第36話

叔母様とお兄様は鎧を身につけ、大きな盾を持ってわたしの左右に待機。

オオカミが突っ込んできたら守れないとは思うよ。稼げるのは一瞬の時間程度じゃないかな。

それでも一瞬稼げればあとはスキルの力で状況を変えることはできるんだってさ。

スキル頼みなんだなと思わないでもないけれど、獣型の魔物と対峙する時というのはそういうものなんだって。

わたしは普通にスライムさんに座って待機。2号ちゃんがついているから心配はしていない。

キアラさんは家の中で待機。窓に張り付いてこちらの様子をうかがっているのがちょっと面白い。

「警戒されないように剣は抜かないでお願いしますね。──、来ました」

ガサガサッ、バサバサッという激しい葉ずれの音。

パキッ、ミシッという枝や石を踏みしめる音。

別荘の裏手、納屋との間に広がる木立の向こうに薄暗い大きな動物の影が見える。影は次第に色を持ち始め、そして木立の間からのっそりとした動きで、そうして二頭のオオカミが姿を現した。

大きい。柴犬の10倍くらい、普通のオオカミと比べても倍以上あるのかな。わたしなら余裕で背に乗れるでしょう。

特に大きい方は見た目は完全にハイイロオオカミ。黒と灰と白が入り交じった体色。足が太いわね。あれで殴られたら大変よ。

少し小さめな方は白が多いかな。たぶんこちらがメス。

子供二頭は木立にちらちら見えるくらいで出てこようとはしない。当然警戒されているわね。

さあ、それでは交渉を始めましょう。

まずは挨拶。通訳をお願いね。

「初めまして。わたしはステラ、このダンジョンの主です。あなた方はノッテフォレストウルフの家族ということで良いのかしら」

オスのウルフの表情がびっくりしましたという風に驚くほど変わる。

オオカミって表情豊かね。

「‥‥こちらの言うことがわかるのね‥‥」

「2号ちゃんを通じて念話のような形で届いています。会話とは少し違いますね」

こちらをじっと見ていたオスのウルフの口元が動き、バフッワフッという音が聞こえた。

イヌみたいな鳴き声ね。


『多少の意訳となりますが、お伝えします。ノッテフォレストウルフというのが何かはわからないが、我々は家族だ。山から来た』


「ああ、やはり山からでしたか。えーと、北かそれとも東の方でしょうか」

手を差し伸べて、あちら、こちらとやってみる。


『東の方だな。山のずっと東の方に群れがあるのだが、我々はそこを離れてこの地へ来た』


想定は間違っていなかったみたい。やっぱり群れを離れた家族だったのね。

「離れた群れというのはやはり同族ですか?」


『山で獣を狩るうちに我々の体が大きくなり始めたのだ。群れと行動を共にできなくなってしまった』


ああ、なるほど。オオカミの群れの中でこの家族は魔物になってしまった。獲物にしていた生き物の中から魔力を得ていったということだろうか。

「山の東の方にオオカミの群れがあって、彼らはウルフになってしまったことで群れにいられなくなり、こちらに移ってきたそうです」

「オオカミ?動物の?聞いたことがないわね」

「もっとずっと山の中、東の方の話かもしれません」

もしかしたらこの山を越えたところにあるという魔人の国方面での話になるのかもしれない。

まあ今はそれはいいか。

「そこでゴブリンと会って倒したのでしょうか」


『そうだ。ゴブリンは我々と同じように森の動物を狙っていたのだと思う。だいたいどこでもゴブリンどもは我々の敵だ』


「あ、そうなのですね。この辺りの山の中でもゴブリンは居ました?」


『そうだな。森の中で群れを見つけたので近くにもいるかもしれないと山も警戒した。実際にいくらかは見つけて倒したのだが、もっといるかもしれん』


ほうほう。山の中のゴブリンも少し倒してくれたのね。


『ここはダンジョンなのか?ダンジョンというのは魔物が溢れる洞窟のことだろう?山の中で見たことがある』


「そうですよ。ここもそのダンジョンです。洞窟ではないですし魔物も溢れてはいませんが、ダンジョンなんですよ」

すごいでしょう。たぶん世界初の屋外型ダンジョンです。たぶんねたぶん。

そして山の中には魔物が溢れる洞窟があると。それは新情報。まあ場所もわからないし今はどうでもいいけれど。


『それで、頭の中に聞こえる声が言うのだ。寝床や食べるものをもらえると。代わりにダンジョンの仕事を手伝えと』


「そうなんです。わたしたちはとにかく手が足りなくて、特に森の中を自由に動けてだいたいの相手には勝てるような仲間を探していたのです。安全な寝床、充分な食べ物、それから健康でいられるように様々な福利厚生を提供します。子供たちの今後のためにもいかがでしょうか」

