第3章:さあダンジョンを作ってみよう
第43話
ゴブリンの群れを掃討してから数日、森のほぼ全域といえる範囲を2号ちゃんの支配下にいれることができたので、計画を次の段階に進めることにした。
まあその間にも、ウルフたちの要望で納屋の裏手に泳げるくらいの大きさの池を作ったり、その池に流れ込むように湧き水を用意したり、元気なんだけど成長してくれないマンドラゴラが気になるので、環境の違いをみる目的から湧き水の脇にももう1体生やしてみたり、東の方にルーベルホーンとかいう魔物が侵入してきてウルフたちが大喜びで狩りに行ったのだけれど、それがルプスさんと同じくらいの大きさの赤い角のヤギにしか見えなくて、解体して焼いて食べたところ大変に美味しかったという、また来ないかなと待ってみたけれど来なかったりした。
それで次の段階なわけよ。
森の全域を把握できたので3号ダンジョンをどこに作るか問題なわけよ。
もっとも基本的には街道の大曲がりから森に少し入ったところにするのだけれど、それにしてもどの程度奥まった場所にするかは問題になる。表からみて怪しくない程度に奥にしたいけれど、街道沿いに施設をまとめるから、そこからの移動が不便では困る。
そんなわけでまずは地図を広げます。
「ダンジョンを新しく作るとして、街道から見てこの辺りを考えているのですが、どうでしょう」
「街道から見て見えるかどうかギリギリなところがいいわよね。気がつかないような深さだと見つかること自体がおかしく思えるし」
「どうなのでしょう。一応ですね、森の傾斜に対して不自然に盛り上がって丘のようになっている場所を作って、その一部が崩れて露出したという体裁を取りたいなとは考えています。例えばですけれど木が倒れてその根元部分から崩れて、みたいな」
「あー、なるほどね。そうすると倒木に気がつければおかしくはないか」
どうでしょう、わりとギリギリな距離感かな?
「いずれにせよ、候補としてはこの辺りよね。それで街道沿いに施設を作るわよね? そこからの距離、そうね、おおよそだけれどもこの家がある深さの半分くらいだとちょうど良いのではないかしら」
「少し深くありませんか? 施設から歩いてダンジョンへ向かいますよね、遠いようにも感じますが」
「来るのは冒険者だもの、少し歩くくらいどうということはないわよ」
そういうものですか。それでは、半分くらいの深さで、この辺りかな、スタート地点の部屋がこんな感じにあって、それに対して入り口通路がこう来るから。
「それでは一度ここまで行って、様子を確認してみましょうか。それで良さそうでしたら3号ダンジョンをここに設置します」
「いよいよね。ようやくという気もするけれど、ここからが本番なのよね」
はい。いよいよですよ、頑張りましょう。
それでは現地視察に出発です。
2号ちゃんの範囲内のことなので特に準備はいりません。街道から入るのは誰かに見られたときが面倒なので森の中を行きますよ。持ち物は水筒くらいですねー。
「あ、誰か一緒に行きますか?」
納屋の入り口から一応声はかけてみる。今日は全員いるはず。顔を上げたのはルプスさんとキニスくん。ルパさんとニクスちゃんはスライムさんに寄りかかって伸びている。最近ニクスちゃんがルパさんに行動が似てきて怖い。駄目な子になりそうよ。
『どこか出かけるのか。護衛が必要なところか?』
「いえいえ、森の中ですし、そう遠くもありませんし」
『森の中か、それならば危険もなかろう』
言うなりルプスさんも寝そべってしまう。うーん、大型犬。
『僕は行くよ、行くよ!』
おっとキニスくんはやる気ですね。狩りの時とかでも先頭に立ちたがるし、この家族の中では一番活動的なんですよね。
「それでは行きましょう。森の中のお話なので何も気にせず一緒に来るだけでいいですよ」
地図を出して、目的地のマーカーを確認して、それでは出発。
「以前と比べたら森が穏やかよね」
「今は木立の間隔ですとか下草ですとか、2号ちゃんが調整してくれていますからね。それに鳥ですとか小動物ですとか、こうしてみて分かるわけでもありませんが、適度に気配がある。良い環境ができていると思います。森の中の道を整備して、散策できるようにするのも良いかもしれません」
「散策? 歩くの? 何のために?」
「えーと、森の中を歩くのって気持ちよくありませんか?」
疑問符しか返ってこない。森林浴の概念がないからそれはそうか。まあ現状魔物が多少は出没するしね。でも2号ちゃんが管理しているから魔物がいようがなんだろうが、森林浴でもキャンプでもアウトドアを楽しむことはできるのよねえ。
『ヒトは森を歩くのが楽しいの? 僕たちも思い切り走り回って動物を狩るのは楽しいぞ』
「お、そうなんですね。でも人の場合は狩りはあまりしませんからね。単純に森の空気を吸って緑の香りを吸って、それで気持ちよくなろうという話なのですよ」
『ふーん、そういうものなんだ。僕も山よりは森の方が好きだな。山は硬かったり熱かったりで楽しくない』
「硬い熱いというのはどういうものです? 地面? 魔物?」
『どっちも! 岩みたいなやつとか熱いトカゲとかもいるよ。それで熱いトカゲがいるところは地面も熱いんだ』
ほほう。地面が熱いとは、地熱が高いということですよね。魔法的なあれこれではなくて自然現象であれば、もしかしたら温泉もあるかもしれないわね。
「熱い水が出るところとかありました? 黄色い岩があったり臭かったり」
『熱い水が流れているところなら行ったことがあるなあ。黄色い岩は分かんない。臭いところも近寄らないし』
ふむ。では熱い水が流れている川の上流部が怪しいですね。草津温泉だっけ、温泉のお湯が川に流れ込んでいるところって。それとも川の上部で直接温泉が湧いているパターンか。
