第30話

準備が整ったところでいよいよ西側の森を探索する旅に出ます。

今回は1泊か2泊を予定しているので叔母様も背嚢を背負う。それぞれに自分用の水筒とハンモックと蚊帳。叔母様はそこにターフとロープ、ランタン、焚き火台と調理用の金串と鉄板。自分用の予備の装備品。それから嵩張る瓶詰めのキャベツの塩漬け。

わたしもランタンは持って、それから包丁2本と鉈、ヤカン。乾パンとジャーキー。

朝だけはキアラさんにご飯を用意してもらってしっかり食べて、お見送りを受けながら出発。まずは前回お昼休憩を取った場所まで進んで、乾パンと、水筒から牛乳飲むだけの簡単なお昼をとったら、いよいよ先に進む。

地図がおおよそで良いから間違っていないのであれば、まだ陽があるうちに森の端を確認できるはず。そこで泊まって、帰りはそこから森の中を進むことになる。端まで行ってしまえば2号ちゃんの範囲を広げられるから、帰り道の安全だけは確保できるからね、心配はそこまでしていない。

とにかくわたしの足でどこまで歩けるか、森歩きができるかが肝心よ。


「あなたの用意した乾パン、おいしいわよね」

うん、これも実は高評価。まあね、ギルドで買ってきてもらった堅パンはわたしには食べられたものではなかったからね。

乾パンならそこまで固くはないし、実際普通においしいからね。

お昼にはその乾パンと叔母様はワイン、わたしは牛乳を飲んで終了。日差しを遮るものがないし、今回は経験だと思ってひんやりスライムさんも用意しなかったから、炎天下の行軍になる。頑張ろう。


装備を確認、背嚢を背負い直してさあ出発。地図を見るまでもなくまっすぐ、ただ道沿いに歩くだけなのだけれど、太陽の日差しと重い荷物で大変よ。

水分を取りましょうと言われて水筒から牛乳を飲むこと3回、まだずっと先の方ではあるけれど、道沿いにずっと連なっていた木が途切れるのかな、というところが見えてきた。

「よし、地図を確認して。地図上だと森はここまで、そしてあの、木が途切れているところがこことして、どう?そこまで地図と違わないわね。それから道の反対側も確認。この山があの山ね。こちらは少しずれがある気もするけれど、まあ許せる範囲でしょう。一応説明しておくと、あの山が木材の産出地になっているわね。セラータでは主要産業の一つよ。木炭も作っている村があったはずだから、そういうのも向こうの山の方ということになるわね」

なるほど。セラータ地区は流通拠点のティベリスの町と、その周りにある農業、林業の村がいくつかっていう形だそうだから、人里にたどり着くにはまだまだかかるのね。うん、思ったよりもミルトからの距離がある。

木が途切れて見えていたところまで進むと、道は緩やかに下り始め、森は確かにここまでと言ってよいと判断できた。理由は簡単だった。山裾の方向からは川が流れてきていて、その川によって森とそれ以外とが分断されていたのだ。

森は川沿いに上流方向へ広がり、川を挟んだ対岸は木はまばらになり、そのほかは草原。少し進めば恐らく人の営みが見え始めるのだろうと思われた。

「ここまでと言ってよさそうね」

「はい。地図、間違っていませんね。川は書いてありませんが、地形は似ているような気がします」

「そうね。ここに川を書き込めば使えそうな地図になっているわね」

森は川ぎりぎりまでせり出しているわけではないので、恐らく安全を考えてその辺りの木は伐採したのだろうと思えた。

「この川を上がってみますか?」

「そうね、それで川沿いで今日は一泊しましょう」

おー、水確保だ。沸かして飲めるよ、やったね。あ、釣り道具持ってきていない。まあ地図見ただけでは川があるとは思えなかったし、残念。

さて、2号ちゃん、ここまでは大丈夫かな?


