第32話

「反省会をしましょう」

ゴブリン遭遇戦以降は特に危ないこともなく、森の探索を終えて別荘まで戻ってくることができたわたしたちは、留守を守ってくれてきたキアラさんの大げさなくらいな「安心しました」の声に迎えられた。

心残りは罠猟が試せなかったことくらいで、これはゴブリンのせいで騒ぎすぎたからかも、うんきっとゴブリンのせい。いやそもそも最初のキャンプ地で試さなかったのは忘れていたせい。うーん、やっぱりゴブリンのせいで!

それで荷物を片付けて、お風呂で体の汚れを落として、美味しいご飯と柔らかいベッドで安心してよく眠って、そうして回復したら、次は結果を検証する作業なのだ。

今回は西側の確認と同時に、わたしが今後も森で活動するための参考にするためという面もあったのだから、ようく検証しなければなのよ。


「まず、わたしの体力はどうだったでしょうか」

良く歩けたとは思う。

普通に考えたらもうすぐ6歳になるかという子供の歩く距離ではないとは思う。それでも今からできるならやっておかなければと思って立てた計画なので頑張りました。

「わたしとしては途中で疲れ果ててここまで、という状況も想定していたのだけれどね、たいしたものだと思うわよ」

おっとそうなのですね。

途中で挫折は格好悪いわね。でもあり得はしたかな。わたしもそう思う。

「子供の足でも一日かからない程度の距離しかなかったということが幸いしたとは思うし、ずっと整備された街道だったけれど、初日の行程は予想以上だったのよね。私はキノット常駐だったからセラータの現状は詳しいわけではなかったけれど、街道沿いに関しては予想以上に丁寧に管理されていたわね」

「そうですね。何だか聞いていた以上に国の力、州の力があるように感じました。あれだけ道を整備して管理してって大変なはずですよね」

「私が直接携わっているのはキノットのあるマルサラ州のことくらいだからね。こういうことは商人の方が知っているのでしょうね」

「森の中ではどうでしょう?わたし、大丈夫そうでした?」

「うーん、そうね。良くもなく、悪くもなく、ね。貴族の子供としては上出来すぎるけれど、森に慣れた子供と比べたら劣るといったところよね」

それはそう。一応鍛えてから挑んだつもりだけれども、歩き慣れた装備、歩き慣れた場所というわけではなかったからね。

それでもまあ合格点は付けられるかな。

というか、やっぱりこの歳でも森に慣れた子供というのはいるのね。

「森から生活の糧を得ているような村の子供はそれはすごいからね。比べても仕方がないのだけれど」

木の枝を拾ったり、山菜や薬草、キノコを採ったり、何なら罠猟で小動物を捕まえたり、すごいらしいよ。


「歩く方は何とか大丈夫と言えそうですね。次は野営ですね、今回はそれなりに快適だったのではないかと思いますが」

「快適すぎたわね。普通の冒険旅だと持ち物は寝具と着替え、たき火を熾す道具、保存食と水筒、念のための薬に、鉈や斧、ナイフといった道具。安全を確保するための獣避けや結界石。もう持ちきれないほどになるでしょう。持って行った物自体はその内容とそうは違いもないはずなのに、一つ一つが便利だったわね。嫌になるわ。昔から道具なんてそう変わらないのよ?」

「それはたぶん魔法やスキルのせいでしょう。火を着ける、水を出す、穴を掘る、みんな魔法やスキルでどうにでもなりますよね。わたしはそれができませんからね、道具頼みになります」

極端な話、着火の魔法とライターの差なんて無いと思う。穴を掘るだって小さなものなら折り畳み式のシャベルと何が違うのかという話で、枝を払うのだって風魔法でばーっとやるのと鉈でバッサバッサとやるのと何も変わらない。減るのが魔力か体力かという違いだけでしょう。尤も水を出すはとんでもなく便利だと思うので、さすがにこれは別。

「ハンモックも良かったわよね。私は地面に寝具を広げて寝ることを考えていたのよ」

「あれは良かったですよね。やっぱり森で地面に直接は、地面の凹凸だとか虫だとか嫌だったので。森だったから使えたということもありますが、人が乗っても大丈夫な組み立て式の台座があればどこでも使えるようになるでしょうけれど」

「台座ねえ。ハンモックを支えるとなるとかなり大きくならない?」

「なりそうですね。そしてそれならテントで良いのではと思いました。あと考えたのは折り畳み式の簡易ベッドとか、空気で膨らませるマットとかですね」

「色々と出てくるわね」

便利で快適なのは重要な要素なのです。


「それからゴブリンとの戦闘ですが」

「あれは評価に困るわね。あなたは動けていなかったし、力も足りなかったし。生きている魔物を倒す経験をして欲しくて見ていたけれど、あれくらいなら私が前進しながら一気に倒した方が早いし安定よ」

