第26話

その日はわたしが押し倒されるという衝撃的なできごとを最後に日常に戻り、テラスで昼食を食べて一休みしたところでお母様、お兄様、キアラさんは帰って行った。

これであとはわたしと叔母様の二人だけになる。

武器防具は片付けて、お風呂で汗と汚れを荒い流す。先にキアラさんに薪を焚いてお湯を沸かしてもらっていたけれど、少し薪を足してそれからだから結構な手間がかかった。でも水で済ませるのはつらいのよね。やっぱりお風呂なのよ。

あとこれシャワーも欲しいね。

うーん、湯沸かし器設置しちゃう?

シャワーも壁に付けてしまえばいいよね。うん。要検討。


その後は叔母様と明日からの打ち合わせ。

一応午前中は運動とか探索とかの時間にして、午後が勉強の予定だったのだけれど。

運動の時間はまずは森の入り口から別荘までの整地した道を使って行ったり来たり、歩いたり走ったりすることから始めて、装備を付けて、荷物を背負ってと負荷を上げていくそうな。

聞いただけできつそう。

それから森の入り口を起点に、まずは西側、まだしも範囲の狭い部分の範囲の確定。これは地図を手に道に沿って森の端まで行って、そこから山に沿って戻ってこれそうならそうしてという行程を取る予定。

実際に行くのは荷物を背負って2往復くらいできるようになってからね、と言われた。2往復とかきっつい予感しかしないのですが。


午後の勉強の時間はひとまず読み書き計算。

読む方はどうだろう、本を読むことがどこまでできるか。叔母様に基礎が学べそうな本を選んでもらって読むことからね。たぶんそこでこの国の歴史とか文化とかも学べるのではと考えている。

書く方もお手本になるものがあるそうなのでそれを教わる。

計算はもう問題なくできるだろうと思っているけれど、一応ね、これも叔母様に一通り必要と思われる範囲を確認がてら教えてもらう予定。

あとねえ、どうもちらりと教科書を確認してみたら、礼儀作法に音楽、美術、幾何学、天文学、理化学、神学、医学、法学とかいう恐ろしい文字が見えてちょっとおののいた。

いやこれ大学レベルじゃないの?大丈夫?こちとら5歳児よ?

きっと将来を見越して必要かそうでないかはともかく揃えられるものを全部揃えたのだと思っておこうそうしよう。


それからは毎日、道を行ったり来たり歩いて走って、鎧を身につけて剣と盾を持ったり鎧に付けたりしながら別荘の周りをぐるぐる歩いたりしてスタミナを付けていった。

それで疲れ果てることがなくなったら荷物を増やしていくってさ。

午前中いっぱい荷物を背負っても動けるようになったら、いよいよ西側の探索に出かけるそうな。楽しみね。

でも荷物を詰めた背嚢背負ってみたら10分そこそこでくたばったので、わたしの探索の旅はまだまだ先だわよ。

勉強の方はそれなりに順調。だと思う。思いたい。まあ一度日本人を成人するまでやっているからね、学ぶことには慣れているのよ。

でもこの国の言葉ってイタリア語っぽいじゃない。イタリア語はさすがにわからないのだけれど、元はラテン語で共通だから英語とそうはいっても近いはずと信じて勉強しているのだけれど、ごめん難しい。

単語を覚えて、文法を覚えて、修辞を覚えてってなるのだけれど、文法から躓くね。

あくまでもイタリア語っぽいだけで別にイタリア語ではないのだろうし、そもそもわたし、英語もそこまでできるわけではなかったわけで。あー、コアちゃんに通訳翻訳全部丸投げして済ませたくなる。