『2号ダンジョンの範囲が拡張されました。キャンプ地を確保したところで等高線を書き込めると良いのですが』


そうね。山の始まりを決めたいものね。あそこから土地が上がっていると思える場所を見つけましょう。

川沿いに北上を開始。川幅は10メートルくらいかな、流れてきたのであろう岩や流木がちらほら見られる。ちらほらということはそこまでの流れの激しさはないのだろうか。山までもう少しという地点なのだから上流部といって良いと思うのだけれど。

森と川との間が狭くなるかなという辺りまで来たところで、川はくいっと右斜め前方へ曲がり、その地点まで進んだところで森と川との境界線は無くなった。岩や流木もはっきりと増え、川沿いに歩いて上流を目指すことは難しいとわかる。

「どうしましょう。キャンプをするのならこの辺りで良さそうではありますよね」

「そうねえ。うん、時間はまだ大丈夫そうだし、もう少しだけ上流を確認しましょう。できればあそこ、わかる?川が今度は左の方へ曲がっていそうじゃない。あそこを見たいわね」

おっけーです。行きましょう。

叔母様はわたしの背嚢から鉈を取り出すと今度は森の中に立ち入り、木の枝や下草を払いながら左手の川との距離を確かめるようにゆっくりと前進を開始する。

わたしはその後を追いながら、岩や倒木を避けたり乗り越えたり。やー、急に大変になりましたよ。そうか、明日はこういう行程がずっと続くことになるのか。

周囲にはザワザワという葉ずれの音が響き、時折鳥の鳴き声や、ガサッという獣が移動するような音が聞こえてくる。

慎重に進んでいるとザーザーという水音が大きくなってくる。

やがて川が左方向へと曲がる地点にたどり着く。なぜかなと見ると、どうも大きな岩というか岩肌が見えて、たぶん岩盤にぶつかっているのね、そこで曲がることになる。どうもそういう地形になっている場所。そして川の先の上流の方を見れば、そこに何段にも分かれた滝があった。

「いいですね。もう少し近づけたら気持ちよさそう」

「そうね、でもここまでにしましょう。これ以上近づくのなら、こちら側ではなくて対岸、あちら側からの方がよさそうよ」

そうなのよね。こっち側、完全に森。

反対側、対岸はさっきまでまだ木がまばらに見えたし、たぶん距離も近くまでたどり付けると思う。

「あの辺りを少し切り開いて歩く道を作ったりキャンプ場を作ったりしたらお客さん呼べそうですよ」

「んん?お客さん?何?何のための?」

大疑問だった。そうか観光地っていう発想は出てこないか。

まあそうよね、危ない動物とか魔物とかいるものね。でもさ獣避けを毎日管理する人を常駐させたら行けそうじゃない?とか観光地の存在に慣れた元現代日本人は思ってしまうわよね。滝ってありがちじゃない。

「さあ、今日はここまでにしましょう。戻って川沿いに今日の居場所を作るわよ」

了解です。ここまで登ってきてあそこに川。うん。山っぽい。


『ここまでの地形を地図に反映させました。等高線も引けそうですし、充分でしょう。2号ダンジョンの拡張も済ませましたので帰りは等高線を意識して歩いていただければ』


おっけー。これで帰りの安全は確保されたし、どこかで罠猟もしたいわね。


『今のところ魔物の存在は確認されていません。動物でもシカが一頭、ちらりとかかっただけですぐに範囲外に出てしまいましたから、この森に大型の動物は少ないのかもしれませんね』


ふむ。シカ、イノシシもいないのならさらに安全よね。大型の動物に突っ込まれるのは5歳児には無茶だものね。

とりあえず今日のところはここまでとして川沿いの開けた場所に戻ったら、河原にまばらに木の立っている場所を見つけたので、そこにハンモックを設置。街道沿いで橋もすぐそこにかかっているし、この辺は管理されているのかな。背の高い草も刈られていて雰囲気は完全にキャンプ場。

ハンモックとハンモックの間に収まるように焚き火台を置けたので、向かい合ってハンモックに腰掛ける形でたき火にあたれるよ。

周囲に念のための獣避けも置いて今夜の居場所は完成。

水を汲んできてヤカンで沸かして、あー、ゴミとか漉したい。漏斗に砂利を敷いたら簡易濾過器にならないかしら。


『荷物の中に漏斗がありますよ』


さすがコアちゃんわかってる。

漏斗の口のところに川の水で良く洗った細い草を詰めて、その上に洗った砂利、その上に洗った細かい石と加えて出来上がり。層が薄すぎてあんまり効果がないだろうけれど、ゴミは一応取れるでしょう。それをヤカンの上に載せて水を注げば大丈夫じゃないかな。

焚き火台には叔母様が火を熾してくれていたので、さっそくヤカンを乗せて湯を沸かす。

沸くまでの間に食器にザワークラウトをどかっと入れて、あとは燻製肉をあぶって食べよう。うーん、これは完全にキャンプ。楽しいわね。


『安全を確保してあるからこそだとお忘れ無く』


はーい。

叔母様からもこれはちょっと快適すぎるかもしれないと言われてしまった。

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