第39話
木立の向こうから聞こえる馬車のガタガタという音に反応して椅子を飛び降り、出迎えるために玄関前へ向かったわたしを誰を責められないと思う。
まさかコアちゃんたちがあんな反応を返してくるなんて。コアちゃんなんてわたしと実質一心同体だからさ、今回はちょっと予想外だった。えー、まさか名前に不満があったなんて思わなかったわよ。
それともあれか、あんまり悩まずに今まで決めていたのが不満だったのかな。それとも格好いい名前希望とか。かわいいじゃダメだったのかなあ。
まあ、今はいい。とりあえず左後ろにでも置いておいてまた今度考えると言うことにしておこう。
まずはお母様の出迎えね。それでお馬さんたちをウルフたちに紹介しないと。
敷地へ入ってきた馬車は玄関前に付けようかという手前でピタリと停止。お馬さんたちがじいっと納屋の方を見ている。
御者のダニロさんもどうした?という感じで馬たちの視線の先を見て、こちらも停止。
うーん、まあそうなるかしらね。仕方がないのでお母様のお出迎えをしましょう。
「お母様、ようこそ。ごめんなさい、お馬さんたちはちょっと動けないみたいで」
「どうしたのよ。ダニロも、どうしたの」
ご覧になればわかりますよ、どうぞどうぞ。
馬車の前方、納屋の方まで見渡せるところまで誘導。お兄様はボール程度の大きさのスライムさんを転がして子供たちと遊び中、キアラさんはまだせっせとブラッシング中、そして叔母様は困った顔でこちらを見ている。
「ちょっと、」
お母様がわたしの肩を揺する。まあ気持ちはわからなくもないのですが。
「どうなっているのよ、これ」
「いえ、森の探索の結果ウルフたちを仲間に引き入れることに成功しまして、あ、名前は付けましたよ。あの一番大きな、寝そべっていたらよくわかりませんね。キアラさんがブラッシングしているのがお父さんのルプス、スライムさんに埋もれるみたいに伸びているのがお母さんのルパ、お兄様と遊んでいるのが子供たちで、灰褐色の方がキニス、白色がニクスですね」
「おおっきくない?」
「はい。ですから、オオカミではなくウルフ、魔物になりますね。大きくなってしまった結果、群れにいられなくなったそうで、山の東の方ですか、そちらからこちらの方へ移動してきたそうです」
「魔物?魔物なの?それは危ないじゃないの!」
「あー、いえ、現在は2号ちゃんと契約していて、うちのダンジョンに所属する魔物ということになります。食べるものと寝る場所で勧誘しました」
「2号ちゃんと?スライムさんと同じということ?」
「そうですそうです。スライムさんの後輩になりますね。わたしたちの言うことを理解しますし、指示には従いますよ。わたしたちに対する攻撃性はありません、安全です」
お母様、理解が早くて助かります。
おでこに手をやって困ったどうしようみたいなポーズで固まってはいますが。
おっとそうだ、お馬さんたちに挨拶させないと。
「ちょっと皆さんいいですか、皆さんの先輩にあたる、我が家のお馬さんたちに挨拶を。仲良くしてくださいね」
わたしが言うとルプスさんがのっそりと起き上がる。ルパさんは目を開けて鼻息をぷしー。いや起きてくださいよ、お行儀悪いですよ。キニスとニクスはどうしたどうしたという感じで遊ぶのをやめてわたしの足下へ。
「ほら、あちら、お馬さんです。ご挨拶を」
『ウマ?ウマか、シカよりも大きいな、いい体つきだ。速いのか?』
「かなり速いとは思いますが、シカと違って平地向きですね。あとは後ろのあれを引っ張れるので結構な力持ちです」
『ほう、うむ、ここでは彼らが先輩になるのだな。わかった、おいおまえたち、挨拶にゆくぞ』
ほらルパさんも起きて。ほらほら。
お尻をポンポンしたらようやく腰を上げて最後方からお馬さんたちの方へ。
そのお馬さんたちはちょっと後ずさりしたそう。まあこんな大きなイヌは見たことがないだろうし、仕方がないね。怖くないようにわたしが仲介してあげましょう。
「お馬さんたちもそんなにびっくりしなくても大丈夫ですよ。彼らはあなた方の後輩として我が家にやってきましたからね。同僚として仲良くしてあげてください。ちょっと体は大きいですけれど、基本的にはイヌですからね」
『待て待て、我々はウルフだぞ、イヌではないぞ』
「そうですねえ、ウルフなんですけれど、お馬さんたちには違いがわからないでしょうからね。寝そべっているルパさんなんて遠目には本当にただのイヌですからねえ」
そのルパさんがぶふんと鼻息を鳴らしてお馬さんと目を合わせる。
キニスとニクスは何だ何だと馬車の周りをぐるぐる。御者席のダニロさんはまだ固まったまま動けず。
そのうちお馬さんたちも納得したのかウルフたちの方へ顔を近づけてお互いに匂いを嗅ぎ合うような仕草をしていた。