そうですよね。

実際にわたしは全力で最後方の一体を狙いに行ったのだけれど、叔母様は正面からゆっくり前進していたのに、わたしとゴブリンが戦っているのを見ているだけになっていた。

クラブを使って殴りにいってみたけれど、それも泥仕合ぽくなりそうだったのもつらいところ。

「子供でも1対1なら思い切りよく木の棒で殴りまくって倒せる相手だけれど、結構苦労したわよね。ああ、でも最後の左側に払って相手の正面を空けたのは良かったわよ」

あれはコアちゃんの指示でして‥‥わたしはああいう形を思いつくこともできなかったものね。先が思いやられるわ。

「せめてクラブの質は上げたいですね」

「そうなると木が頑丈なものになるし、金属も使ってもっと効率良くダメージを与えられるようにしたりね」

重くなりそう。何かもっと効率の良い物を考えたいところ。


「あとは、そうですね。今まで触れずに来ましたが限界なので。重要ですよね、トイレ問題」

そうなのよね。トイレ、超大問題。

わかってはいた。わかってはいたのよ。自宅はさ、上下水道がきちんと整備されていて、主要街道沿いには全部あるっていうのよ、そのおかげで家のトイレは水洗で。しかも水場もあって濡れた海綿だとかで拭けるし、手も洗えるしで清潔なのよ。

でもさ、冒険にでたらそんなこと言っていられないじゃない。

前回も今回も、経験だと思って頑張ってみたのよ。

木の裏側に穴掘って直接するのよ。拭くものはせいぜいその辺の草よ。小だけだったら穴も掘らないわね。

ぶっちゃけ想像するに今回はましな方なのよ。

行きは街道沿いで安全確保、帰りは2号ちゃんの範囲内で安全確保がそれぞれできていたから。まだまし。我慢できる。できなくはない。

でもさあ、よく考えなくても女2人旅で安全が確保できているからできたことなのよ。

男女混合パーティーってどうするの?

魔物が、大型の肉食獣が闊歩するような環境だったらどうするの?

そもそもダンジョンのトイレ事情ってどうなっているの?大丈夫なの?


「トイレねえ、正直な話、耐えるだけよ」

そうきたか。来ましたか。まあそうだろうとは思っていたけれど、耐えるだけかあ。

「特に工夫はないのですか?」

「どうしようもない、という結論ね。屋外なら今回みたいに木の裏側ね。場所を決めてキャンプ地との間を少し離してね。ダンジョンだったらキャンプ地は安全を確保した小部屋優先、次は前後を塞ぐことができそうな通路、大部屋なら角とかね。そういう地形を利用するわよね。それでトイレは近くの布なんかで目隠しを用意できそうな場所を強引に使うか、安全を確保できそうなら近くの行き止まりを使うか、最悪部屋の角と角を使い分けて我慢する方向ね」

部屋の角と角って、泣きそう。

音と匂いをごまかす魔法とかないんか。あるにはあるのか、でも万能ではないし誰でも使えるものでもないと。それはそうか。

「だから男女混合パーティーは難しいのよね。きちんとわかっている人なら配慮もできるのだけれど、どうしてもね、気が利かないというかわかっていないというか、わかっていてというか、配慮できないしない人はいるからね。理想は女性だけとかで組みたいけれど、戦力バランスが取れなくなる場合が結構あってね。防御が専門の前衛とか斥候職とかはどうしても女性は少ないから混合になることの方が多いのよ」

そういう問題もあるのね。そうか付ける職業に性差があるのか。まあ女性の盾職より男性の盾職の方が安心感はあるかもだしね。

斥候に女性が少ないのは良くわからん。イメージの問題かな?

「中には何でも消化できるスライムを甕に入れて持って行くっていう強者もいるわよ」

それだろうなあ。携帯型トイレ。パーテーションと簡易トイレ、中にスライム待機とか。用意すればウケは良さそう。

「わりと切実な問題ではあるから、解決策を用意できればそれだけで引く手あまたよ」

やっぱり重要な問題なのね。

男性ばっかりのパーティーならともかく、ともかくか?それでも問題にはなりそうだけれど、女性だと特に問題になりそうだものね。女性同士でもやっぱり気を使うし。

「叔母様もやっぱり苦労されました?」

「当たり前じゃない。それでも私は肩書きがあったし、ベルナルド兄様と一緒だったから配慮してもらえただけだいぶましだったと思うわよ」

だそうですよ。

ダンジョン内に安地とか水場とかトイレ利用できそうな場所を作るとか、あとは簡易トイレの計画も進めましょうね。

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