『山にはまだ手を広げないのでは?』
いやー、温泉と聞いては黙っていられない元日本人の血がですね、騒ぎまして。
『気持ちも分からなくはありませんが、現状ですでにマスターの管理が1号に行き届いていないこともご承知置きください』
はい、分かっています。1号ちゃんのことはもう完全に丸投げ状態だものね。
「山の熱い水って温泉といって気持ちいいのですよ。確か動物にも効能はあったはずですから皆さんにも良いかもしれません」
「よく知っているわね。といっても山の上の方の話でしょう、きっと魔物だらけよ」
「そうなんですけどね。一応山へ続く道を整備して、先日のくぼ地の辺り、あの辺りに管理施設でも置いて、登山を楽しめるようにすることも考えているのですよ」
「とざん? ん? 山を登るの? それを楽しむ?」
「あー、登山てありませんか。景色を楽しむために山を登るのも楽しそうかなと」
「おかしなことを考えるわね‥‥山なんてどこも魔物がいると決まっているようなものだから、登るのはそれを目当てにした冒険者くらいよ?」
そうなりますか。森林浴も温泉も登山も先の話だなあ。この世界で自然を楽しむ観光はまだ難しいか。それはそうか。
さて、お話しているうちに目的地周辺に到達。南側、木立の向こう側が明るい。たぶん街道ね。ちょっと南へ来すぎているかな。あの明かりが薄くなるくらいの深さが良いかな。
「この辺りでしょうか」
「そうね、ここなら街道から見えるということはないでしょうね。少し深すぎるかしら? 気がつくとしたら倒木とかそういう話にするわよね」
「測量が始まりますし、何となくで立ち入ったらダメですかね」
「ああそうか、測量か。いえ、ダメね、そもそもの測量の理由にするのではないの? 見つけて、開発が必要だから測量」
「そうでしたそうでした。倒木の音だとかを聞いて、心配になったから見に来たらということですね。これくらいの深さなら歩いても苦では?」
「平気ね。これくらいは大丈夫よ」
では試してみましょう。2号ちゃんに範囲を設定してもらって、外周部分になりそうな部分にぐるりと線を引いてもらう。んー、完全な円になるかと思ったけれど、その後ろ半分から3分の2くらいは斜面に埋もれるかな。そこに向かって入り口の通路が刺さる。
斜面にちょっと埋もれた前方後円墳なイメージだね。
「この線の内側に入らないようにお願いします。作業中は邪魔になってしまいますから一時的に木を消しておきます」
引いた線の内側に立っていた木々が一瞬にして消え、地面が露出する。木だけを消したからか、居場所を失ってしまって慌てふためくバサバサッという鳥の羽ばたく音があちこちから聞こえてくる。
キニスくんもびっくりしたみたいで一歩ぴょんと後ろに下がってから、戻って線の匂いを嗅ぎ始めた。
「うわ、一瞬ね。この場所の木が消えたことは表からは見えないわよね。気がつかれないかしら」
考えていなかったわね。鳥もだいぶ飛び立ったし、何かあったように見えてしまうかな、どうかな。
まあ今回は地下1層目だけを作ってすぐに元に戻すし、誰か侵入してくるような人がいたら、その時もすぐに元に戻しましょう。
「元に戻すのも一瞬ですし、あとで元通りにしますし、良いことにしておきましょうか」
「戻すのね。それはそうか。まだ発見のタイミングではないものね。それで最終的にはここを盛り上げて丘にして、それで一部の木を倒すのね?」
「はい。それに気がついて見に来た、という形が分かりやすいかなと。ちょっと形だけでも試しましょうか」
木を消してある範囲の地面をぐぐっとイメージに合わせて持ち上げる。入り口になる地上部分が収まるようにするのでかなり高くしないといけないわね。
「こんな感じでどうでしょう。思ったよりも不自然な盛り上がり方ですけれど、ダンジョンの地上部分がこんな感じで持ち上がって出現して、それで木が倒れてここにダンジョンが見えるということで」
「ああ、いいんじゃない。不自然なのもダンジョンぽいわよ」
良さそうですね。では元に戻していって。ぐぐっと下がっていく地面。思い切りどこぞの地形操作ゲームのようね。キニスくんが腰が引けた体勢で線の内側には踏み込まずに地面の匂いを嗅いでいる。いやー、この操作でそんな変わった匂いがしたりはしないと思うんだけど。
「さ、それではここに仮設で地下への階段を作りますね。最初の一部屋を地下にいったん作っておいて、そこをダンジョン化します。あとは階段も消して地面も元通りにして分からないようにしますから」
線を引いた場所の中央辺りに下り階段が出現。今回は仮設だから適当な形。そして下った場所には、最終的には地上に上げてスタート地点にする部屋を作る。
「入り口になる部屋としてはこんな感じでしょうか。この中央に下り階段を設置します」
「一瞬で空間ができて石が組み上がって部屋を作るのね、見ていてめまいがするわ‥‥ああ、いいわね。でも最初の階段は大きめの方がいいから、もう少しだけ部屋も広げられる? そうそう」
これで現在の地下1階、完成時には地上1階になる部分が完成。中央に下り階段を作って、こんな感じかな。今はその先がないから下りたら壁があるだけで終わりのダンジョンだけど。ここからがスタートね。
ではこの部屋の中、天井でいいか、ランプを設置。んー、普通のだと盗もうとする人が出てきそうね。輪郭に何となく魔法っぽい文字っぽい模様を入れたシーリングライトっぽいもの、どうだ、格好いいかな。よし、このライトにダンジョンコアを設置。
さ、いよいよです。よろしくお願いしますね。
【ダンジョン:セラータ地下が誕生しました】
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