うん、これで大丈夫そうね。これからは一緒に頑張っていきましょう。
顔合わせが終わったところでみんな帰る時間かなと思ったのだけれど、結局お母様は泊まると言い出し、帰ったのはお馬さんたちとダニロさんだけとなった。お迎えは明日の昼過ぎの予定だそうだ。
夕食が大人数になってしまったのでキアラさんは大忙しだし、お兄様や叔母様は今日のことをお母様に説明するとかでこちらも大忙し。
わたしはウルフたちを納屋に案内。
ルパさんが持って行きたくて一生懸命スライムさんを咥えて引っ張ろうとするので、やむをえず納屋の中にもスライムさんを一体配置することにした。
「大きさとか硬さ温度、あとは場所も、スライムさんに直接言っても良いですし、細かいことは2号ちゃんに伝えれば変更してくれます。水や食事も2号ちゃんに伝えれば大丈夫ですよ。お皿を見せればキアラさんも用意はしてくれるでしょうけれど」
『ありがとう。快適に過ごせる場所を手に入れたのだと思ったら我慢できなくて』
ルパさんの素直なお礼。さっきまでは相当気が緩んでしまっていたのかな
「いえ、これくらいはサービスです。皆さんにはこれから頑張ってもらいますからね」
落ち着いているみたいだし、今のうちに少し事情を聞いておこうかな。
森の山の情報というものはわたしたちは全く持っていないから。
「皆さんはこの、わたしたちはノッテの森と呼んでいるのですが、森のどの辺りからこられたのでしょう」
2号ちゃんから周辺地図のイメージを伝えてもらいながら問うてみる。
『そうね、だいぶ東の方ね。もう森というよりは山なのだけれど、20頭ほどの大きな群れで暮らしていたの。魔物もいるから群れは大きい方が安全だったのよ』
20頭は多いな。複数家族かな。そうか対魔物を考えると、オオカミたちでは数が必要になるのね。
『それがいつからだったか、私たちの体が大きくなりはじめて、そうすると食べる量も増えてしまって、群れの仲間からどうにかしてくれと言われるようになって』
「やっぱりどこかでオオカミからウルフに変異してしまったのですね」
『そうね。おそらくはルプスや私がたくさん魔物肉を食べたことが原因かとは思っているの。たぶん魔石?というの?固いものもよくわかっていなくて食べてしまったし』
魔物肉の量か、加えて魔石を食べてしまったことか。原因としては魔石の方が強そうではあるね。魔物肉だけならほかの個体も食べているだろうから。
『子供たちは生まれた時からウルフだった。ショックだったわ。私たちはもう群れの皆と同じではないとわかってしまったし、この子たちも成長すればもっと食べるようになる。このままでは群れに居られないとわかってしまったの』
そうか、元はオオカミでもウルフになってから生まれた子はウルフになるのね。オオカミって1年くらいで大きくなるんだっけ。そうするとこの子たちはまだせいぜい半年くらいかな。それでこの大きさ。それは食べるだろう。
『この子たちが巣を離れられるようになったところで私たちは群れを離れた。山の上か、反対側に回るかしようかとも思ったのだけれど、魔物も強くなることは知っていたから、上までは登らずにそのまま西、こちら側へ向かったの』
「山の中は獣は?食べ物はどうしていました?」
『シカやイノシシは山を登るほど数が減って、代わりにトカゲのような魔物や大きな角の牛のような魔物がいたわ。狩るのに苦労するようになって、登るのを諦めたの。こちら側へ来たらゴブリンが多くて、試しに食べてみたのだけれど美味しくなくて。固いし、変な匂いがどうしてもするし。数だけはいたから食べるのに困るわけではないけれど、やっぱりシカかイノシシがいいなと思っていたの』
そんな魔物もいるのね。そしてゴブリン、多いのね。これは彼らに頼んで山の方も少し調査の手を広げるべきなのかも。
『ここにいれば食べるものには困らないというし、体が大きくなってしまったでしょう。寝る場所にも困ることがあって。雨をしのぐのが大変だったの。良かったわ。ここなら安心して眠ることができる。この子たちにお腹の空いた思いをさせずにすむ。良かったわ』
うんうん。そこは任せて。
安心安全とお腹いっぱいの食事と、ちゃんと用意するからね。任せて。
「安心してもらえたのなら良かった。ではまた明日から、お仕事をお願いしますね。働かざる者食うべからず、ですよ。特にルパさん。食っちゃ寝するとすぐに太りますからね。子供たちの手前、ちゃんと働いてくださいね」
そんな、えーみたいな顔をしない。さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったのよ。
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