第25話

『ダニロ様が森内へ入りました』

2号ちゃんから連絡が入る。

うーん、これは2号ちゃん専用の文字列を表示するだけの電光掲示板的なものがあると良いかもしれない。


『それは良いですね。ですが完全にオーバーテクノロジーなのでは?タブレットでは閉じたり片付けてしまえば見えないという欠点はありますが、それでもまだごまかしが効くという利点があります』


うあー、敵はおーばーてくのろじーであったかー。

まあそれはそれとして。

「いまダニロさんが森の道に入ったみたいですよ。すぐ着くでしょう」

「あら、そんなことがわかるの?ああ、そうね、道までは範囲に入っているのね?」

「そうです。わたしの管理する範囲に入ればこうしてわかるわけですね」

「やっぱり便利ねえ。家のこともここにいてわかるのよね?」

「はい。1号ちゃんの管理下にありますからね」

「本当に何でもできるのね‥‥」

むふん。すごいでしょう。

「そこでポーズだけは完璧に威張ってしまうあたりがステラよね‥‥」

おっと。控えめにね、お嬢様だからね。


ダニロさんが到着したことが馬のいななきでわかる。

食材の追加と、あとはわたしの武器防具も今日持ってきてくれる予定だったのであるはず。荷物を下ろしに行きましょう。

「ダニロ、早かったわね。荷物を運ぶわ」

「ありがとうございます。降ろしますんでお願いします」

「今日は道、どうでした?」

そう、それが聞きたかった。ちゃんと快適だったかな。

「おお、それなんですがね。昨日ががったがただったでしょう。それが今日はまったく揺れなくてね。速度を落とさなくても済んで楽でしたよ」

お、良かった。整地した甲斐があったというもの。これで森に入ってからの道は安心ね。

馬車の後ろからごちゃっとしたものが入った木箱が降ろされ、叔母様が覗きこむ。

「ああ、良かった。一通りあるわね。片付けなくて良かったわ。ロランド、ほかの荷物を片付けたらあなたも防具を着けてきて。ステラには今日はわたしが付けるわね」

早速武器防具を試すのね。こういうの初めてだからちょっと緊張するね。


みんなで手分けして運び込むものを運び込んだらさっそく庭に集合。

お母様はテラスで椅子に座って優雅にお茶ですが、わたしたちは軽く練習してみようということで外へ。

お兄様はすでに自分の防具を身につけて、木剣を持ってやる気十分。

わたしは叔母様に防具を着けてもらわないとなので両手を水平にあげて待機。

「今日は胸当てと腰当て、それと腕と足とね。頭はいらないかな。さあ当てていくわよ。皮の枚数で大きさを調整するタイプだから、まずは胸、ここを押さえておいて、」

言われて胸当てを上から押さえる。新品かな。表面がつるつる。

背中側にまわった叔母様が何やらごそごそやって調整してくれたのか、すぐに体にぴったりになる。

「もう手を放していいわ。どう?きつくない?」

軽く腕を動かしたり体を動かしたり。うん。大丈夫そう。

「次は腰ね。これも押さえて」

横に垂れのあるタイプだね。腰回りはベルトのようになっていて剣を下げたりポーチを付けたりするらしい。

付けてもらって腰を回したり前にかがんだりして感触を確認。

これも大丈夫な気がするね。落ちたりしないし特にきついとかもない。

続けて前腕と手の甲を守るものと足の脛を守るものを付けて、最後にブーツを履く。

「これで完成。本当ならヘルメットもかぶるのだけれど、今日はいいでしょ。それじゃ剣と盾も持ってみて。今日は一番基本になるショートソードとスモールシールドね」

おお、いよいよですね。

木製のショートソードとスモールシールドを手にする。

うへへ、これでわたしも冒険者かもだよ。どう?どう?とお母様の方へアピールしてみる。んが、これは結構重いかもしれない。

「さあ、基本中の基本になる装備を身につけたわよ。どう、動いてみて」

言われてしゃがんで、立ち上がって、前へ一歩二歩、右左と向きを変えて、左を向いたところから数歩前進。回れ右して戻ってくる。

うん。ダメなんじゃない、これ。

「重いです。動きにくいし、これで基本ですか?」

「そうね。本当ならここからヘルメットに背嚢に、ランタンだロープだナイフだ必要なものを腰に付けてってなるから、もっとずっと重くなるわよ」

がーん。これは厳しいのではないかしら。

「初日だからね。最初は誰でもそんなものよ。これから体力を付けて、装備していることに慣れていけば大丈夫」

「そうでしょうか‥‥」

お母様の方をちらりと見るとにっこにこである。わたしが困っているのがそんなに楽しいんかーい。ぶーぶー。

「ほらそんな顔をしないの。剣を腰に下げてみて。持ち手のその部分をはめ込む感じで。そうそう。それから盾を腰の後ろに付けられる?それも持ち手のところを上から、そう。付けられたわね。危険の少ない場所で移動する時はそんな感じよ」

お、これならもう少し動けそう。剣と盾を手に持つとバランスが崩れるのか。ああ腕をあげた状態で動いていたからか。それは疲れるわ。

「ほら、わかったでしょう。自分の装備に慣れるっていうのは大事なのよ」

「わかります。先ほどよりも動きやすい」

「剣はとっさに手に取れる?」

ぱっと手を腰にやる。やる、‥‥やる‥‥。手が柄にいかないのですが?

