第38話

楽しかったバーベキューも終了、片付けも2号ちゃんに任せれば一瞬なのだけれど、さすがにそれは人としてどうなのという気もするので、みんなで協力して済ませる。

わたしは小物の片付けだね。キアラさんが外のポンプでがっしがっしと水を出しながら網を洗い始めたので、そこへお皿やトングなどを持って行く。

お兄様はグリル台を片付け、叔母様は炭の後始末。

ウルフたちはスライムさんにまとわりつくように全員寝そべってお休み中。こいつら本当に魔物か?納屋にもスライムさん用意してあげた方がいいかもね。

「お兄様、今日はお母様は来られるのですか?」

「そうだね、夕方に寄るとは言っていたよ。もしかしたら泊まると言い出すかもしれないね」

うーん、そうなると我が家のお馬さんたちも来るのよね。ウルフたちと仲良くやれるのだろうか。野生だとオオカミって馬は狩るのかな。


『環境によるのでしょうがオオカミが馬を襲って捕食した記録はあるようです』


そっかー。良く言い聞かせておかないとね。まあ食事に困るような環境ではないから説得も容易でしょう。

「お兄様も使いますか?」

ウルフたちに興味を持っているみたいだしね、一緒にやりましょう、ブラッシング。

「僕が行っても大丈夫?大丈夫ならやってみたいな。イヌと一緒だよね?」

「そうですね、こう言っては何ですが、ああして寝そべっているところはただの大きなイヌにしか見えませんし」

ね、こうして餌付けされて環境を整えられてしまうと、オオカミがイエイヌになっていった経緯が手に取るようにわかるよ。

「どうもこの家族だとお母さんが一番立場が上のようですから、わたしがお母さんに行きますね。お兄様は子供たちの方へ、交互にやってあげれば文句も出ないでしょう」

お父さんは一番立場が弱そうなので最後です。我慢してね。

近寄っても誰も動かないし、お母さんの横に座ってお腹に手を当てても、当のお母さんが鼻をぷしっと鳴らした程度で目も開けやしない。完全にお腹が見えているし、大丈夫なのかこれ。

お父さんはさすがに目を開けてちょっとだけ頭を上げてこちらを見る。ブラシをひらひらと動かして見せてあげる。これからこれで体をこすりますよー。初めて見るものだろうけれど、警戒しなくても平気よー。

2号ちゃんのおかげでウルフたちは汚れもないし寄生虫とかもない状態になっている。それでもブラッシングするのはマッサージとかコミュニケーションが理由かな。気持ちよいと思ってもらうのは悪くないでしょう。

まずはそっとブラシを当てて体毛を梳く感じで。最初はお腹がペコッとしたからちょっと緊張したかな。数回やってみるとそのうち反応はしなくなったので、今度は上の方からちょっとだけ強めに。

ぐっとブラシを入れてみたら、体が少しぷるっと震えた。どうかな、嫌かな?平気かな?

もう少し首から胸辺りをぐっぐっとやってみたけれど大丈夫そう。よっし、お腹もやっちゃうぞー、ということで、くっくっていう程度の強さで毛並みを整えていく。

ぷしーという鼻息、スライムさんにより埋まる顎、ぐうっと伸びる体、良さそうね。と思ったら頭がぐりぐり動き出して位置を変えだした。どうしたどうしたと思って立ち上がったら、スライムさんから頭を起こさずに体の位置を変えていく。あーこれはと見ていると案の定、体の向きを変えただけでした。お父さんの方を見たら、あーいかんみたいな顔してこちらを見ている。そう思うよねえ。

改めて座り直してお母さんの反対側の首からお腹からブラシをかけていく。いやー、体が大きいから大変だわ。

お兄様の方も子供たちが寄ってきた間に座って交互に体にブラシをかけている。あちらはあちらで子供とはいっても大型犬くらいあるし、2頭だしね、大変よね。

わたしもさすがに腕が疲れてきたので、おーいと家の方へ手を振って、叔母様かキアラさんに変わって欲しくて呼んでみた。

叔母様が行きなさいよみたいな感じでキアラさんの背を押す。おっかなびっくりで腰が引けっぱなしのキアラさんがどうすればみたいな顔をして来たので、ブラシを押しつけてそのままお父さんの横へ。

