第55話
ミルトの町の冒険者ギルドは市街地の南西、商業集積地の中にある。
町は中央広場から四方へ走る街道によって四つの地区にわかれ、北東には教会の尖塔がそびえ、北西は町のシンボルでもある時計台を頂く州庁舎が中央広場に面して建つ。南東には居住区が広がり、南西には商業工業その他の施設、市場、商店街などが集まる。その南西地区の中に商工業ギルドとともに冒険者ギルドはあった。
リッカテッラ州内にはギルドの支部は2つ、北都ミルトと南都キノットにある。それ以外にも4つの町に出張所があるが、主な業務はこの2カ所で執り行われている。
そのミルトの町の冒険者ギルドでは朝の喧噪が過ぎ去り、職員も発行した依頼票のとりまとめや終わっていなかった会計の続き、依頼人や商工業ギルドへ届けなければならない荷物の運び出し、午後に行われる講習会の準備など、主には事務作業に費やす時間となっていた。
その日はリッカテッラ州知事兼セルバ家頭首ブルーノ・オッド・セルバから会談の申し入れがあり、冒険者ギルドのミルト支部長を務めるアドルフォはそれなりに身ぎれいな恰好をして執務室で待機していた。
男爵当人からの申し入れということ、そしておおよそ何かしらの大きな仕事になりそうな気配に支部長だけでなく、副支部長も待機。さらにはなぜか商工業ギルドの支部長と、建設組合の組合長までが居た。
「そっちもブルーノ様から話があったのだろう?」
しかめ面に頬杖をついたアドルフォが客としてソファに座り茶をすする商工業ギルド支部長のノルベルトに話を振る。
「そうだよ。どうもまとめて聞いた方がよさそうな感じだったからね、同席させてもらうことにしたのさ」
「あれだろ?セラータでなんかやっている」
「うむ、セルバ家の方で盛んに出入りしていたようだけれど、あの辺りの測量をするということで細かい日程が決まってね、その報告をしてきたところだったんだ。建設組合長にも来てもらったのは建物を作るにしても、どの程度を想定しているのか確認しておきたかったからだね。最近はミルトでは大物が無かったからね、資材や人手の問題があるんだ」
入ってきていた情報と違いは無い。
それまで長い間放置状態にあったセラータで、最近になって領主でもあるセルバ家が何やらやっているという話は街道を通る商人や冒険者らから入ってきている。
「とはいえ新しく開発するにしてもあの辺てのは中途半端だよな」
「それほど広い農地が確保できるわけでもありませんし、住宅地にするにはすでにある町との関係がありますからね、人を集めるには確かに中途半端です」
ミルトのあるテッラ地区の北に接するセラータ地区、その中心都市になるティベリス。王都からの中央街道がミルトからティベリスへ続いているが、今回セルバ家が測量を依頼したのはその途中、ミルトからティベリスへ行くのならもっと進める、ティベリスからミルトへ行くのなら、ここまで来たらミルトまで行ってしまった方が良い、という距離。今まで宿場すらできなかった場所で何をしようというのか。
「測量をする以上は開発をしたいのでしょうが、用途がはっきりしません。それに開発するにしても、なぜ冒険者ギルドに話を持ってくるのでしょうね」
「さあな。ノッテの森に手を出したいってことくらいしか思いつかん」
「切り開いて農地を増やす、それこそ今更ですよね。収量に問題はありませんし、これ以上の開拓の必要性は感じません」
結局、なぜ今更セラータ地区の、ノッテの森周辺を開発しようとするのか、その理由が見えてこない。
会話が途切れ、茶をすする音やため息ばかりが聞こえる執務室のドアをノックする音が響く。
返事に対してドアが開き、待機していた事務員がセルバ家の頭首の来訪を告げる。そして全員が立ち上がったところで室内へと招き入れた。
「やあ、待たせたかな、すまないね。セルバ家のブルーノだ、今日はよろしく頼むよ」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。冒険者ギルド、ミルト支部長のアドルフォと申します。こちらは副支部長のベネデット。それから、」