いやお母様そんな笑わないで。

「慣れるのって大事でしょう。明日から毎日やりましょうね。さあ、ロランド、ステラの正面に立って」

え、何をするの。わたしもうすでに一杯一杯なんですけど?

「ロランドの方があなたよりも大きくて、武器もあなたよりも強そうでしょう。この距離で向かい合って、どう?」

圧迫感がすごい。

見知ったお兄様が圧倒的な強者に見えてしまう。

装備はわたしと似たり寄ったりの皮鎧だけど、武器はわたしのものがショートならお兄様はロングかというような大きさに見える。

「もうこの時点で気圧されるでしょう。ステラも剣と盾を手に持って構えて。どう?あなたはダンジョンでなら無敵だと言っていたわよね。さあ、今、この場でもう一度言える?」

うへへ。いや待って。

それはねダンジョンでは無敵ではあると思うよ。

今だってわたしの設定は当たり判定有りのダメージ無しだからね。あの剣で殴られてもダメージは入らないよ。

や、でもさ、殴られたら殴られるわよね。え、本当に大丈夫なの。やばっくない?


『やばくありませんよ。ダメージは入りません。いくら殴られてもゼロダメージです』


そうは言うけどさ、え、殴られたら殴られるのよ?


『殴られますね』


簡単に言うなあ!

これは怖いわ。まだお兄様だから見知った顔だしそんな背が高いだとかでもないからいいけれど、え、これ怖い場所で怖い人に絡まれた時にわたしは耐えられるの?

「恐怖を感じるでしょう。肉体は平気でも心がダメージを受けるというのはあることなのよ。さあ、もう一押ししておきましょうか」

うえ、何を──、

「ロランドそのまま前進。ステラを押して」

え───

叔母様に問いただすよりも早く目の前にお兄様が迫る。速い、一歩の幅が違うんだ──目の前に盾、盾だと思う。一面の何かが迫る。

わたしは剣も盾も手にしていたのだけれど、それを構えて迎え撃つとかいう発想には至らず、ただその何かを迎えてしまう。

顔の下顎辺りから胸にかけて、何かが押し当てられる。ゆっくりと押されているのがわかる。ゆっくり、だけど強い力で。

上体が後ろに倒れそうで、わたしは押されるままに一歩、また一歩と下がってしまう。

「ロランド、押し込め」

ぐっと一気に力が強まる。押される力に足が間に合わない。

後ろに折れる上体に腰が足がついていけない。

足が折れる。腰が落ちる。上半身が押しきられる。

崩れる、と思った瞬間に目を閉じてしまう。どんっという背を打つ衝撃、続けて頭もどしっと落ちる。

目を開けると青空。

「ステラ、大丈夫かい!?」

お兄様がばっとわたしの横に回って顔を覗き込むようにして問いかけてくる。

「‥‥。はい。大丈夫です‥‥」

はあー、びっくりしたわ。びっくりしたわよ。

ものすごく簡単に押し切られてしまった。

考えてみたらわかるのだけれど、迫ってきたところでこちらも剣とか盾とか構えるとかさ、動いて位置をずらすとかさ、しなければいけないのでは。

お兄様に手を引かれて上体を起こす。

お母様はお茶のおかわりを入れに来たっぽいキアラさんとにこにことおしゃべり。楽しそうで何よりです。

「迫ってくる相手に何もせず、押されて倒れる時にも目を閉じてしまって。簡単にやられたでしょう?そんなものなのよ。ステラ、あなたはまだ子供で、戦闘の経験というものもない。同じ子供でもロランド相手にこのざまなの。鍛えないと何もできないわよ」

本当にそう。

これは重大なことを知ってしまったわ。正直軽く考えていたのよね。叔母様に体の動かし型とか武器の使い方とか教えてもらえば何とかなるでしょうというか、そんなくらいの気持ちでいた。

これはダメだわ。

「明日からはとにかく基礎体力。装備や荷物を全部身につけて、私と一緒に森を歩くだけでも相当な訓練になるでしょう。あとは経験を積まないとね。大きな相手、素早い相手。魔物にしろ動物にしろ人とは形も異なってくるわ」

「はい。叔母様にお願いしておいて良かった。よろしくお願いします」

わたしは元現代日本人で、服飾以外の装備品を知らず、森を駆け回った経験なんてもちろん無くて。

これから5年程度の時間は見ているけれど、果たしてどこまでできるようになるのか。先は厳しいけれど頑張らないとね。いやでもこれはきついわあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る