第27話
胸装備、よし。
腰装備、よし。
腕装備、よし。
脚装備、よし。
最後に革製のヘルメットに首を守るための垂れのついた、頭装備をかぶって、顎紐を縛って、よし。
背嚢には今日のお昼と水筒。後はかさ増しで布を適当に詰めて、叔母様の予備の武器兼枝払いや草刈り用の鉈をくくりつけて、よし。
わたし用の武器である木剣を腰に下げ小型の盾を腕に取り付けたら完成。
「準備できました」
「確認したわね。うん、うん、大丈夫ね。ここで失敗していると最初から気分が盛り下がるからね、大事よ」
叔母様も自分用の装備を身につけて、腰には本物の剣、背中には盾を背負っている。自分用の荷物は腰ベルトに取り付けたポーチに収まっているのだそうだ。一泊以上の旅であれば自分も背嚢を背負うんだって。
今日、いよいよわたしは冒険者装備を身につけて旅に出ます。
とは言っても道沿いに半日歩いて折り返すだけの日帰り旅なんだけどね。それでもこうしてそれなりの装備をして荷物を背負ってって、ちょっと興奮するわね。
「それじゃ出発しましょう。今日は道を歩くから楽だし、日帰りだから荷物も少ないけれど、それでも第一歩よ。頑張りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
大きく手を振るキアラさんに見送られながら別荘の敷地から林道へ。この道は固く平らにしてあるから比較的歩きやすい。いつも訓練で歩いているところだしね、ここはさくさく行きましょう。
森を出ると左右に伸びる中央街道。ここに立っている領主家私有地立入禁止の看板を越えるとダンジョンから抜ける。2号ちゃんの監視からも外れてしまうので注意が必要になってくる。
「さ、ここからよ。地図を出して」
指示を受けて荷物を下ろし、地図を取り出す。最初から出しておかずにここで出すのも、出し入れの練習だね。荷物を開ける、物を出す、閉める。
地図は測量したわけでもない簡易なものだけれど、それでも街道の形やそこから分かれて伸びる道の場所、沿って広がる森の形がおおよそわかる。
「今はここね。左に進むと大曲があってミルトへ。右へ進むとティベリスの町ね。私たちは森に沿ってティベリス方面へ向かうわ」
「地図と実際とだとやっぱり距離が違いますよね。左、大曲がそこなのに、地図だともっと先みたいですものね」
「それはそうね。テッラだと市街地や農地の問題で測量が必須だったから正確な地図も作られたけれど、セラータではね。機会が無いまま今に至るはずよ。イレーネ姉様がうまく説得して測量を始めてもらえたら良いのだけれど」
そうなのよねえ。こうして道まで出てきて森はどこまでかなって見てもよくわからない。西側はそこまで広くないはずなんだけど。さらに数倍の広さがあるはずの東側を全部歩いて確認するのはきついよ。
「今日は仕方がないわ。西側の森はこの地図を頼りにするしかないのだから。現在地が確認できたということで、地図を見ながら前進ね」
地図を見て、周囲の確認をして、現在地を確かめながら道を進む。
道沿いはある程度は木々が間引いてあるし下草も刈ってあって、森の中を多少だけど見通せるようになっている。動物や魔物がいるかどうかは安全上大事なことなので、人の行き来がありますよ、人の手が入っていますよというのを知らせる意味でもやっているのだそうだ。
この道は王都からまっすぐに北上して、山にぶつかったこの場所で西へ曲がり、そのまま他国へ至る重要な街道なので、警備の人たちが行き交うし、商人や旅人も多いのだ。
実際、歩き始めたばかりのわたしたちの横を馬車が走って行ったり、馬に荷物を載せた人が歩いて行ったり、道ばたでは荷物を降ろした人が休憩していたりといったところに出会っている。
わたしはこういう生活を感じられる場所に来ることの方が珍しいので興味津々で見回しているけれど、叔母様は特に関心は無いらしくてさっさと行ってしまう。
通りすがりに挨拶とかは?と思ったけれど、街道はそれなりに安全な場所でしかなくて、顔見知りでもなければわざわざ挨拶なんてしないそうだ。
まあね、さも善い人のように挨拶しながら近づいて、急にグサーとかやられる危険だって無いわけではないのよね。
だから休憩する人も安全確保のための道具を使ったり、装備でガチガチに固めていたり護衛の人がいたりとかするものなんだって。
さっき一人で座っていた人も実際には周囲に四角い箱が置いてあったから攻撃をしかけると防御魔法が発動するねって言ってた。そんなものがあるのか。
背中に荷物を背負っての長距離歩行は思いのほか疲れる。
道は石畳で歩きやすくなっているとはいっても、わたしたちは通行の邪魔にならないようにそこから外れもするし、固い路面のせいで衝撃が結構強かったりもするしで大変なものだった。
叔母様に指示されて腕を組んだり腰に手を当てたり肩紐を引っ張ったりと楽な姿勢を探しながらの歩行になった。
この荷物を背負っての歩行の訓練というのはギルドでポーターの講習を受けることができれば学べるらしい。らしいというのは、そもそもポーターを専門にする人は少なくて、そうすると講習を開く用意のあるギルドも少なくて、ということで。なんと我がリッカテッラ州には無いそうな。
「それにしても暑いですね」
思わず愚痴がこぼれる。
今は初夏ということもあって、昼近くともなれば日差しがそれなりに厳しい。
しかもしっかり服を着込んだ上での皮鎧だから蒸すのよ。背中なんて汗でびっしょりな予感しかしない。
「そういえば日差しの下で鎧を着てというのは初めてだったわね。今までは森の中で日差しもそこまでではなかったし、涼しかったから」
「そういえばそうですね。考えていませんでした」
「真夏に炎天下の長距離移動は死ぬほどの厳しさだというわよ。森の中で獣の心配をしながら進んだ方がましでしょうね」
やっぱりか。これはわたしは皮装備すらやめて布装備を希望しよう。そんなものがあるのかどうかは知らないけれど。
ぴこーん!
