第42話

この地で一番高い場所を確保できたことは僥倖。見下ろせばゴブリンどもがいくつかの集団を作りながら群れている様子が一目でわかる。

窪地を挟んだ向かい側、崖上では一番低い位置になる草の合間にルパの顔が見える。

左手にはキニス。少し気合いが入りすぎているように見えるが、まあ相手は所詮ゴブリンだ。問題なかろう。

はす向かい、主殿に一番近い場所にニクス。窪地の出口方向でもあるので、最終的にはあの辺りで殲滅することになるだろう。

その主殿からは一度だけセツゾクというものを受けたが、あれはめまいがして気持ちが悪くなるので今後はやめてほしいものだ。

我々が包囲する形になっているのでニゴウチャンの範囲に収めて処理することもできるのだろうが、それをせずに我々にやつらを倒せという。

どれだけ戦えるのかを見ておきたいのだろうか。うむうむ。所詮ゴブリンではあるが、我々がどれほどのものか、今後の肉のためにも見せてさしあげようではないか。


主殿のいる方向から小さなヒトのような形のものが窪地を目指して進み始める。

そろそろだな。どうせゴブリンどもは上など気にせぬ。突撃の体勢を取るとしよう。

背を起こすと同時に向かいのルパも草むらから完全に姿を見せる。普段の鷹揚な雰囲気とは異なる牙をむいた狩る者の姿だ。

ゴブリンどもがゴーレムに気がついたのか騒ぎ始める。崖下の最後方までそれが届いたときが突入時だ。

崖の端に足を掛ける。ゴブリンどもの視線が一方向へ集まる。最後方にいた集団がわずかに前方へと動く。

身を乗り出し、崖にかかっていた足を蹴る。眼下、あれだ、棍棒を持っているゴブリンの頭上から押しつぶすように飛び込む。

ぶちゅりというあまり面白くはない音、とびちる体液、よくわからん濃い緑色のような肉片。

気がついたゴブリンはいない。見えるものは背後ばかりだ。左前足を強く踏みしめ、右足を突き出すように振るうとその方向にいたゴブリンの上半身がごきんという良い音を立てて消える。折れたか飛んだか、どちらでもよい。

右足をそのまま右後方に向けて払う。確かこちらにも一匹いたはずだ。感触がある。ぐち、という音もしたのでまあ倒せただろう。

左前足を軸に左方向へ頭を回すと、振り抜いていた右足も遅れて続く。そのまま左前方のゴブリンを横腹からかみ砕く。こいつらは臭いし不味いのであまりやりたくはないが、手っ取り早いからな。

腹が完全につぶれる良い感触があったので、そのまゴブリンを前方へ投げ飛ばす。これで混乱も広がるだろう。周囲を見渡せばわかっているのかわかっていないのか、前しか見ていないやつが多い。中には呆けたような顔をしてこちらを見ているものもいるな。


次につぶす集団を見定めたら即座に頭から突っ込む。これだけで2体ほどゴブリンを挽きつぶせたようだ、もう1体跳ね飛ばしたかもしれん。まあいい、足を振るう、牙を立てる、かみつぶす。この程度の相手ならば倒し方など何でも構わん。

ようやくこちらに気がついたのか、群れの中程にいたアーチャーが弓を構えるところが見えるが、やつらの弓はこちらの防御を抜けんからな。構えるということは足を止めるということだ、放置して先に周りを片付けるか。できれば棍棒持ちや剣持ちを始末したいところだが、雑魚に逃げられるのも格好が悪いからな、手当たり次第だ。


近いところから順につぶす、かみ砕く、吹き飛ばすを繰り返す。ようやく中程のアーチャーがいた辺りまで到達したか、そろそろ多少は強めのやつがいてもおかしくはないが、と考えたところで目の前にいたアーチャーのところへ宙を飛んだゴブリンが突っ込んでいった。位置からしてルパが吹き飛ばしたやつか。丁度いい、あの辺りを片付けるか。

巻き込まれたアーチャーの元へ頭から飛び込む。

足下にまとめてつぶれる緑色の何だかわからん塊。何体か巻き込まれていたか、まあいい。結果は同じだ。

左手にギャーギャーとわめきながら棍棒を振り回す多少は大きめなゴブリン。ここが群れの中心とみても良さそうだな。多少は大きいといっても所詮ゴブリンはゴブリンだ、突き出した左足の前に上半身が折れたまま、後ろにいた何体かを巻き込んで後方へはじかれる。続けて目の前の半分に折れたような剣を持ったやつを咥えたら振り回し、勢いを付けて前方へ放り投げる。

