第29話
さあ盛り上がって参りました。
解体用にと用意した包丁に活躍の舞台がやってきたのです。
久しぶりに馬車に揺られてミルトの町へ。冒険者ギルドで魔物の解体を見学できるんだってことでね。包丁構えていよいよこれの出番がって言ったら見るだけって言われてがっくりしたけれど、一応持って行くわよ。もしかしたらやってみろとか言われるかもしれないじゃないね。
今日の同行者は叔母様とお兄様。
お兄様も興味があるらしくて、建前としてお兄様が叔母様に頼んで、わたしはただの同行者らしいよ。あのスキル無しのっていわれるよりもお兄様が申し込んで同行者がいるだけっていう扱いの方がいいだろうって。
おお懐かしのミルトの町よっていってもわたしが知っているのは教会までの通りくらいなのでよくわからない道を通って、ここがそうよって言われた場所で降りただけ。
「僕も冒険者ギルドは久しぶりだ。登録はまだできないけれど、見学だけはさせてもらったんだ」
お兄様は楽しそう。ベルナルド叔父様から色々教わっているものね。
キャンプの話にもノリノリだったし、こういうの好きなのね。ハンモックも結局一晩堪能したみたいだしね。
「さあ受け付けへ行きましょう。あそこね。言えば裏の解体場へ案内してもらえるわ」
はーい。
右手に並んでいる受け付けの、総合案内って書かれたところへ一緒に移動。
ちなみに左手には控え室というか冒険者の待機場所というかがあって、今の時間はがらんとしている。時間によってはすごい人になるらしいよ。あと夜の時間はお酒と軽食も出るんだって。
で、わたしたちは案内のお姉さんに連れられて解体場へ。エプロン付けた厳ついおじさんが腕を組んで迎えてくれた。
「今日はよろしくお願いします」
「おう。解体の見学がしたいってやつは少ないが、これもいい経験だ。しっかり見て行けよ」
「はい。今日は魔物ですか?」
「ああ、ジャイアントラットだな。まあでかいネズミなんだが、ネズミとは違ってこいつは魔石を持っているからな。あとは鑑定にかけて問題なければ食肉にもなる。ああ、さすがに洗浄は済ませてあるが、現地でやるときは水場で良く洗うか水魔法で洗うかせんとダメだぞ」
見た目と違って丁寧な説明。お兄様も真剣に見ている。
目の前におかれたでっかいネズミがジャイアントラットね。ほんと見た目は完全にただの大きいネズミ。
「まずはこの部分、わかるか。傷を入れて血を抜く。首にロープをかけて吊り下げてな。俺は解体スキルの放血ってのを持っているからな、それで済ませるぞ。
次は内臓だ。腹のこの辺から股にかけて切り開いてな、気をつけろよ、内臓を切っちまうとえらいことになる。それとな内臓を取り出すときには、ここ、肛門につながっているのがわかるか。ここを縛っておけ。放っておくと漏れる。えらいことになるぞ。
よし、いいな。ちっと洗うぞ。肉を冷やす必要もあるからな。
まずは邪魔な手と尻尾だな、こいつは切り落とす。これをやっておかんと皮がはがれにくいからな。次に頭の、ロープの下、この辺に切り込みを入れる。
さて、ここからは力仕事だ。切り込みを入れたところから皮をはいでいくぞ。手でな、こう力をぐいっと入れて。はがれにくいところは肉との間に刃を入れて、気をつけんと皮がやぶれるからな。丁寧に。
よし、はがれたな。足もな、腿の部分の肉は結構食いでがあってな。そこまでは皮をはぐんだ。下の方はまあ食えんから切っちまってもいい。どうだ、わかったか?」
ひょえーだわ。想像はしていたけれど想像通りというかなんというか。
覚悟はしていたから結構いける。内臓取り出すところまでがグロだったわね。取ってしまえば肉の塊っていう感じ。
このためにキアラさんに普通サイズのハトを捌くところは見せてもらっていたからね。
お兄様も興味津々で、いいんじゃないでしょうか。
「あとはこいつを部位事に分けていく。頭を落として、腕の付け根、脚の付け根、な、骨の関節の部分を狙って刃を入れていくと割りと簡単にな。それでジャイアントラットの魔石なんだがな、頭を落としてあるからわかりやすいだろう。ここ、首の骨のここだ」
指し示された頭を落とした後の首の骨の付け根の辺り、張り付くようにして薄い黄色っぽい、宝石のようなものが見える。
「こいつが魔石だ。魔物によって色や大きさが変わる。ジャイアントラットは薄い黄土色だな。この大きさのこの色の魔石を見たらジャイアントラットだと思えばそう間違えん。取り出すときには気をつけてな。傷が入ると価値が落ちる」
なるほど、勉強になります。
「お疲れさん。解体の手順としてはこんなもんだ。あとは経験でどうにでもなる。お、鑑定結果は問題なしのようだな。こいつのモモ肉を持って帰っていいぞ。見学者へのサービスだ」
やったー、今日は焼き肉だねっ!