お母さんがぷしっと鼻を鳴らしたのに飛び上がりそうな驚き方をしたけれど、残念キアラさん、あなたのお仕事はもっと大きいお父さんのブラッシング。平気平気、慣れて。ほんとただの大きなイヌだから。


「本当にこうしてみているとただの大きなイヌよね」

叔母様の感想もそうなりますよね。

テラスに戻って椅子に座り直したわたしの仕事は彼らの名前をどうするかという点に移る。さすがにウルフ1、2、3、4というわけにもいかないからね。


『そうですか?私たちの名前やスライムさんの前例から見ても問題はないと判断しましたが』


何をおっしゃるコアさんや。この場面こそがわたしの名付けスキルが炸裂すべき場面じゃないのさ。

うーん、オオカミ、ウルフだからね、何かこう格好いいのが良いわよね。オオカミの神話伝承ってどういうのがあったっけ。雰囲気的に和名はちょっと違うよね。カタカナだね、カタカナ語。格好いいカタカナ語っていったら何だろう、ドイツ語、ギリシャ語、ラテン語。ラテン語かな、やっぱり。わたしのラテン語辞書よ火を噴け、格好いいラテン語の名前を付けるのだ!

オオカミ、オオカミよ。あと色とか性格とかから付けるのか。何がいい?環境、天候、天体、どんな言葉があったかな。

ぴこーん、ひらめきました、ひらめきましたよ。さすがわたし。RPGの名前を付けるために書きためた格好いい言葉辞典が炸裂したね。

まずはお父さん、ルプス。お母さん、ルパ。子供たちは灰褐色な方がキニスで白色の方がニクス。どうよ。いいんじゃない?


『オオカミがルプス、メスオオカミがルパ、灰がキニスで雪がニクスですか』


そう。どうよ、これ。さすがわたしの名付けスキル、完璧じゃない?いやーさすがわたし、見事だわ。どう?コアちゃんたちもいいと思わない?


『え』

『え』

『え』


え。

何よその反応。しかも1号ちゃん、2号ちゃんまで。格好良くない?完璧でしょ。


『いえ、ラテン語が格好いいのはわかりました。理解はします。そうですね、彼らの名前はそれで登録します。しかし「さすがわたし」の部分には納得がいきません』


なんでよ。完璧でしょ。

まあオオカミを言い換えただけとか色から発想したとか言われるかもだけど、日本語で名前を付けるとなったらラテン語のカタカナ要素は強いわよね。


『そこは理解しました。特に否定する要素もありませんし、問題ないでしょう。ですがやはり「さすが」は問題ではないかと我々は考えています』


何さ、何か言いたいことがありそうじゃない。


『私たちの名前を良く見てください』


ん?名前?

コアちゃんでしょ、で、1号ちゃん2号ちゃん。それからスライムさんだね。‥‥別に変なところはないよね。かわいいでしょ。


『え』

『え』

『え』


えー!?何よ何なのよ。言いたいことがあるならはっきりしなさい。ほらスライムさんは特に何もないじゃない。


『スライムさんにそれを聞きますか。彼らは常に「別に」という反応しか返しませんよ』


あ、そうなの?スライムさんはそんな淡泊な感じなのね。

じゃあ結局、コアちゃんたちは何が問題だっていうのさ。スライムさんは別に程度なことって何さ。


『私たちの名前については再考を要望します。特に思いつかなかったからそうなった、という経緯であろうと今まではそのままにしていましたが、ウルフたちの名付けでそこまで自信に満ちあふれた反応をされてしまった以上、私たちの名前についても再考していただきたいところであると、要望いたします』


え、何でさ。かわいい、よね?え、かわいくない?ダメだったの?いいと思っていたんだけど、え、ダメなの?

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