両手を広げてアピール。良い職場だと思いますよ。


『よくわからん。それにおまえは弱そうだ。両隣のやつもそれほど強そうには見えん。おまえたちを倒せばここは手に入るのか?』


うんうん。強い魔物の考えそうなことよね。

「それは無理なのですよ。言いましたよ、わたしはダンジョンの主だと。例えばですね、あなたの足下に黄色い花が咲いていますよね、それです。サクラソウというのですが、はい、今消えました。そこに黄色い花が咲いていましたよね?」

どうでしょう。これがダンジョンなのよ。

あが、みたいに口が開きっぱなしよウルフさん。


『待て、今ここに。おまえが消したのか?』


「そうですよ。かわいそうなので復活させますね」

足下に黄色い小さな花を付けたサクラソウ復活。ごめんよ、都合良く使って。


『これがダンジョンの主か、ううむ。‥‥、それで、我々にさせたいことは何なのだ』


「そうですね、まずは森の探索です。森の探索が充分に行えたらそこからは森の中を見て回ることがお仕事ですね。それでゴブリンが入り込んでいたりしたら排除してくれたらそれで」


『ふむ、やることは今までとそれほど変わらないのか』


「変わらないと思います。皆さんの方が森で動くことは上手でしょうし。それでそこの、そちらにある納屋ですけれど、そこを寝る場所として使っていただければ。食事もそこに用意しますので。森の探索が終わるまでは多少の危険はありますが、ケガや病気をしてもダンジョンに戻れば治りますし」

わたしから見て右手、彼らの左側にある納屋を指し示すと、興味を持ったのかメスのウルフがのっそりとそちらに動き、納屋の中を確かめ始めた。

一応薪とあとは庭の手入れなんかに使う道具を置いてある場所は確保して、残りのスペースには藁を敷き詰めて、餌を乗せる器と水を入れておく器を用意している。

ふんふんと匂いを嗅いでまわったメスがオスの隣りに戻る。顔を見合わせているけれどあれで通じるのかしら。


『雨風をしのげて暖かい柔らかいものが敷いてある。悪くないようだな』


「いかがでしょう。ダンジョンとの契約を解除することも可能ですし、一度こちらで働いてみませんか」

うん。別に生涯をこちらで拘束しようというわけではないのだ。子供たちも大きくなれば離れていくこともあるだろうし、その辺りは話し合いで都度解決していくこともできるんじゃないかなって。


『ううむ。提案自体は良さそうなのだがな。なあ山の探索もしても良いのか?森で狩りをしても?』


「もちろん構いませんよ。山の探索もしていただけると助かることも確かですし。それでゴブリンの群れなんかを見つけて倒してもらえたりするとわたしたちは助かります。狩りも構いません。森がダンジョンですからね。獲物には困らないと思いますよ」

メスのウルフが横から鼻先でツンツンしている。あれは催促しているのだろうか。慎重なオスに対してこちらは所属に積極的なのかな。


『よし、わかった。ダンジョンから離れることもできるということであれば試してみよう』


決まった。

「それでは契約を行いましょう。えっと、子供たちも、頭の中に契約の言葉が現れますから、それに対して了承をお願いします」

木立からのそのそと少し小さめのウルフが二頭、姿を見せる。一頭は灰褐色、もう一頭はお母さんと同じように白い。うんまさに親子、似た感じだね。

4頭が並んで腰を下ろし、2号ちゃんからの契約の提示に了承の返事をしていく。

「これで契約は終了です。皆さんは今後ダンジョンに所属する魔物として、ダンジョンの方針に従って活動していただきます。その代わりにこちらも皆さんの要望に応えられるように食事などを提供していきますので、よろしくお願いします」

軽く頭を下げると、ウルフたちもうなずくような動きを見せる。やっぱり頭いいよねえ。会話もしっかりしていたし、これはかなりの掘り出し物な予感。


「もう大丈夫かい?これで安心できるのかな」

「はい。大丈夫です。彼らは2号ちゃんの下に配属になりました。もうこちらと敵対することはありませんよ」

「すごいわね。ウルフが思っていたよりも大きくてちょっと焦っていたのだけれど、これからは同僚と思った方が良いのよね」

「そうですね。ここにいる間は実質番犬です。ただの大きなイヌですよ」

こちらの言うことは2号ちゃん経由で伝わるしね、イヌとオオカミの違いって人に飼われることをよしとするかどうかくらいでしょ。彼らもこのままずっとうちに居着くようであれば、将来は種属も変わってノッテドッグとかになるかもね。

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