第57話

おおよその事情はわかった。次は何をどう進めるかだ。

ダンジョンの発見はギルドへの報告が義務づけられ、ギルドには調査を行った上で国に報告する義務がある。

行政への報告という意味ではギルドが調査を行う段階でその土地を管理する町か州に連絡をすることになるが、それはあくまでも作業上の都合であって義務ではない。

さらに調査が終わるまで国に報告する必要も特にない。

一般向けの公表についても規定はなく、ただ冒険者をダンジョンに送り込むに当たって周知される程度のものだ。

そして現状、すでに発見者からギルドへの報告はなされたと言える。

州知事が承知しているのだから行政への連絡も済んだも同然。そして土地の地権者は目の前にいる。

この場で決めることの問題点は特に見当たらなかった。

細かい規定が無いのはそもそもダンジョンが発見されるという状況自体がまれであって、規定が整備されないまま今まで来てしまったという事情があるからだ。

今後はわからない。だが現時点ではこちらにとって都合が良かった。


「それでは今後のことを話し合うとしますか。私は以前の赴任地で運営にも携わったことがありますが、ベネデットはどうだ?冒険者としては入ったことがあったよな。運営の方は無いか」

アドルフォが副支部長に向かって声を欠けると返事の代わりに首を振られる。さらに商工業ギルドの2人に視線を送ると、2人もやはり首を横に振った。

この場で運営の経験があるのは自分だけ、いやもう1人いた。

「モニカ、王都の本部にいたときにやったことがなかったか。俺の時にそうじゃなかったかな」

「はい。本部の事務にいたときですね。アウロラ州の、ラクリマダンジョン。応援の依頼が来て出張しました」

「よっし、ついでだ、このままダンジョン専任で頼む。恐らく出張所を作ることになるだろうからな、そこを任せる。配置する人員を見繕っておいてくれ」

これで冒険者ギルドが手を付ける準備ができる。

そうなるとまずはダンジョンの範囲の確定、入り口の確保、仮設での出張所の建設ということになる。

商工業ギルドのノルベルト支部長と、隣りに座る建設組合長との間でメモが交わされる。

ノルベルトはそれをテーブルに置き指し示した。

「確認しました。ダンジョンはノッテの森ということでしたので、その周辺の木を伐採して木材として流用することもできますからね、現在の資材在庫で恐らく足りるだろうと。周りを囲って、出張所を建てて、あとは何が必要でしょう」

「事務室、冒険者の待機所、倉庫、宿舎もいるか、出張所に全部突っ込んだ方が楽だよな。そうすると出張所の裏から出て、道を通ってダンジョンへ。その間はすべて柵で囲うことになるだろうが、いけるか?大丈夫か。ではそこまでだな。そこまで作ってしまえば何とかなる」

ひとまずは何とかなるだろう。

正規の出張所、宿屋、食堂、商店、馬車留めに放牧地、従業員の宿舎、そういったものはダンジョンが正式に解放されるまでに順次作っていけばいい。今必要なものは当面の設備だけだ。

建設組合長が難しい顔をしてしきりに手に持った紙に線を引いているのはその段階まで想定して考えているせいもあるだろう。

ほかにも商工業ギルドには調査に必要な道具などの手配も依頼しなければならない。松明、ランタン、保存食、回復薬。聞く限りではカギ開けの道具なども必要になるだろう。冒険者ギルドの在庫だけで対応するには心許ないし、いずれ公開後には大量に必要になるのだ。今から発注をかけておいて問題はない。

今後の流れとしては現地の確認、測量が始まるということだったので、その段階で出張所の建設予定地も見てもらい、ダンジョン周辺と街道につなげるための道の伐採と整地、柵の建設。

「ブルーノ様、現地の視察を行いたいのですがご都合は」

「いつでも大丈夫だよ。私はこの後別荘まで行くのだけれど、何だったら君たちもこれから行くかい?」

「よろしいのですか?他の皆はどうだ?まだ時間は大丈夫か?」

建設組合長はこのあと測量のための準備と、資材や人員の確認のために戻ることになり、その他の全員が視察に同行することとなった。

ブルーノは自分の馬車で先行、アドルフォたちは他の者への情報漏洩を避けるためにアドルフォ自身が御者を務め、ベネデット、ノルベルト、モニカが馬車に同乗した。

2台の馬車はミルトの町を出て街道を北へ、右手にセルバ家本家を見ながらさらに北上、まもなく大曲となり西へと向きを変えた。

街道と森との間には建物を建てるのに足りるような充分な広さがあるように見える。

実際にどうかは測量が始まってみなければわからないが、それでも森にあまり手をつけずに建設は可能か。馬車馬を放す牧場を作るには土地が不足しているが、それは南側の空き地を利用すれば充分だろうと思えた。

ブルーノの馬車が道を右へ逸れ、森の中へと入っていく。アドルフォの操る馬車もそれに続き、うっそうとした木々の間へと乗り入れた。

しばらくすると右手に木立の切れ目が見え、そこは広く木々が伐採され、丸太を組み合わせて建てられた2階建ての建物があった。庭は一面芝生となり、奥には納屋らしき建物も見えた。

セルバ家の別荘として建てられたものであり、ギルドに年に1、2回は発注されるノッテの森の生態系調査の際の拠点として庭が利用されてきた場所だ。

今年はまだ依頼が来ないとわかってはいたが、この別荘に元冒険者が住んでいるとなればその必要も無かったのだろう。

玄関先に馬車を付けたブルーノは執事のロイスとともに別荘の中へと入り、馬車はそのまま御者が操って馬車留めとおぼしき場所へと移動させた。

アドルフォもそれに続き、隣りに馬車を停める。アドルフォが馬車をセルバ家の御者に任せていると、モニカ、ノルベルト、ベネデットと降りてくる。

「なあ、違和感が無かったか」

どうしても気になっていたアドルフォが声をかけると、3人も互いに顔を見合わせ、軽く頷いた。

「そうですね。揺れなかった、という感想です。普通馬車で森に乗り入れたら、こんなものでは済まないのでは?」

「轍の跡すら無かったようですからね。‥‥土魔法でこういった整地は可能だったと思いますが、セルバ家にそれが可能な魔法使いがいましたか」

そう、普通馬車といえば乗り心地が悪いものだ。街道上ならば石畳の効果で揺れが少なく済むが、森に入った段階でそういったものは諦めるものだ。

それがまったく揺れなかった。轍の溝、雨風や獣の行き来で形を変える地面、そういったもので形作られる凹凸が無かった。

確かに土魔法を駆使すれば整地は可能だ。だがそれが道の全面となるとかなりの労力であり、そこまでできる魔法使いとなるとそうはいないように思えた。

だいたい整地の土魔法を使えるものがそうはいないという事情もある。意外と難易度が高いことなのだ。

それがこの規模で整えられている。セルバ家のベルナルドもアーシアも元冒険者とはいえ戦士系のはずで、そもそも家系に魔法使いがいなかったはずだ。

聞いてみたいとは思うものの、貴族相手にそれはできず、実際聞いたところではぐらかされて終わりだろうという想像もできた。

互いに肩をすくめることでこの話題を終え、別荘の方を見やれば玄関からブルーノが出てくるところだった。

その後ろからは背の高い女性。ブルーノの妹で元冒険者のアーシアだ。手には剣と盾を持っている。それ以外に防具などは無し。視察に同行するつもりなのだろうが、装備が心許ないようにも思える。

アドルフォたちは挨拶をするために玄関前へと移動していった。

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