さて、これで大方この辺りは片付いたか。ルパの方はと見やれば頭を咥えて振り回していたやつの体がちぎれて飛んだところだった。当然だが問題はなさそうだな。

さあ子供たちはどうだ、こんなやつらに後れを取ることもないとは思うが、この辺りをルパに任せて様子を見に行くか。


我々が突撃したことで後方が群れの中央へ向かって逃げ、中央は群れの中心でもあるためにここで一旦逃げる連中が止まってしまう。

中心にいる連中は逃げてきた連中ともめ始める。こうなってしまえばいくら群れの規模が大きいとは言っても所詮はゴブリンだ。数を頼みに我々に対抗するような行動は取れん。

ゴーレムに釣られていた連中のところにもキニスとニクスが突っ込んだことで行き場を失い、そのまま削られていく。こいつらも逃げる先は中央だ。詰みだな。

外周をぐるりと回るようにして、手近なやつをつぶしながらキニスの元へ向かったが、うむ、問題はなさそうだな。やはりゴブリンの臭いや味が気に入らないのか咥えるような行動は控えめなようで、出会う端から足でつぶしていくことにしたようだ。時折ゴブリンの殴る手が当たってはいるようだが、あんなものではダメージにもならん。まあまだ体が小さいく戦いに慣れていないからな。ダメージが気にならないからか足を止めて叩き潰す方を優先したようだ。

さてニクスは、と、こちらは逆に群れられるのが気に入らないのか、足を止めて殴る、集まってきたらそこへ頭から突っ込んで弾き飛ばすという行動を繰り返している。

ゴブリンどもも頭が悪いからな。同じパターンが面白いようにはまる。ただこれだとやはり体が小さいことがデメリットにはなるようで、倒しきれずにふらふらしているゴブリンが見られる。

まあ構わんか、良くやっていると言えるしな、漏れは潰しておいてやろう。

このままぐるりと回って元の位置まで戻ったら大きめのものから優先して潰す、またぐるりと回って漏れを潰す。これを繰り返すだけで良かろう。


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崖の上からルプスさんが一気に飛び込んだことで始まった戦闘は、ギャーギャーとわめき散らすゴブリンの声が響き渡っていたけれど、しばらくするとルプスさんが時折ぐるぐると動き回って漏れているゴブリンをつぶす行動に出て、そのぐるぐるの輪が徐々に狭くなっていった。

これは終わったかな。

いやー、ウルフたち強かったね。というかゴブリン弱いね。群れたゴブリンは手強いっていうイメージがあったけれど、この程度では意味が無かったわね。


『そうですね。ルプスもメイジが居ればやっかいということを言っていましたし、もう少し進化形のゴブリンが増えてようやくなのかもしれません』


ね。指揮系統も曖昧みたいだし。本当ならウォリアーが前面に出てアーチャーが支援してっていう形にしないといけないのに、動きがバラバラだものね。


『さすがに上位種が下位種を率いている構図にはなっているようですが、そもそもの知能が低いのでしょう』


うん。子供たちですらゴブリンの攻撃を無視しているようだったし、実力差が大きかったな。

これでウルフたちの実力の確認は完了。まあそこまで問題にするような要素ではなかったのだけれど、戦力として充分数えられそうなのは良かったわ。

それに、ダンジョンの外に出てもこちらが事前に出していた指示に従うことがわかったのも良かったわね。


『はい。ダンジョンから出た時点で完全に支配から外れてしまう懸念もありましたが、やはり名付けをした固有種は違いますね。知能の問題ももちろんあるのでしょうが、これで無事にこちらまで戻ってきてくれたら、それで今回の計画は最大の成果が得られたと言って良いでしょう』


ん、ニクスちゃんが今こちらをちらりと見たね。終わりにしようかな、どうしようかなっていうところかな。お、回ってきたルプスさんが何やらもうちょっと頑張れ風に煽っている。うん、ゴブリン全滅させるまでは頑張ってね。

満足度は高いのだけれど、それにしても、臭いわね。


『やはりいけませんか』


いけませんね。叔母様も鼻と口を覆うように布を当てているけれど、もちろんわたしも手放せません。というか目も痛いような気がしてきましたよ。


『体調に問題が生じるほどの影響は無いのですが、そこまで感じるということはゴブリンを物理的に潰して回ることは避けた方が良さそうですね』


うん。終わったらさ、この窪地は2号ちゃんにまとめて綺麗にしてもらおう。たぶんウルフたちも相当汚れて臭くなっているだろうから、終わった宣言が出たら即クリーンね。


『了解しました。終わり次第2号の範囲に収めダンジョン化します。森の外、山側の限界点をここに設定しましょう。今後この窪地に再度ゴブリンが集まるようならまたどこかで大発生でもしているという判断の指標にもなりますし』


お願いね。集まったら潰すのではなく消す方向で。誰も気がつかないでしょ。

今回はウルフたちの実力も確認できたし、ダンジョンの仕様も一部確認ができたし、北西側に侵入していたゴブリンのたぶん元を絶つこともできたし、今後のゴブリン増加を把握するための場所も確保できたしで、個人的には言うこと無しの結果になりました。

ゴブリンがすっごく臭うといういらない情報もしっかり確認できましたとさ。

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