超小型ひんやりスライムさんとかいいんじゃ!スカーフとかの布でくるんで首とか腰とかに結ぶ!どうよ!
『よろしいのではないでしょうか。確かに日差しの下での活動まで考えていなかったことは失敗でした。布装備も検討しましょう』
そうよね。水とかご飯とかは考えたけれど暑さ寒さまではね。やっぱり実際に体験してみると違うわ。
そうだ、地図の方はどう?うまく描けている?
『はい。今のところ順調です。やはり元の地図との差異は大きいようですね。マスターの見た範囲で補正を掛けていますがだいぶずれています』
そうかあ。それはそうだよね。入り口のところであれだもの。
実際に自分の目で見ることで縮尺だとかずれだとかを補正して、測量したものに近い地図を作ることで範囲を確定しようという試みだ。
わたしと2号ちゃんとを結んだ直線を一方の境界線として指定できればダンジョン化が簡単になるからね。
「上を見て」
叔母様からの指示で頭上を見上げる。太陽が真上。お昼だろうか。
「今がちょうどお昼頃ね。今日はここまでにしましょう」
言われて道の先を眺める。
「まだ先は見えませんね」
「そうね。森の端にたどり着くにはもう少し。一日歩けば端まで行けるといったところかしら」
丸一日かあ。2、3日かけての西側攻略になるということよね。
「今日の結果をもって2日か、あるいは余裕を見て3日か、計画を立てましょう。次は森の中を歩くことになるから大変よ。さ、森の中も体験しておきたいから休憩はそこから入ってにしましょう」
道の脇、木々の間を抜けて森の中へと立ち入る。
急に人の営みの空気から風と葉ずれの音、鳥の鳴き声で満ちた森の空気に変わる。振り返ればまだ街道が見えているというのに。
「荷物を降ろしたら鉈を出して。それで周囲の枝や下草を刈って場所を作るわよ。今日は万全を期して獣避けを焚きたいから、火を熾しましょうか」
太い木の根元に荷物を降ろし、くくりつけてあった鉈を取り外し叔母様に渡す。叔母様がバッサバッサとその辺の枝や草を払って安全にたき火ができるだけの場所を確保する。
わたしは払われた枝をたき火用に拾い集めたり、獣避けや用意しておいてもらった昼食を準備する。
「火をつけるのもやってみる?これが火打ち石ね。これが火口にするわら束。わら束と石を持って、火打金を石に打ち付けて火花を飛ばすの。火が付いたら軽く息を吹きかけて、そうそう。炎が出たらこちらへ置いて」
言われるがままやってみる。
火は簡単についたのだけれど、炎をおこすのが怖い。ひー。こちとらキャンプすらやったことのない引きこもりっ子だぞ。
それでもどうにかこうにかたき火ができると、獣避けをその火の中に放り込む。燃えている間に発生する匂いや煙に意味があるのでこれでいいらしい。今日のはそこまで気になるような強いものではないみたいで、クンクンしてみたけれどほんのり青臭いような煙い匂いがしたくらいね。
お昼はサンドイッチ。ハムと酢漬けのキュウリよ。調味料は無し。塩こしょうとかマヨネーズとかマスタードとか欲しいところ。水分は水筒から牛乳をカップに移して飲む。直飲みは禁止って言われた。
『ノッテの森の拡張に成功しました。これで今後の計画が立てやすくなります』
大丈夫だろうとは思っていたけれど、良かった。これで帰り道は安全ね。
『現在のところ森の中には鳥類とウサギ、ネズミの出入りが確認されています。巣は無いようですが今後の拡張で見つかるでしょう』
やっぱり屋外型ダンジョンは可能だったということよね。
森テーマのダンジョンか。天井は木の高さかな。
『そうですね。そして立木、倒木、石や草等はダンジョンのオブジェクト、設置物という判定になっています』
おっけーよ。今日の目的は完全に達成されたわね。
明日から叔母様と相談しながら日程を決めて西側を完全に確保。それから北と東に手を伸ばしましょう。
うん。森ダンジョン。想像はしていたけれど、これはいじりがいのありそうなものを手に入れることができたわ。
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