せっかく持って行った包丁は出番が無かったし、お兄様もわたしも平気な顔をして見学していたのが叔母様的には不満だったそうだけれど、試しに焚き火台で火を焚いて、鉄板で焼いたラット肉の焼き肉は塩コショウしただけでも充分な美味しさで満足でした。
問題になったのはお兄様のお迎えついでに来たお母様だった。
食べ終わって片付けをしている最中だったからね、仕方がないね。まあね、今でも肉の焼けるいい匂いがしているけれどね、もう片付いてしまったからね、仕方がないよね。
「もう食べ終わってしまったのですから、仕方がないでしょう」
お兄様の言葉が正論だけどね。
お母様は顔を覆ってどうして、どうしてと言うばかり。
「何か楽しいことをするときには連絡してほしいわ」
そうねえ、これからは1号ちゃんに伝えてもらうくらいはしようか。
『そうですね、毎回こうがっかりされるのも申し訳ありませんし』
ね。それで来られない間に合わない時は諦めてもらいましょう。
「今度からは1号ちゃんを通して連絡するようにしますね」
「そうしてくれる?残念だわ。ね、何かほかにないの?」
「ほかですか。保存食を試したくらいですよ」
ジャーキーと、ピクルスと、ザワークラウトと。ドライフルーツは叔母様が持って行ってしまったな。個人的な好みで身欠きニシンだしちゃえ、それからアンチョビだな。この辺では植物だと菜種か大豆の油が主みたいだけど、オリーブオイルもあるのだ。
ほいほい出して並べてみたら早速ジャーキーをかじっていた。
「ん、固い。しょっぱいわね、これ」
「まあ塩を塗って乾燥させた肉ですからね。こっちの白い肉、ニワトリですが、これの方が食べやすいかもです」
「どれ。ん、これね、そうね、こちらの方が食感も良いわね。ね、これを食べやすい大きさにしたらサラダに良さそうじゃない?」
「いいと思います。鳥のジャーキーを細かくしてザワークラウトと和えましょうか。ハムかベーコンの方が相性は良いでしょうけれど、ジャーキーでもまあいいでしょう」
包丁でちょいちょいとジャーキーを刻んで、ザワークラウトと混ぜ混ぜ。味が足りなかったら塩コショウでいいでしょう。
「あら、いいわね。キャベツの酢漬け?」
「塩漬けなんです。酸っぱいですけれど」
家では保存食ってそんなに出ないものね。リッカテッラ州は農産地で麦以外の野菜も豊富なのだ。
主に採れるのはカブとかズッキーニとかトマト、リーキ、ビーツ。葉ものもあるね。ん、考えてみたらキャベツはそんなにだったか。まあ無いわけではないし、いいでしょう。
「ね、思いついたのだけど、転送ポータル?あれで料理は送れないの?」
え、それはどうでしょう。考えたことなかったな。
「聞いたことがないですよ。そもそも転送の使用料が高くて料理を送るなんていう発想は出てこないでしょう」
「そうねえ、許可がないと使えないものをわざわざ料理で使うなんてねえ」
お兄様も叔母様も否定的。それはそうか。
『生きているものは送れないという設定はお聞きしましたが、料理は生きているのか死んでいるのか、どちらでしょうね』
おっとコアちゃんはそう否定的でもないのね。
そうか生きているものは送れないという設定があったね。まあわたしのダンジョン間だったら生きていても送れるでしょうけれど。
『そうですね、1号と2号の間でしたら特に問題はないでしょう。私の方で設定を見直してもそのような記述は一切ありませんでした』
ね。わたし、最終的には自分の移動用に考えていた仕組みだものね。
でもまあ生きているものはダメっていうところは押しておいた方がいいかな。
「ここと1号ちゃんとの間で完成品を送る分には可能だとは思いますが」
「そうなの?食べ物って送れるものなの?」
「加工済みの食品ですからね。生きてはいませんし」
「それなら何か面白い物作ったら私にも送ってくれないかしら。ね、試しに今何か送っておいてくれない?帰ったら確認してみるわ」
そうですねえ、ドライフルーツを少し送ってみましょうか。あれも生きていないと主張できるでしょう。
試しに送ってみたらちゃんと届いていたそうで、リンゴ、イチジク、ブドウ、どれも大変に喜んでもらえましたとさ。
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