『頑張ってください。学園で恥ずかしい思いをしないためにも今が大事ですよ』


わかっていますとも。

何もできないけれど何でもできるを目指しているからね。スキルやギフトが無いからなんだっていうのか、わたしは何でもそこそこはできるんだーいをやってやるのだ。

セルバ家の名誉のためにも、先に学園に進むお兄様のためにも頑張りますよ。


そんなこんなな毎日を過ごし、そこそこ体力も付いてきたという実感が得られたところで、いよいよ西側一帯の調査に出発することになった。

とはいっても、まずはお昼まで進めるだけ進んで、お昼休みを取ったら戻ってくる行程。

それで森の端が確認できれば良いけれど、そうじゃなければ野営が必要になるので別の訓練が求められる。

ということで野営用の道具、要するにキャンプ用品一式と、それから携帯型の獣避けを大量に購入して大荷物になることに。

きつっくない?荷車押したり引いたりするのは駄目?と聞いたら、そういうものも無くはないけれど行動の自由度が大きく下がるから基本的には背負うってさ。

荷物持ちにあたるポーターとか、輜重兵とか輸送兵とかになるトランスポーターとか言われる役割が冒険者にもあるんだってさ。でも荷車は相当に珍しいって。

ふむ、無いわけではないのね。わたしは世にも珍しい荷車式ポーターでも目指そうかなと言っておいた。

で、それはともかく大荷物背負っての何日かかかる探索になるのだから、もっと体力を付けないとねと言われて、背嚢背負ってのランニングが始まってしまった。

まってまってきついってこれって言っても許してはもらえないので、ヒーヒー言いながら日々を過ごしている。


日帰りのときのご飯はキアラさんが用意してくれるので良いのだけれど、泊まりがけの探索となったらその時のご飯は?と聞いてみたら、冒険者ギルドで保存食を売っているからそれだって。

ジャーキーぽいものとか乾パンぽいものかなーとかほわほわーんと思っていたら、もっと厳しいものが出てきた。

カチカチに乾燥させた味のない肉片をひたすら唾液で柔らかくしてかじるもの。そして乾パンみたいなものなんだけど味なんて当然なくて、カッチカチなこれまた唾液で柔らかくしてかじったり細かく砕いて食べたりとかそんな感じのもの。結局保存食というのはカッチカチに乾燥させた味のないものだけみたいで、舌の肥えた元現代日本人としてはうおーってなるわけで。

火はと聞いたら熾すこともあるという返事で、テントはと聞いたら高いよタープで十分でしょという返事で、寝袋的なものはと聞いてみれば麻布の袋にわらを詰めてマットレスぽくしたものをぎゅうぎゅうに固く丸めたものを持って行って寝るときに叩いて形を整えるんだっていうし、場合によってはそれも無しにして地べたに寝るんだっていうし、獣避け虫除けだけはしっかりあるのが救いっていうかそれしかないというか、いろいろと思うところはあるわけで。

これは今回は体験ということで仕方がないにしてもちょっとコアちゃんや、いろいろと考えておいてよ。これからは森の中とかダンジョンの中とか、いろいろなところで野営することもあるだろうし、本格的なキャンプ用品を用意しておいてよ。


『そうですね。聞いていて私もショックでした。文明の深度的にも野営は多いはずですし、スキルや魔法もある世界だというのに野営用の器具がこの程度というのは驚きです。それともスキルや魔法に頼るからこの程度なのでしょうか』


ね、そう思うよね。

これってそういうものに頼る弊害なんじゃないのかな。わたしが活躍すればスキルが一致しなくても夢があるなら挑戦できるような環境を作れるんじゃないのかな。


『なるほど、良いですね。幸いマスターはセルバ家という貴族の一員です。発信力は期待できるでしょうし、学園での地位やその後の地位、評価等を考えると有りだと言えます。そうですね。この後の経験を元に設計を詰めましょう』


よろしくね。最初だけは良い経験だと思って我慢しておくからさ。

たぶん一回経験すれば充分だってなるんじゃないかと思うのよ。それにお母様の反応を考えると便利なことは歓迎だと思うのよ。叔母様も探索が楽になるのは喜んでくれると思うのよ。

ほんと、よろしくね。わたしは耐えられなくなること請け合いだからね。

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