンジョンの地下1階から罠がある。

躓くという行動を阻害するタイプと、木の矢という状況次第ではダメージにもなるもの。それが地下1階という浅い層で、しかも入ってそう進まないうちにあるという。

通常、ダンジョンに罠はあったとしても少なく、多用はされないという印象がある。それが最初からとなれば、これは珍しいタイプのダンジョンだと言えるだろう。

「もう一つは扉だね。それもカギのないものと、あるものだ。ある方はアーシアが開けてくれたのだけれど、なんと言ったかな、ピンを押し上げると開くタイプだったかな。そのカギのかかっていた方に宝箱があってね、この薬瓶はそこから見つかった」

カギ、これもまた珍しい。しかも1階から、そして宝箱のある部屋に。

「これは、戦闘よりも探索を重視しろということか?ダンジョンの意図のようなものを感じるな。しかし罠にカギか、州内の冒険者はほぼ経験がないだろうな」

「やはり無いかな。ベルナルドがそれは見事に引っかかっていてね。アーシアも1階でこれでは先が思いやられるようなことを言っていたよ」

「そうですな、そもそもダンジョンに罠、カギという時点で珍しい気もしますが。冒険者に経験がないということは、我々州内の冒険者ギルドの職員も経験したことのあるものはほぼ居ないでしょう。ベネデット、おまえはあるか?」

「無いですね。国内のダンジョンだと、どこだったかな、確か罠があったダンジョンはありましたね。カギも、あったような‥‥」

「まあ副支部長ですらこの程度だ。俺だって経験したかといわれたらな、罠はいくつかあるが、そんなもんだ。詳しいわけじゃない。調査するのに本部に紹介してもらった方がいいかもしれんな」

「いいでしょうね。州内で募集をかけたところで罠、カギ開け経験者を募ったら誰も手を挙げられないでしょう」

調査依頼を出す冒険者はもちろん、今後ミルト支部で管理するとなれば公開後に探索に入る冒険者に罠やカギ開けの指導をしなければならない。

その指導をする人材ということになると、支部内どころか国内のどこにいるのかというレベルの話になる。

さらにはカギ開けの道具も足りない。ほぼ在庫を持っていないだろうことは想像に難くなく、大量に仕入れられる業者もまた本部に紹介してもらわなければならない。

「‥‥、ダンジョンの明るさはどうでしたか。真っ暗だとしたら罠と併せてかなり難易度が上がりそうですが」

「そうだね、うっすらと先が見えるといったところかな。松明かランタンは持って行った方がいいだろうね。スライムはともかく、私にはラットが良く見えなかった」

確実に難易度が高い。だが地下1階時点で宝箱があるのだとすれば確実に稼ぎは出る。

冒険者ギルドと商工業ギルド双方にとってうまみのある話だ。支部長同士、視線があって思わずにやりと笑みが浮かぶ。難易度が高い、上等じゃないか。それでこそ稼げるというものだ。

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