第31話
翌日、キャンプのあれやこれやを片付けたわたしたちは、昨日川の上流部を確認した場所まで移動、そこからは別荘の方へ向かって森の中を進むことになる。
すでに2号ちゃんがダンジョン化した森になっているので、進む場所の安全は確保されている。それでもダンジョンの形を変えて歩きやすくするとかのずるはせず、あるがままの森の中を進むのでこれが大変。
それに左手、山側はダンジョンではないので、そこから大型の獣や魔物が現れたら対応しなければならない。
叔母様は剣を片手に枝葉を払いながら前進、わたしは落とした枝を適当に切った杖を使って進むことに。地形はガタガタだし岩だ倒木だで非常に進みにくい。場所によっては大きく迂回する必要も出てくるしね。
それでも動物や魔物に襲われることはなく、太陽が頭上にさしかかる頃までは無事に進むことができていた。
様相が変わったのは昼過ぎだった。
小休止を経て前進を再開してすぐ、左前方、ダンジョン外。ガサガサっという葉ずれの音とババッと飛び立つ数羽の鳥。
まだだいぶ先なのでわたしたちに驚いたのではないと思う。
何かいる。ネズミかウサギならば良い。もしかしたらもう少し大きい動物という可能性もある。ただしずっと大きい動物、シカやイノシシ、オオカミ、クマ、これは良くない。そしてもちろん魔物の可能性もある。
叔母様の指示を受けて太い木の陰に隠れるようにしてしゃがみ込む。その叔母様は荷物を降ろし、盾を構えた状態で荷物の中から長細い筒を取り出した。単眼鏡。前方の状況を確認するために使う道具。
「ダメね、さすがにここからでは確認できない」
小声で言われる。
「少し待って、音がしないようであれば一つ先の木まで移動するわ。盾は構えておいて」
うなずいて了承。左腕は盾を持った上で自由に動かせるように、そして右手は杖をしっかりとにぎり直す。音はしない。叔母様は自分の荷物を剣を持つ方の手で持ち上げると盾を構えた状態で前へ出る。わたしもそれに続く。頭は上げないように。盾と荷物で身を守れるようにして木陰から木陰へ、素早く落ち着いて。
木陰へ入った、と思った瞬間、先ほどよりも少し近いところでガサガサっという音。叔母様は荷物を落として剣を構える。わたしはとにかく姿勢を低く。
ここで待て、というように叔母様の左手が動く。そしてその手は盾を持った形で木陰から先へ――
ガンッっという激しい音。何か近くにいるのか――、叔母様は盾を左側に抱いたまま待つ――、ガンッカンッという音が続く。
「石ね。投げられている。これは動物ではないわね」
魔物か。
『ダンジョン内に引き込みましょう。後ろの木まで下がる形で』
おっけーよ。
「叔母様、少し下がりましょう。追って来るようであれば2号ちゃんの範囲に取り込めます」
「わかったわ。先に行って」
わたしは荷物を背負っているので背後からの軽い投石程度なら問題ない。後ろの木の場所を確認、そこへのルートを確認。中腰状態に移行してささっと動く。ささっと動けたと思う。木陰に入る。よし。
わたしの移動を確認すると、叔母様も盾を構えた状態で木の陰に体が入っているように移動を開始、的を失った投石がそれて地面に落ちる。
「これであの木のもう少し向こう側ですけれど、近寄って来てくれたら良いのですが」
「安全は確保できるということね」
「はい。いざとなれば2号ちゃんが排除できます」
探るような投石がトンッと近くに落ちる。右、左、右。投石が止まるとガサガサッという音。動いた。
『2号ダンジョン内に侵入を確認。ゴブリンです。現在確認できる数は2体』
ゴブリン!
初めての本格的な魔物だ。数多の小説、マンガ、アニメ、ゲームに登場してきた超有名な魔物。果たしてこの世界では。
「ゴブリンのようです。数は今のところ2体ですね」
「ゴブリンか。どうする?倒せるわよ?」
どうするとは、そう、そうね。倒せるのであれば、体験するべきなのかもしれない。
「田舎であればあるほどゴブリンには遭遇する。1対1であれば子供でも倒せる程度の魔物よ、頑張って」
頑張ります。
荷物を降ろして盾を構え直して、えー、鉈はやめよう、刃物は怖い。クラブだね、手に取って構える。
「いいわね?ではわたしが右側に出て確認するから、ステラは待機」
言うなり、叔母様は盾に身を隠すような姿勢で木の右側に踏み出す。
盾に石の当たるガンっという音。
グーとかガーとかギャーとかいう大きな音が聞こえた。ゴブリンの声か。こちらを威嚇するように激しく鳴く。
「4!左から回って木2本分前!一番後ろを!」
了解、行きます!