「いつもお世話になっております、商工業ギルドのノルベルトです。本日は建設組合から組合長にも同席をお願いしております」
互いに挨拶を交わす。初対面というわけではないが、必要なことだ。
「ただいま案内しました事務員が記録係として同席します」
「ああ、こちらもロイスが同席するからね。まあ察しているとは思うけれど、ノッテの森の周辺のことになるね」
当然の流れ。ここにいる全員どころかミルトの町でも、それ以外の町でもよく聞かれる話ではある。
セルバ家の長女が教会の宣誓式でスキルを得られず、そのままノッテの森の別荘へ引きこもっているという話。
それを契機にセルバ家の馬車が毎日のように本家の邸宅と森の別荘とを行き来しているという話。
そしてセルバ家が商工業ギルドにノッテの森周辺の測量を依頼したという話。すべてが今日の会議に繋がるのだろう。
「先に言っておくと、先ほどノッテの森とその周辺の土地をセルバ家所有のものとして取得申請してきたよ。範囲が確定するのは測量が終わってからになるけれどね、これであの辺りでの勝手な開発はできなくなった」
先手を打ってきたということで、それは先手を打ちたかったということでもある。
「お嬢さんがあちらにいらっしゃるのですよね。冒険者ギルドに話ということは森の調査になりますか」
「いや、娘だけでなくて今はアーシア、妹もいるからね。まあ森にウルフやゴブリンや、あと何だったか、魔物はそれなりにいるという話はしていたね」
ゴブリンが出るとなると冒険者ギルドとしては少し話が異なってくる。人にとって害をなすゴブリンを減らすためにも初心者の狩り場として使いたい場所になるということだ。
「ゴブリンですか、そうなると依頼を出して調査と討伐を検討したいところなのですが」
「ああ、いや。そのゴブリンはたいした数ではなくてね、アーシアが倒してしまったと言っていたよ」
「さすがですな。Cランクでしたか、早めの引退でしたし、今も続けていればBにはなっていたでしょうね」
セルバ家のベルナルド、アーシアの兄妹は冒険者としても充分な実力があり、貴族ということもあってかなりの知名度を誇った。そのアーシア当人が見回っているのであれば森の調査という線は消える。
「ここまでの話は前振りというものだね。森そのものの話ではないが、森も関わる話ではある。それでは本題に入ろうか。商工業ギルドの支部長に同席してもらえるのは良い提案だったね。さて、まずはこれを見てほしい」
言うと、背後に控えていた執事から布にくるんだものを受け取り、テーブルの上へ。
にこにこと機嫌の良さそうな、いつもの人の良さそうな笑顔を見せている。
布をほどき、中のものをテーブルに置いた。
「これは、薬瓶ですかな?色は薄紫色、というとぱっと思いつくのは解毒薬ですか」
「ふむ、良い瓶ですね。ガラスの精度が高い。この瓶だけでも需要がありそうですが、どこの工房でしょう。少なくともミルトではないと思いますが」
形としては四角柱、角は丸みを持ち、足下は少し細く、口部分では丸い筒状になり、球形の栓もまたガラスでできている。
透明に透き通り、気泡も無い。
薬ではなく化粧水でも入れて売れば、高所得層に高値で売れるものになるだろう。そしてここまで完成度の高いガラス瓶を作る業者は少なくともミルトには無かった、そして恐らく州内にも無いだろう。
「これはね、ノッテの森で見つかったものだよ。ノッテの森の地下、正確には地下1階で見つかったものだ」
全員の視線が薬瓶に集まる。
地下1階という表現が想像させるものは一つ、あるにはあった。
「地下1階と言ったけれどね、もっと正確に言うと地下1階で発見した箱、こういう表現で合っているかどうかはわからないけれど、宝箱から見つかったものだね。皆は薬瓶というけれど、実はまだ未鑑定でね、中身はわかっていないんだ」
決まりだ。
地下1階の宝箱、そんなものが見つかる場所は一つしかない。今までリッカテッラ州には無いと思われていたものが見つかったのだ。そう、ノッテの森に、ダンジョンが見つかったということだ。
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