ぐっと足に力を込めて踏み出す。木の左側に回る、正面にゴブリンは見えない。すべて叔母様の側に釣られているようだ。
邪魔される前に一番後ろ側へ急ぐ。木1本、通り過ぎる、右手にチラリとわたしと同じ背丈っぽい深緑色をしたものが見える。たぶんゴブリン。手にクラブを持っているのか、振り上げて前方をにらんでいる。腰蓑っぽいものを付けているのか腰回りは茶色っぽい。
ドンという激しい音、何かが落ちる音、ゴブリンの泣きわめく声が激しくなる。
木2本、その手前右側にもゴブリン。こいつは何も持っていないっぽい。そして腰蓑も付けていない。素っ裸じゃん。
通り過ぎる。見えた、最後列のゴブリン。ぐるっと体を回して盾を正面に持ってきたら、突貫。ゴブリンの顔がこちらを向く、大きな口に牙のようなものが見える、近い。
接触する前に頭を狙ってクラブを思い切り振り下ろす。
相手は石を投げていた個体か、その腕が下がっていて防御態勢すら取れていない。ゴスっというにぶい音と手応え。ゲーというような声が間近で聞こえる。
倒れない!
わたしの力では一発では致命傷にならなかったのか、激しくにらむ視線と目が合う。
考えるな、次。相手の腕が上がってくる前にもう一発、肩口に当たった、でも浅い。
『前へ一歩』
はい。
『左手、盾を左側へ払うように突き出して』
はい。
『さあ正面が空きましたよ』
行きます!
腕を振り上げて思い切り振り下ろす。
避けようとしたゴブリンの、先ほど一発当てた肩口にもう一度入る。腕がだらりとたれる。これでこちら側は守れないはず。もう一度振り上げたクラブを今度は斜めに首の辺りめがけて振り下ろす。強い手応え、振り切る力に押されて相手の体が崩れる。
『とどめを』
そうだ。とどめを。
ゴブリンと目が合う。顔の真ん中をめがけてもう一発、思い切り。悪いわね、こっちも必死よ。
『お疲れ様でした。戻りましょう』
おっけー。はー、疲れた、疲れたわよ。
やっぱり生き物を殺すのって大変なのだわよ。それは相手も必死だものね、そう簡単にはいかない。
視線を上げるとすでに3体のゴブリンは倒し終えていた叔母様がこちらを満足そうに見ている。
「お疲れ様。大丈夫だろうとは思っていたけれど、どう?」
「大変でしたよ。殴っても殴っても倒れてくれないのですもの」
「そうね、殴る力も足りないし、殴り方も良くない。相手も死にたくはないから抵抗してくるし、こういうものよ」
そうなのよね。殴っても効いているのかどうなのかレベル。
「知識を付けて、練習をして、経験を積む。それしかないことよ」
よっくわかりました。
不意打ち気味に思い切りの一発を頭にぶつけて倒せない時点でね、ダメよね。
『クラブ+100だったら一撃だったかもしれません』
それもありね。
「どうする?解体もやってみる?」
「ゴブリンも解体するのですか?あまり売れそうに見えませんが」
「魔石が胸のところにあるからそれを取るだけね。あとは討伐証明が欲しかったら耳を切り落とす。ゴブリンは素材としては売れないから、その程度よ」
「わかりました。それくらいでしたらやってみます」
叔母様がわたしを倒したゴブリンを運びに行っている間に、わたしは荷物から解体用に用意しておいた包丁を取り出す。
えーと、ゴブリンの耳をまずは落とすのね。どっちでもいいのかな?適当に左耳を摘まんでちょん。簡単に切れました。
「そうそう。そんな感じでいいわよ。ゴブリンの耳なんて適当で大丈夫よ」
「そうなんですか?」
「お金になるのならともかく、ゴブリンの耳だからね。ギルドでも端金との引き換えで、引き換えが済んだらゴミ行きよ」
「あ、ゴミでしたか」
「そ、ゴブリンは人は襲うし作物は荒らすしでろくな魔物じゃないからね。数が多いし倒して欲しいのは山々なのにお金にならないから放置されてしまってね。せめてもということで多少のお金と、多少の実績にはなるように決まっているの」
なるほど。
そしてそんなゴブリンがこの森にも出ると。
胸の中というのがどの程度なのかわからないので、慎重に胸に包丁を入れて切り開いてみたけれど、一度解体場で見ているからかな、そんなにグロく感じない。
それでも血が結構流れるから、これは手早くやらないと汚れてしまうわね。
ちょちょっと胸を開いていくと、たぶん肋骨の間かな、そこに埋もれるようにして薄い灰色をした石を発見。これが魔石か。丁寧に取り出して陽に透かしてみると、以外と光を通して綺麗に見える。
『初戦果ですね。記念に取っておきましょう』
えー、ゴブリンだよ。そこまでしなくてもいいって。
『2号に似合うケースを用意させておきます。今は布でくるんで大切に保管しておきましょう』
なんでそんなに熱心なのよ。ちょっと照れる。
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